057 古代種ドラゴン、その姿
「カズキさん……あれって」
唇を震わせながら、隣のルフィアが声をかけてくる。
「ああ……ルタの、ドラゴンとしての姿なんだと思う」
カズキはルフィアの方を見ることなく、見上げたままで言う。
二人は同じような姿勢で、天を覆うようなドラゴンの巨体を呆然と眺めていた。
そこではじめてカズキは、自分の声が震えていることに気がついた。
「どう、しましょうか?」
現実感がない、といった表情でルフィアがカズキの顔色を窺っている。
カズキ自身、今のこの状況でどう自分が動くべきなのか、まったくもって見当がついていなかった。
ドラゴンの圧倒的な威容に、思考力が奪われているような状況だった。
「……止め、なくちゃな」
しかし、そんな台詞が無意識に口から出る。
自分の言葉を、他人の台詞かのように聞きながら、カズキはふと思う。
ルタは師であり、同盟相手であり、命の恩人。
ジプロニカ王の酔狂によって、期せずしてドラゴンに戻ったルタは、今喜んでいるのか、悲しんでいるのか。
もしくは困っていたり、苦しんだりしているのかもしれない。
でもそれは、残念ながらカズキには知る由もない。
だが、一つだけわかることがある。
ルタはあんな、理性の欠片もない獣じゃない。
もっと聡明で、愛嬌があり、泰然自若としている。
周囲を威嚇するように、眼光鋭く首を回しているあのドラゴンからは、不安や恐怖、そして理不尽に引き出された凶暴が感じられた。
ということは。
考えるまでもなく、わかるのだ。
あのドラゴン化は、ルタにとって絶対に不本意なものだ。
絶対に。
だから――あのままにしておくわけには、いかない。
「俺は、ルタを元に戻す。ルタはドラゴンの姿に戻りたいと思っていたかもしれないけど、こんな形では望んでいないはずなんだ」
決意を口に出すことで、怯えている自分を奮い立たせる。
ルフィアも隣で、頷いている。
「元に戻すことが可能なのかどうか、わからないけど……悪い、ルフィアも道ずれになってもらう。いいか?」
カズキは、不安や恐怖を感じている自分自分を、無理矢理に行動させるため、ルフィアを巻き込むことを宣言する。
自分が、無理難題を吹っ掛けていることは、重々承知している。
だからこそ、ルタと同じく大切な存在であるルフィアに対してカズキは、“道ずれ”という言葉を使ったのだった。
もう、自分一人でなんとかしようなんて、思わない――そんな決意からの台詞だった。
「ふふ、道ずれ。なんだか今聞くと、良い言葉に聞こえるから不思議ですね」
カズキに対して、ルフィアは肩を揺らして笑う。
そして、呼吸を整えてから小首を傾げて、微笑んでくれた。
「わたしも、ルタさんを元に戻したいです。カズキさんも、道ずれにします。いいですか?」
「……お安い御用さ」
悪戯っぽく言ったルフィアに、カズキも笑って答える。
二人同時に、ルタを見上げる。
視界の先では、荒ぶるドラゴンが、天を貫くように雄叫びを上げていた。
「とは言え、どうするか……ん?」
改めてカズキが、状況を整理して突破口を見つけ出そうと考えた矢先。
公道の先から、人の気配がした。
カズキはルフィアを促して、念のため林の中に身を隠した。
「お、おい! なんだ、あれは!?」「で、でかい……!」「王は、王はどこへ!?」
気配の正体は、ジプロニカ兵たちだった。
馬車の部品やらの荷物を持った者がいることを考えると、どうやら、到着の遅い王に業を煮やし、ここまで迎えにやってきた様子だった。
その彼らが、古代種のドラゴンの姿を目視し、驚愕に目を見開いた。
「ドラゴンは、何百年も前に滅んだんじゃないのか!?
「なんでそんな古代生物が、ここにいるんだよ!?」
王の行方など忘れ、慌てふためく兵士ら。
カズキは屈んで下草に身を隠しながら、彼らがこの場からいなくなるのを待った。
「グルルゥゥ…………」
兵士たちの騒めきが癪に障ったのか、ドラゴンが呻き声を上げる。
すぐに一度首を引っ込めるようにタメを作ると、ずうっと、深く深く息を吸うような音がした。
「ルタ……まさか――」
少しの間を置いて――
ドラゴンが口から、灼熱の炎を吐き出した。
「うわあああああああああああああああああああああああああ!!」
「ぎゃあああああああああああああああああああああああ!」
ここから離脱せんと、背を向けようとしていたジプロニカ兵の集団が、業火によって身を焼かれていく。
兵士らは鎧ごと一気に溶かされ、断末魔の悲鳴は炎の風の中へと、虚しくかき消されていく。
「う……」
下草に屈んで状況を観察していたルフィアが、口元を押さえて下を向く。
カズキも、込み上げる吐き気を唾を飲んで誤魔化していた。
眼前の情景はまさに、地獄絵図と言えた。
ルタが、こんなことを……カズキは歯を食いしばった。
「こんなこと、これ以上させるわけにいくかよ」
望まぬルタに、これ以上惨たらしいことをさせるわけにはいかない。
ルタは、カズキが感情的に暴走しそうになったときも、冷静に、理知的に問題には取り組むべきと注意をしてくれた。
そんなルタが、無差別に全てを焼き払おうなどと、考えるわけがない。
しかもきっと、元に戻れたとき、ルタはその事実を知って心を痛めるはずだ。
カズキは、痛いほどそれがわかった。
だから――ルタにこれ以上、余計な罪を犯させるさけにはいかない。
「でもどうする……どうすれば……」
どうすればルタを、元に戻すことができるのか。
ジプロニカ王のときとは違い、もうカズキの攻撃で魂装道具を吐き出させるなど、恐らくは不可能だ。
だが、ここでただ手をこまねいているわけにもいかない。
なんとか接近して、説得を試みるか?
「ルフィア、俺の声はルタに届くと思うか?」
「……わかりません」
「……だよな」
ルフィアからの返答は、あくまでも現実的なものだった。
声をかけるにしても、どうすれば接近できるのか。
カズキは必死で思考を巡らせたが、あまり良い案は思い浮かばなかった。
その間もルタは、無差別に炎を撒き散らし、周囲を焼け野原にしていた。
「カズキさん、このままじゃ……」
隣のルフィアが、嘆くように言う。
カズキは思考がまとまらないまま、意味もなく立ち上がった。
すると視界が広がり、先の戦闘によって凍り付いた林が見えた。
そしてその奥で、なにかが動いた気がした。
「あいつ……黒装束か」
見ると、林の中で黒装束の男シャクヤが立ち上がっていた。
どうやら、意識を取り戻したようだ。
「……!? な、なんだコイツは……?」
顔を上げたシャクヤが、ドラゴンの姿を確認し、驚きの声を上げる。
声に気づいたドラゴンが、そこへ意識を向けたのがわかった。
「あぶない!」
カズキは咄嗟に脚に魂力を込め、踏み込む。
そして、シャクヤを抱えて走り抜ける。
瞬間――シャクヤが立っていた場所に、ドラゴンの口から火炎が吐き出された。
シャクヤはその火力に、眼を見開いていた。
「おい、大丈夫か?」
混乱している様子のシャクヤに、カズキが声をかける。
「き、貴様! ……な、なぜ、助けた?」
ようやく、自分が助けられたという状況を把握したシャクヤが、怪訝な顔でカズキを睨む。
「ルタに余計なものを焼かせたくないってだけだ」
カズキは不愛想に答える。
そうしたあと、苦々しげに歪んでいるシャクヤの顔を、まじまじと見つめた。
「な、なんだ? 俺は助けてほしいなどと言った覚えは――」
「お前、少しは魂力回復したか?」
「……は? 敵のお前に、そんなことを教えるわけが……」
「そういうのいいから。ドラゴンをなんとかしないと、ここにいる全員、軍も含めて全滅するぞ。手を貸せ」
「ドラゴン、だと……?」
カズキは端的に、今の状況をシャクヤに伝えた。
こうなったら、使えるものはなんでも使ってやる――カズキはルタを止めるため、そう決心した。
「助けられたと思ったなら、その一回分で良い。手を貸してくれ」
カズキは真摯な態度で、言葉を重ねた。
「…………借りは、作らない主義だ。一度だけだぞ」
シャクヤは視線を逸らすように、そっぽを向きつつ返答する。
カズキはその様子を見て苦笑いした。
ドラゴンへと視線を戻し、大きく息を吐いて、頭の中をクリアにする。
「ああ、ありがとう。……一度きりで、充分だ」
巨体を見上げるカズキの目には、希望の光が灯っていた。
貴重なお時間をこの作品に使ってくださり、ありがとうございます。




