062 あの後から
カズキが目を覚まし、少しして。
まだだるさが残る身体を起こして、カズキは洞窟を出た。
洞窟から出ると、眼前には深い森が広がっていた。洞窟の入り口付近だけ木々がなく、そこだけ開けたようになっていた。
そのスペースで焚火をし、それを囲む形で炊き出しのように食事が準備されている。
身体の重さを感じつつ、カズキは食卓についていた。
ルタ、ルフィアを含め、星の声を聞く民たち数名が、焚火を囲むように円を作り座っている。
皆の前には、肉と根菜類がたくさん入ったスープが並べられていた。
塩気と香草の利いた、良い匂いがする。
「いただきます」
全員で手を合わせて、食事をはじめる。
「カズキ、たんとお食べよ」
「ああ、いただいてるよ」
隣に座ったフシンが、カズキに声をかける。
目元には黒い布を巻いたままだが、スープをこぼすこともなく、綺麗に食事をしている。
「フシン、俺が寝ている間になにがあったのか、教えてもらってもいいか?」
カズキは肉の旨みがよく出ているスープを飲みながら、フシンへ話を振った。
自分が寝ている間というより、ルタが元に戻ってからどうやって逃げ延びたのか、カズキはそれを知りたかった。
「ふむん。そうだね、そこは説明しておく必要があるだろう。と、その前に……おかわりをおくれ」
フシンは本当に人間の最高齢なのか、若者のような勢いでスープをたいらげる。
しかも普通に、食欲も旺盛である。
つくづくこの世界には、ルタやルフィアを含めて年齢不詳のやつが多いなぁ……カズキはふと、そんなことを考えた。
「ん、ありがとう」
フシンの椀におかわりが注がれ、幼さのある顔が綻ぶ。
一口スープを含んでから、ほふっと息を吐いて話し出した。
「さて、と。まずはルタ嬢がドラゴンの姿から、今の姿に戻ったすぐ後のことだね」
ルタ嬢、というこれまでにない呼び方を考えると、やはりフシンも一角の人物ということなのだろう。
カズキは、焚火の向こうで「おかわりじゃ! じゃんじゃん持ってくるがいい!」などと食い意地を張っている金髪の幼女を見て、小さく笑った。
「キミは身体の酷使と、ルタ嬢への魂力の流し込みにより、意識を失った。というか、はっきり言えば生死の境を彷徨っていた」
「そ、そこまでひどかったのか……」
フシンから伝えられた事実に、カズキは身震いする思いだった。
シャクヤとダミアン、魔物化したジプロニカ王との戦い、ドラゴン化したルタを止めるためにと連戦し、カズキは後半、気力のみで立っていた。
そのせいで、肉体は完全に限界を超えていたということなのだろう。
「ああ、結構ひどかったよ。ただ、そこに通りかかったのがボクら、星の声を聞く民のキャラバンさ。本当に、運のいい男だ、カズキは」
フシンはスープをずずっと含み、大きな肉の塊を嬉しそうに頬張る。
「しかも突如として、神話の中の生物であるドラゴンが暴れ出したわけだから、ジプロニカ軍は大混乱の真っ只中。ジプロニカ王が死亡したことも相まって、罪人のカズキ・トウワの処遇を気にしている暇はないときた」
「その混乱に乗じて、助け出してくれたってことか」
「うん、その通り。ボクらのキャラバンは、軍隊をも顧客として様々な商品を売買している。だから、軍のチェックを切り抜けるのなんて造作もないのさ」
フシンは再び、椀を突き出して「おかわり」と言ってから、説明を続ける。
つかどんだけ食うんだ、この人は。
「カズキのことは、このボクが直々に治療した。
ボクの魂力を流し込み、キミの魂力とかち合わないよう上手く融合させつつ、身体全体の細胞、血液など、できる限り回復させておいたよ。
キミが我流で行った魂装手術の部分も、ボクが丁寧に修繕しておいたから。これで以前より回復のスピードが速まると思うよ」
「な、なんか……マジでありがとう」
カズキは一度椀を置き、座ったまま頭を下げた。
「ふむん。礼を言われるのは好きだよ、ボクは。だから、ちゃんと他人に礼を言える人間も、ボクは好きさ」
スープの椀を置きながら、フシンはカズキの方に顔を向けて言った。
黒い目隠しをしているのにもかかわらず、カズキはフシンにじっと見据えられているのだと感じた。
「で、キミとルタ嬢、さらにルフィア嬢を保護して、この辺りまで逃げ延びたんだ。その際には、あのシャクヤとダミアンという二人の男も協力してくれたよ。上手く兵士らを別の方へ誘導してくれたりした。『これで貸し借りはなしだ』と言っていたよ」
「あいつら……」
カズキは、シャクヤとダミアンのコンビを思い出す。
あの二人とは、命をかけて戦ったがゆえ、妙な清々しさみたいなものを感じていたのかもしれない。
「フシンよ、カズキにはもう話したのか?」
と。
そこで食事を終えたらしいルタが、カズキとフシンの間に割り込んできた。
口元がてらてらと光っているところを見ると、かなりスープにがっついていたのがわかる。
「ルタ嬢。今ちょうど、その話に入っていくところさ」
「うむ。あまりもったいぶるでないぞ」
ルタとフシンの会話に、思考が追い付かないカズキ。
いったい、なんのことを言っているのか?
「カズキ、ボクとルタ嬢、ルフィア嬢らと話して決めたんだけど……キミを、修行することにした」
「……え?」
修行――カズキに告げられた事実は、病み上がりの人間にはかなり酷な事実だった。
「キミに拒否権はないよ。ボクは星の声を聞く民の長として、キミを導く義務があるんだ。――フフフ、しごき倒してあげるから、覚悟しな」
口角を吊り上げ、嗤うフシン。
そのときはじめてカズキは、フシンが自分より長い時を生きているのだと実感した。
それほどに、その微笑みには威圧感があった。
これはきつい修行になりそうだ――カズキの本能が、そう叫んでいた。
貴重なお時間をこの作品に使ってくださり、ありがとうございます。




