065 特訓終了?
「さ、外すよ」
胡坐をかき、座しているカズキの後ろ。
背中側から、フシンの上機嫌な声がする。
フシンによる特訓がはじまって、すで半月近い日数が経過していた。
魂力の上級操作をモノにしたカズキは、ついに目隠しを外す許可を得たのだった。
しゅるりと衣擦れの音を立てて、漆黒の布が取り払われる。
「う、まぶしっ」
「仕方ないだろ。慣らしていくしかないさ」
強い日差しに、思わず手をかざすカズキ。
視界が真っ白に染められるのは久しぶりの感覚で、すぐには瞼を上げることができなかった。
「よし、立って」
フシンの声に合わせて、カズキはすっと立ち上がる。
目を閉じたまま、周囲の空気を胸いっぱいに吸い込む。
「いい風だ」
「そういう感覚が、魂力の全てを感じ取るための最初の一歩さ」
吹き抜けた風が、カズキの伸びてきた髪を揺らした。
こちらに来てから一度も散髪していない髪は、そろそろちょんまげにして結えるような長さになってきていた。
「…………あぁ、世界って、こんなに綺麗だったんだな」
ようやく目が慣れてきたカズキは、ゆっくりと右の瞼を開いていく。
そこに飛び込んでくる、朝焼けに染まる世界の映像。
息を飲むほどに美しいその光景は、カズキの中にまた新しい感覚を植え付けてくれた。
「ふむん。良い顔になったね。これはボクからのプレゼントだ。受け取ってくれたまえ」
「え、くれるのか?」
隣に移動したフシンが、先程まで握っていた目隠しの布を、カズキに差し出す。
「今少し魂力を操作して、能力を調整しておいたよ。左眼に眼帯のように装備しておけば、キミの『魂装の義眼』を、よりパワーアップさせてくれるはずさ」
「ありがとう。恩に着るよ」
黒い布を受け取りつつ、カズキはフシンへ礼を言う。
「と言っても、まだ旅立つわけではないぞ」
「ルタ!」
声のした方を振り向くと、眩しいほどの金髪が風に棚引いていた。
森から戻ったらしいルタが、胸を張って仁王立ちしている。
こうして色味のある視野で、ルタの姿を見るのも久しぶりだった。
「そもそも、まだ行き先も決まっておらぬからな。そこの坊主が、わしらが行くべき道を示すと言っていたくせに、いつまでももったいぶって教えないでいるのじゃ」
「おいおい、ルタ嬢。キミの弟子の命を救ってあげた上に、さらに特訓までつけてあげたボクに、その言い草はないんじゃないかい?」
ルタの不機嫌そうな声に対して、フシンが軽薄な調子で返す。
どうやら、カズキが特訓に明け暮れている間に、この二人の間でも色々とやりとりがあったようだった。
「たわけ。それについてはもう十分に感謝を示したはずじゃ。わしがどれだけ、狩りに出たと思っておる」
「それは確かに。ルタ嬢が狩りに出てくれるおかげで、食料の面では非常に助かったよ。ありがとう」
カズキが寝ている間にも、ルタはどうやら狩りに出て動物を狩ってくれていたらしい。元々山で長年生活していたルタだ、このような状況下で食料を確保することは、造作もないことだったろう。
ただそれには恐らく、ドラゴン化して迷惑をかけてしまったという後ろめたさも、多分に含まれていたのだろう。
それを慮り、カズキはルタにありがとうを言いたくなった。
「ルタ、ありがとうな」
「た、たわけ! 別に、うぬのためではないわっ!!」
おや、急なツンデレ。
カズキは久しく忘れていた、萌えの感覚を噛み締めた。
「それにしても、カズキはどんどん強くなっていく。師匠のわしですら、もう追いつけぬほどじゃ」
と、ルタは急に声音を落とし、そう言った。
伏し目がちなその顔は、どこか寂しげで、カズキの心はざわついた。
「ですね……わたしも、もう戦闘でお役に立つことはできないかもしれません」
「ルフィア?」
ルタの背後から、薪を抱えたルフィアが現れる。
少し離れた場所で、薪割りをしていたようだ。
「戦闘でなら、カズキさんのお力になれるって思っていたのに……わたしにとっての一筋の希望すら奪われてしまったら、これからなにを支えに、カズキさんの側にいればいいんですか?」
「お、大袈裟な」
目元を拭うような仕草で、自らの窮状を訴えるルフィア。
「対等な同盟だというのに、すぐにそうやってカズキさんは先に行ってしまう……少しは、こちらの気持ちも考えてほしいです」
「な、なんかすいません」
「あやまっても許しません。バツとしてわたしをこき使ってください」
「どないせーっちゅーねん」
ルフィアはここ数日、カズキと話したりできなかったためか、ストレスを発散すると言わんばかりに、若干面倒な絡み方をしてきた。
「んー、そこまで言うなら、二人も特訓、してみる?」
「「っ!?」」
カズキらのやり取りを聞いていたフシンが、とんでもなく気安い調子で言った。
「ルタ嬢、ルフィア嬢にも向いた特訓、あるよ」
「「ぜひに!」」
フシンの提案に、ルタとルフィアは間髪入れずに頷いた。
カズキの特訓が、ようやく終了したと思った矢先。
今度は、ルタとルフィアの特訓が、はじまろうとしていた。
貴重なお時間をこの作品に使ってくださり、ありがとうございます。




