059 おかえり、ルタ
ドラゴンの角に、見事しがみついたカズキ。
喉にありったけの力を込めて必死に呼びかけたことで、頭上から叫び散らされた格好のドラゴンは、若干だが動きが鈍くなっていた。
状況を飲み込めないといった様子で、忙しなく首を回しているドラゴン。
巨体を揺らしながら、何度も地団駄を踏んでいる。
カズキは振動で振り落とされまいとして、魂装の右手を鉤爪状に変化させ、角に食い込ませるようにして身体を安定させた。
「ルタァァァァ! 聞こえたんだろ、目を覚ませぇぇぇぇ!!」
ドラゴンの挙動に変化が見られたことを見逃さず、カズキは畳みかけるように呼び続ける。
左眼、魂装の義眼で確認する限りでは、ドラゴンの魂力の流れも変化しているのが視認できた。
巨体の内部で渦巻く混沌とした魂力の奥――ルタの魂力に似た“力の鼓動”が、どくんどくんと微かに脈打ったのが、カズキにだけはわかった。
確実に、声が届いている――カズキはもう一度叫ぼうと、思い切り息を吸った。
が。
「おわっ!?」
次の瞬間、ドラゴンの大きな前脚が、角を目掛けて飛んできた。
どうやら、角にしがみついて喚いているのが、バレてしまったようだった。
ドラゴンは自らの角を揺らし、殴りつけるように何度も何度も前脚を振り上げ、巨大な手でカズキを叩き潰さんとしていた。
「く、そ!」
カズキは右に左にと身体を翻し、角自体を壁にするようにして攻撃を防ぐ。
だが、不安定な足場と強大な膂力による振動などで、身体への負荷が増大していく。
「ぐっ――」
何度目かの跳躍を試みたとき、カズキの口から血反吐が流れ出る。
身体の痛みで足が滑り、魂装の右手一本でぶら下がっているような形になってしまう。
そこへ――
壁のようなドラゴンの前脚が迫る。
「ぁ――」
ベキリ。
骨がひび割れたような、乾いた音がした。
無防備なカズキは、思い切りスタンプされた。
角と前脚で、挟み潰された格好だ。
「……っ…………ぁ」
ドラゴンの前脚がどけたあとには、ボロ雑巾と見紛うようなカズキの姿があった。
泥にまみれ、血にまみれ、ぶら下がっただけの布切れ。
奇しくもそれは――
山でルタと出会ったときの姿に、似ていた。
「…………ル、タ……」
なんとか意識を保ったカズキが、呟くようにその名前を呼ぶ。
小さな声だが、ドラゴンは不愉快そうに口元を歪める。
それは、カズキの声が届いている証左と言えた。
「ルタ……話を……し、よう……」
業を煮やしたようなドラゴンが、再び前脚を振り上げる。
巨体の地団駄に、大地が揺れる。
「俺は……絶対、諦めないから……」
カズキが強く、強く、願ったとき。
体内の魂力が、鳴動した。
――カズキ。
「……ルタ?」
確かに、聞こえた。
ルタの、幼さと、大人びた落ち着きを漂わせる、耳心地の良い、あの声が。
――魂力を、くれ。
「魂力……俺の魂力を、流し込めば……いいのか?」
――うむ。
「……任せとけ」
カズキは、ドラゴンの巨体の奥の奥にある、ルタの意志を感じ取っていた。
全細胞でルタの声に耳を傾け、その想いに応えようと、痛みに軋む全身をなんとか奮い立たせる。
今あるありったけの魂力を、流し込む。
カズキは命を削る覚悟を決め、再び四肢で角に抱き着いた。
「ルタ……受け取れぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
叫びに合わせて、カズキの魂力が魂装の右手から、角を伝い、ドラゴンの体内へと流し込まれていく。
「グゴオオオオォォォォォォ!?」
ドラゴンはカズキの魂力に抵抗しようとしているのか、頭を振り乱して絶叫をはじめる。
しかしカズキは、もはや角の一部であるかのように右手を深く食い込ませ、揺れや振動にすら一切動じない。
一心不乱に、魂力を流し込み続ける。
魂力の流入の影響なのか、ドラゴンの身体が少しずつ、目に見えて小さくなっていく。
カズキの魂力が、ドラゴンの不浄な魂力を薄めていくかのように、その体内でルタの魂力と感応する。
――ルタ、戻ってこいよ。
カズキの意志が魂力に乗って、ルタに届く。
――うむ。
ルタも受け取り、応える。
手を取るように、奥深くに押し込められた、ルタの魂力、生命力を感じ取るカズキ。
カズキの魂力と、ルタの魂力が奥深くで――
溶け合っていく。
「グギギャアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァ!!!」
ドラゴンの嘆きのような絶叫が、大地を揺らす。
激しい炎が火の粉を散らすように、ドラゴンの巨体が黄金の粒子に変わっていく。
一陣の風が、強く吹いた。
強風が去ったあと――ドラゴンの姿は、消えていた。
その代わりに。
大きな足跡の上、カズキとルタが、手を繋いで倒れていた。
「……おかえり、ルタ」
隣で眠るルタに、カズキは呟く。
穏やかな寝顔を確認してから、目線を真上の空へと向けた。
見ると。
空は雲が晴れ、青空が覗いていた。
貴重なお時間をこの作品に使ってくださり、ありがとうございます。




