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無能勇者の復讐譚 ~異世界で捨てられた少年は反逆を誓う~  作者: 葵 咲九
第二章 大陸横断編

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064 『思考』錯誤


「ぐあ!」


 早朝の静かな森に、カズキの呻きが響く。


「まただよ。また魂力チャクラ操作コントロールが雑になった」


「んなこと言われても……」


 カズキは立ち上がりながら、フシンへ不満を吐露とろする。


「カズキ、キミが今までやってきた魂力の操作は、言うなれば素人のパンチみたいなもんだ。それっぽい格好で腕を伸ばして『これでいいだろ』と満足しているようなものだ。

 今、ボクが求めているのは、本物の拳法家が放つ、破壊力ある“パンチとしての機能”をしっかり果たしている、鋭利で洗練されたパンチだ。

 わかるかい?」


 暗闇にさえぎられた視界の中で、フシンの「しゅ、しゅ」という声がカズキの耳に届いた。


 どうやら、シャドーボクシング的なことをしているようだ。


 いつの時代もどこの時代も、男の子はシャドーボクシングをするのだなと、カズキは現実逃避のように考えた。


「そう言われても、その本物のパンチってのがどうやったら打てるのか、見当もつかないんだけど……」


 ボリボリと頭を掻いて、カズキは不貞腐れるように言う。


「ふむん。まず、カズキはそもそも魂力の操作を“できる”ってだけなんだ。でも、今特訓しているのは“操作精度を上げる”ということなんだよ。

 まず、キミ自身がその意識に変わっていないんだよな。だから連日、型をしている最中の体捌たいさばきだけで、ボクの反撃が発動しちゃうんだよ」


「うん、情け容赦のない反撃がな」


 目隠しのせいで数日間自分の身体を確認していないカズキだったが、フシンが放つ反撃の威力をかんがみれば、あざだらけになっているであろうことは、火を見るよりも明らかだった。


「魂力の操作を一般人、引いては魂装遣カルマつかいがどうしてできないか、カズキは考えたことがあるかい?」


 唐突にフシンから、方向性の違う質問が浴びせられる。

 カズキは頭を捻りつつ、なんとなくの考えを口に出した。


「んー、操作するようなもんじゃない、って思ってるから?」


 我ながらテキトーな回答だ――カズキはそう思ったのだが。


「そう、正解。なんだ、わかってるじゃないか」


 フシンから返ってきたのは、思いのほか明るい声だった。


「要するに、意識でそう決めつけてしまっているからさ。

 カズキ、キミはこの世界の常識に染まり切る前にルタ嬢と出会い、魂装カルマには『出す』、『出さない』だけじゃなく、『調整する』ということが可能、ということを教え込まれた。

 だから、それを発展させて『操作し応用する』という領域にまでこれたんだ」


 少しだけだが、フシンの声に興奮の色が混じっているのを、カズキは耳に届いた声音から判別した。

 世界に満ちる魂力と交信する者である、星の声を聞く民、その長であるフシンも、やはり魂力の話となると力が入るようだった。


「今キミが求められているのは、さらにその上の意識。『完璧に操る』という領域さ」


「完璧に……操る……」


 歯切れよく言い切ったフシンの言葉が、カズキの胸にすっと落ちていく。

 操作ができることで満足するのではなく、完全に、完璧に、操る。


 確かに、格闘ゲームなどでもまず好きなキャラクターである程度戦えるようになったら、今度はそのキャラクターを極めるために、単純は必殺技だけでなく技の間合いや操作上の癖などを追及していくもんな――と、カズキは自分でも納得のいくたとえで、フシンの言葉を反芻はんすうした。


「ふむん。少しは腑に落ちたみたいだね?」


「……ああ。なんとなくだけど、わかった気がする」


「それじゃあ、もう一回いっとく?」


「ああ、お願いしてもいいか?」


「フフ、当たり前だろ。おいで」


 冷やかすような色を帯びたフシンの言葉。

 しかしカズキは、それがフシンの機嫌の良さの表れなのだと、次第にわかってきていた。


「フゥー……」


 息を吐き、全身に魂力を潤滑じゅんかつさせていく。


 均等に、丁寧に。

 手足の指先、髪の毛の先にまで、魂力がいきわたるように。


 カズキは、イメージする。


 感覚としては、風邪で熱を出したときのような感じだ。

 全身が熱くなり、身体の機能が少し変わってしまっているかのような。


「んー、まだだね。まだ魂力が均等でない」


 フシンの言葉が、集中を乱す。

 おそらく、わざとカズキの精神を乱しているのだろう。


「コツが、掴めそうな気がしてるんだけどな」


 呟きながら、カズキはさらに試行錯誤を試みる。

 あらゆる箇所に、均等に魂力を――流し込む?


「違うよ、カズキ。キミの場合は、魂力を“分配する”という感覚ではなく、全身に溢れる魂力を“ならす”感覚なんだ」


「“均す”、か……」


 ずっとカズキは、自分の身体のどこかから、主に言えば心臓的な位置から、全身へ向けて流し込んでいくようなイメージでいた。

 それを見事にひっくり返され、清々しいぐらいの気持ちになった。


「キミの体内では常に、暴れるほどの魂力が流動しているんだ。それを常に均等に維持できるようになれば、わざわざどこかから魂力を移動させるなんてこと、しなくてもよくなるんだよ。要するに、下手な弱点を作ることもなく、身体強化や回復術が自在に行えるってことさ」


「それは――」


 いかにも強そうだな……カズキは意図せず、自分の口角が吊り上がるのを感じた。


 なんとしても、フシンの言う魂力の完全操作を手に入れる――カズキの中で、決意が確固たるものとなった。


「ふむん、いい顔だね。少しは気合いを入れなおしたかい?」


「ああ。もう少し組手、頼む」


「いい心がけだ。朝ごはんができあがるまで、みっちり鍛えてあげるよ」


「……望むところだ」


 カズキは再び息を吐き、暗闇の視界にうっすらと浮かぶ魂力の光に集中する。

 音が消え、体感覚だけがそこにあった。


 ふと――全身の力が抜けるような浮遊感があった。


 別に、実際に足が浮いたというわけではない。

 フシンからの反撃によるダメージの蓄積の影響か、はたまた単純な疲れなのかはわからない。


 だが、これがカズキに一歩進んだ感覚を生み出した。

 力を抜く――これまでとまったく逆の着眼点に、カズキの思考の扉が開ける。


「フフフ……そうだ、それだよカズキ。ようやく、ボクが心を痛めながら反撃してきた甲斐があったね」


「はは、俺には楽しんでるように見えたけどな」


「んん、そんなわけないだろ? 聖人君子そのものである、このボクが」


「はっ、その減らず口……そろそろ黙らせてやるよ!」


 カズキは、一切の余計な力を込めず、地を蹴る。


 再び、フシンが悪戯いざずらっぽく微笑んだ気配がした。




貴重なお時間をこの作品に使ってくださり、ありがとうございます。

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