061 星の声を聞く民、その長
「皆さん! カズキさんが、目を覚ましました!」
カズキが目を覚ましたことを確認したルフィアが、洞窟の入り口付近で叫ぶ。
ルフィアの声に反応したらしき人々の騒めきが、カズキの耳にも聞こえてきた。
カズキは自らの身体と、状況を確かめるように、ゆっくりと上半身を起こした。
「カズキ!」
いの一番にカズキのいる洞窟に飛び込んできたのは、金髪碧眼の幼女姿に戻ったルタだった。
聞き慣れた声が、やけに久しぶりに感じる。
「ルタ、お前――」
カズキが声をかけようとすると――ルタが、飛びついてきた。
「お、おい……苦しいよ」
強く強く抱きしめられ、カズキは苦笑交じりに言う。
ルタは小さな身体で、カズキの上半身にぎゅっと抱き着いている。
両腕だけでなく、脚すらも腰に回すようにして、全身でしがみついているような格好だ。
「すまぬ、カズキ……すまなんだ……!」
「……謝るなって」
抱き着いたまま、身体を震わせるルタ。
金髪の頭頂部を見ながら、カズキは穏やかに言う。
ルタは自分がドラゴンとなり、暴れ、カズキをボロボロにしたことを悔いているのだった。
だが、カズキはそんなことは気にしていない。
こうしてここにいてくれることが、なによりも重要だった。
「俺はルタのボディガードだ。ルタを守るだけじゃなくて、ルタを止めるのも、俺の役目だ。そうだろ?」
カズキの言葉に、ルタは顔を上げる。
「……しかし、今回ばかりは――」
「そもそも、ルタのせいじゃないだろ。俺はただ、自分ができることをしただけだ」
しがみついたまま、ルタは上目遣いでカズキの顔を見ていたが、返ってきた言葉に感極まったのか、胸元に顔を埋めるようにした。
ルタは自戒するかのように、何度も何度もカズキの胸板に頭をとん、とん、とぶつけた。
「カズキさん……ルタさん……本当によかった」
そんな二人の様子を、ルフィアも安心したような顔で眺めていた。
ふと見ると、ルフィアのいる洞窟の入り口付近には、見慣れないローブ姿の人々がたむろしていた。
「お話中失礼するよ」
と。
入り口の人々の中から、一人の小柄なローブ姿が進み出てくる。
フードが顔を覆っており表情は窺えないが、声音からして男性だろうか。
彼は、洞窟内の湿っぽい空気を一掃するように、快活な声を洞窟内に響かせた。
「はじめましてだね、カズキ・トウワ。ボクはフシン・アヌザァイ。星の声を聞く民の長をしている者だ。よろしく」
カズキの元まで進んだ男性――というより少年の小柄さだ――は、フードを片手で脱ぎつつ、もう片方の手をカズキへ向けて差し出した。
「あ、ああ」
口元に、柔らかな笑みを湛えているフシンと名乗った者。
妙な人懐っこさと押しの強さに呆気にとられたカズキは、ルタに抱き着かれたまま腕を伸ばし、握手した。
「驚いているようだね、カズキ・トウワ。魂力が揺れている」
少し悪戯っぽい笑みを浮かべ、フシンは言う。
図星を突かれた格好だが、カズキが驚くのも無理はなかった。
フシンは、目元に黒い布を巻いていた。
にも関わらず、一切の淀みなくカズキの元へと歩み寄ってきたうえ、正確に手を差し出してきたのだ。
カズキは、フシンが自分と同じような『魂装の義眼』に似た能力を持っているのだろうと察する。
「カズキ、色々と勘ぐっている様子だけど、ボクは星の声を聞く民だからね。視力を奪われても、このぐらいの芸当はわけないよ。
ちなみに、こう見えて今生きている人類では最高齢のさ」
「さ、最高齢!? え、ええ!?」
さらに驚愕の事実を告げるフシン。
カズキの目の前にいるのは、どう見積もっても十代後半ほどに見える、中性的な顔立ちの少年だった。
長めの前髪の隙間から覗く口元は瑞々しく、いかにも若さを感じさせていた。
「ま、魂力への造詣や操作を極めていくと、自ずと肉体が若々しくなっていったりするものだからね。それはカズキ、君もよく知っているだろう?」
言いながらフシンは、カズキの肩を馴れ馴れしく揉んだ。
一瞬、痛みを感じたが、すぐに収まった。
「この辺りの骨は、ほとんど砕けていたんだよ。まぁ、ボクが必死に治療をしたので、問題なく回復したけれどね」
言ったあとフシンは、ぽんとカズキの肩を叩いた。
確かに痛みはなく、問題なく動かせた。
「そうじゃぞ、カズキ。フシンら『星の声を聞く民』の助けがなければ、わしら全員どうなっていたことか」
ルタが、念を押す。
「そっか。ありがとう」
告げられた事実に、カズキは改めて礼を言う。
自分が寝ている間、なにがあったのか。
カズキの思考が、そんな疑問を思い浮かべる。
「そう言えば、俺は何日眠ってたんだ?」
ふと、気になったことを問いかけるカズキ。
「一週間ほど寝ていたよ」
「い、一週間も!?」
再び、驚きに目を見開くカズキ。
それだけ、自分の身体にはダメージがあったのかと、今さらながらぞっとした。
「そう聞いたら、急に腹が減ってきた……」
しかし肉体とはゲンキンなもので、経過した時間を意識すると、急激に腹の虫が騒ぎ出す感じがした。
カズキはぺしゃんこに凹んでいるお腹をさすることで、それとなく周囲に空腹を訴えた。
「よし、それじゃまずは腹ごしらえといこうか。ボクの仲間たちに食事を準備させるよ」
カズキの様子に気を利かせたのはフシンだ。
彼が手を上げると、洞窟の入り口付近にいた人々が、どこかへ降りて行った。
どうやら、食事の支度をしてくれるようだ。
「さて、カズキくん。そろそろ動けるだろう? 身体もほとんど回復しているはずだ」
そう言い、フシンはカズキの背中を所々揉む。
少しくすぐったい。
「ああ、痛みはないよ」
「よし、なら行こうか。ほら、ルタ嬢も離れて」
「う、うむ」
カズキとフシンの会話の間、抱っこされる赤ん坊のように引っ付いていたルタも、おずおずと離れた。
頬が若干赤くなっており、思わずくっついてしまっていたことが恥ずかしい様子だった。
「メシでも食べながら、色々と話そうじゃないか」
立ち上がったカズキに、フシンは不敵な笑みを浮かべて言った。
貴重なお時間をこの作品に使ってくださり、ありがとうございます。




