063 特訓のルール
「……これ、結構見えないのな」
カズキは深く息を吐きながら、愚痴をこぼすように言った。
今、カズキの視界は暗闇に覆われている。
目元に、星の声を聞く民の長、フシンと同じような黒い布を巻いているためだ。
カズキがいる場所は、昨日と同じく洞窟前の森林である。
今は早朝で、耳には心地よい小鳥のさえずりが聞こえてくる。
「ふむん。それが狙いだからね。さ、ぼさっとしてないで『魂装の義眼』を発動させるんだ」
「ういっす」
目の前に立っていると思しきフシンが、抑揚の少ない声音で言う。
集中し、魂力を左眼付近に集中させるカズキ。
すると、光の線や粒子が、暗闇の視界にボゥっと浮かび上がってきた。
魂力が、視える。
「一応、発動したけど」
「よし、それでは――ていっ」
「うごぉ!?」
と。
カズキの鳩尾に、ずしりと重たい衝撃が走る。
強い吐き気を催すが、今はまだ朝食前である。
吐き出すものが胃袋になく、カズキはただひたすら咳き込んだ。
「な、なにしやがんだよ……」
「まずは身体で覚えさせる、というのがボクの主義なんだ。どうだい、その左眼で魂力の流れがわかっていたはずなのに、避けられなかったろう?」
「た、確かに……」
カズキは鳩尾をさすりながら、なんとか立ち上がる。
呼吸を必死に整え、体勢を立て直す。
「カズキ、キミはなまじ魂力に愛されているせいで、実は魂力の扱いが雑なんだよ」
「雑……?」
「ああ。他人よりも魂力を自在にコントロールできる……キミはそんな風に、自らを評していたんじゃないかい?」
カズキは思わず、ぐっと言葉に詰まる。
確かに、フシンの言う通りだった。
ルタに特訓してもらい、カズキは魂力を自在に使えるようになった。
この世界においては、本来魂力はそこまで自由な能力を有したものではなく、魂装を使いこなす者にのみ、その恩恵を与えるとされているものだった。
しかも、魂装では武具を具現、顕現させるだけが本来の機能で、その武具を自分の思うような形に変質させることなど、常識的にはできないことなのだと、ルタからも教わっていた。
しかしカズキは、ルタ曰く『魂力に愛されている』と形容されるほどに、魂力の扱いと総量、さらに魂装における自在性で、他の追随を許さなかった。
ゆえに――心のどこかで、増長があったのかもしれない。
「……その、雑さってのは、直せるんですかね?」
図星を突かれた格好となり、カズキは思わず口調を改める。
そうして、視界を塞いでいる目隠しを取ろうと手を伸ばす。
が。
「こら。それを外すなら、残っている右眼も抉るよ?」
「っ!?」
フシンは一度ふっと笑い、強烈な魂力でカズキを威圧した。
カズキの全身から、ぶわっと汗が噴き出る。
――これが、魂力? まるで“闘気”だ。
今まで、こんな威圧的で支配的な魂力は、感じたことがなかった。
改めてカズキは、目の前の男――フシン・アヌザァイの底知れなさを痛感した。
「カズキ、大丈夫。キミのその雑さは、しっかりと矯正できるよ。そのために、今後数日、その目隠しをつけたままで、生活してもらう」
「マジかよ……」
「あと、注意点を一つ。その目隠しには、僕の魂力を込めておいた。たとえばキミが先ほどのように、ボクの許可なく目隠しを外そうとした場合、ぎゅっと締まって頭を痛めつけるよ」
「西遊記の孫悟空みたいだな……」
カズキは暗闇の視界の中に、あの金色の輪っかに締め付けられる孫悟空をイメージした。
「それと、魂装の義眼でも“視えすぎないように”、最小限の魂力のみが可視化されるよう、制限もかけている。だから、一つ一つの現象をよく見て感じて、自分の行動一つ一つも、しっかり丁寧に行ってみてくれたまえ」
「う、うす」
「最後に。毎朝、ボクと組手ね。ボクは基本的には反撃しない。キミの視野を混乱させるために、周囲の魂力に干渉するだけにする。
型だけど、カズキ自身がルタ嬢から習った形で打ってきていい。それに加えて、キミは常に全身に、頭の先から足の先、果ては髪の毛の一本一本にまで、常に魂力を充満させたような状態で向かってくること」
「わかった」
「ただ、キミの魂力の操作が雑になったり、少しでも身体のどこかから魂力が抜けたりした場合、容赦なく反撃する。当然、キミの反応できない速度でね。おーけい?」
「りょ、了解」
口調は軽いが、フシンの言っていることが間違いなく本気なのは、カズキには痛いほどわかった。
ごくりと、唾を飲み込む。
「よし、それじゃ、朝食の前に、もう一度組手をしよう。さ、かかってきなさい」
「フゥ……」
フシンに促され、カズキはルタに教わった“型”を、久しぶりに構えてみる。
身体の全身に、魂力を流し込み、肉体の躍動、充実を感じる。
身体全体が、じんわりと熱くなっているのがわかる。
機能や五感が、研ぎ澄まされていく。
「――いきます」
「うん、おいで」
カズキは、フシンの魂力へ向かって突進する。暗闇の中に浮かぶフシンの魂力は、先程とは打って変わって、穏やかな水面のような落ち着きを感じさせた。
ふっと、フシンが笑ったような気がした。
カズキは、全身全霊で向かっていく。
その日から、新たな特訓が、本格的にスタートしたのだった。
貴重なお時間をこの作品に使ってくださり、ありがとうございます。




