058 一度きりの共同戦線
純粋なまでの熱が、周囲を取り囲んでいる。
ドラゴン化したルタは、無差別に灼熱の火炎で辺りを焼き尽くし、世界を灰にしてしまおうかという勢いだった。
カズキは、自らの声を届けるため、ルフィアとシャクヤに力を借りて、なんとかルタに接近しようと策を巡らせていた。
「シャクヤは、ドラゴンの足場を凍らせてくれればそれでいい」
「その程度、俺にかかれば容易い」
「心強いな」
シャクヤに足場を凍らせてもらい、その隙にカズキは魂力を肉体に流し込み、一気にドラゴンの身体を駆け上がる。
そして、聴覚器官と思しき頭の位置まで登りつめ、なんとか説得を試みようと考えていた。
「おいおい、なんだよコレ!?」
と、そこで聞こえたのは、シャクヤの相棒であるダミアンの声だった。
彼もどうやらシャクヤと同じく、目を覚ました様子だった。
周辺が焼け野原となっている情景に驚き、戸惑った声を上げていた。
「ダミアン! こっちに来い! 焼かれるぞ!!」
シャクヤが気を利かせ、ドラゴンに狙われる前にダミアンの近くに寄る。
どうやら、カズキとの共同戦線についても、説明してくれているようだった。
「ははん、そういうことなら、オレ様も手伝うぜ」
ダミアンも合流し、ルタを止めるための作戦をいよいよ実行へ移す。
「つーかお前、そんなんで大丈夫なのかよ?」
カズキの全身を見たダミアンが、他意のなさそうな顔で言った。
控えめに見ても、カズキの全身はボロボロだった。
衣服はほとんど破け、所々が血濡れており、顔からは血の気が引いている。
誰がどう見ても、正常からは程遠い状態に見えた。
「……大丈夫だ。魂力はまだまだある」
「はん、とんだバケモノだな」
それでも、カズキは気丈に応える。
今、命の恩人であるルタが不本意な形で、暴力を撒き散らしてしまっている。
それを止めずして、自分の存在意義はない。
力の使い方を教えてもらった自分が、師であるルタを止めなければ。
カズキの心内には、そんな決意があった。
「ダミアンは、その腕力で俺をドラゴンの頭上近くまで放り投げてくれ」
「ははぁん、槍投げみてーな感じか。任せとけーい!」
「ルフィアは俺が頭に辿り着くまで、囮になってほしい。ただ、危ないと思ったら、全力で逃げろ」
「はい、わかりました」
シャクヤが動きを止めた隙に、ダミアンの腕力で一気に頭近くまで飛ぶ。その間、ルフィアが囮となる。
そうして、なんとかカズキが対話を試みるという作戦だった。
あとは、なるようになるしかない。
カズキは自分の中にある妙な開き直りに、思わず苦笑した。
「カズキさんの声がもし届かなかったら……どうするつもりですか?」
どこか不安そうなルフィアが、訊ねる。
カズキは努めて軽薄な雰囲気を出しつつ、こう言った。
「そんときは、俺がルタの魂力を全部、食い尽くしてやるさ」
魂力の暴走によってルタは現在の姿となった。
ということは、魂力が落ち着きさえすれば、恐らくは元の、幼女の姿に戻るのだと考えられた。
ならば、弟子である自分が、一番ルタの魂力の流れや癖は把握している。
それを活かして、カズキがあの禍々しい魂力を、なんとかして喰らい尽くしてやろうと意気込んでいたのだった。
攻撃を打ち尽くさせるでも、魂力の濁流を受け止めるでもいい。
とにかく、ルタのわがまま、暴走、傍若無人を受け止めるのは、自分だ――カズキはそう、自分に言い聞かせていた。
「よし、合図したら、頼む」
カズキは全身の痛みを押し、魂力を身体の方々へ流し込んでいく。
相手は古代種であるドラゴンだ。
炎を躱せていても、油断すればその膂力で、簡単に全身を粉々にされるだろう。
カズキは防御の意味も込め、全身に余すことなく魂力を流し込むようにした。筋肉が躍り、隆起し、硬質化していく。
「さて――いくか」
カズキのかけ声に、ルフィア、シャクヤ、ダミアンが頷く。
作戦、開始。
「あんなもの、どこまで足止めできるかわからんぞ――視野氷結!」
シャクヤの魂装真名が、ドラゴンの足元へ向けて放たれる。
その規模はフルパワーのときほどではなかったが、ドラゴンの四肢、その足場全てを氷結させることには成功する。
「シャクヤ、ナイス!」
「うるさい! あまり持たない、早くやれ!」
思った以上の威力を見せた視野氷結に、ダミアンがぐっと親指を立てる。
しかし余裕がないのか、シャクヤは額に汗を浮かべて、ドラゴンを必死に睨みつけていた。
「おっしゃ、次はオレ様だな」
作戦は、次の段階へと移る。
ダミアンが腕輪を魂装すると、目に見えて両腕の筋肉が増強される。
彼の魂装真名『怪力坊主』はシンプルに、両腕の筋力増強が能力らしい。
「ガキンチョ、準備はいいか?」
「俺はガキンチョじゃない。カズキだ」
「ウハハ、そういう態度がガキンチョなんだよ!」
「あーもううっせー! 早く投げてくれ」
カズキはダミアンと罵り合いつつ、ぐっと体幹に力を込める。
「いくぜぇカズキよぉぉ……怪力坊主ォォ!!」
「ぐっ」
ダミアンに両手で腹の辺りを抱え込まれたカズキが、槍投げのような格好で上空へと投擲される。
投げられる瞬間、カズキ自身も腕に魂力を流し込み、さらに速度を上乗せした。
弾丸のように、宙へ飛んでいくカズキ。
一気に、ドラゴンの頭上へ飛び出した。
「こっちです! わたしはここにいますよ、ルタさん!」
カズキの跳躍を確認したルフィアが、ドラゴンに向けて声を上げる。
声に反応し、ドラゴンは首を回してルフィアを睨んだ。
「まったく、釣られやすいんですから……ルタさんはっ!」
自分の方にドラゴンの顔が向いた瞬間、ルフィアは駆けだす。
素早い跳躍に反応が追い付かず、ドラゴンは探すように首を動かした。
その隙に――シャクヤが残りの魂力全てを使い、もう一撃、視野氷結を放つ。
巨大なドラゴンの足が、地面と共に凍り付く。
「グギギャアアアアアァァァ!?」
足が完全に動かなくなったドラゴンが、不愉快そうに叫ぶ。
シャクヤは片膝をつきながらも、必死に魂装真名を発動し続ける。
「はぁ、はぁ……これが、限界だぞ」
ギリギリで耐え抜くシャクヤの声は、ドラゴンの頭へ自由落下するカズキには届かない。
しかし、その心意気は十二分に、カズキは受け取っていた。
ここまで来たら、俺がなんとかしてみせる。
根拠も理屈もへったくれもない妙な自信だけが、カズキの身体を突き動かしていた。
「よし、掴んだ!」
落下しつつ、カズキはドラゴンの立派な角にしがみつくことに成功する。
その様子を見て取ったルフィア、シャクヤ、ダミアンが、戦線を離脱していく。
あとは自分次第――カズキは決意し、深く大きく、身体が軋むほどに息を吸い込んだ。
このとき、カズキ自身は気づいていなかったが、自然と“喉”に魂力が流れ込み、その“声”を強化していたのだった。
そして――
「ルタアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァ!!!!」
ルタの名前を、叫ぶ。
「起きろオオオオォォォォゴルアアァァァァァァァァァァァァ!!!!」
目覚めろと、大音声を轟かせた。
このときはじめてドラゴンの瞳が、怯んだように揺れた。
貴重なお時間をこの作品に使ってくださり、ありがとうございます。




