056 ジプロニカ王の最期
「オボウォエェェェグゲェェェエエエエエエェェェエエエエ!!?」
鳩尾に零距離からの魂装爆破拳を喰らったジプロニカ王が、激しく嘔吐する。
カズキは素早く身を翻し、吐瀉物の滝を躱す。
「うぐぇ、うヴぉえ……」
胃の内容物を全て吐き出し切ると、ジプロニカ王は先ほどまでの、背中から手を無数に生やした三メートルを超える巨人の姿ではなくなっていた。
体内に含んだ魂装道具を吐き出してしまったからか、以前の小太りの中年の姿に戻っている。
王の隣では、腕がなくなったために放り出された形のルタが、意識を失い倒れていた。
「ルタ!」「ルタさん!」
カズキとルフィアはルタの元へ、すぐに駆け寄る。
……が。
「うぐぁあ、あああああああああああああああああああああああああ!!」
周囲の木々を騒めかせるほどの禍々しい絶叫が、ルタの口からもたらされる。
接近していたカズキとルフィアは思わず立ち止まり、耳を塞ぐ。
ルタはまだ意識はないのか、横たわったままだ。
「ル、ルタ? いったいどうしたんだ!?」
硬直が一足先に解けたカズキが、ルタへ近づく。
すると――
「ぐはっ!」
突如、ルタが身を起こし、カズキへ蹴りを見舞った。
異常な力に、カズキの身体がたまらず吹っ飛ばされる。
「カズキさん! きゃ!」
林の方にまで飛ばされかけたカズキを、ルフィアが体を張って受け止める。
「ぐ、ルフィア……申し訳ない」
止めてくれたルフィアと共に、互いの身体を巻き込むように倒れるカズキ。
ダメージの蓄積により、あばらだけでなく、全身の関節が痛んできていた。
「うぅ……グルァァアァアアアアアアアアアアアアァァァァ!!」
立ち上がったルタの喉から、獣のような絶叫が聞こえる。
ルタ自身はまだ意識がないのか、眼は虚ろで意思は感じられない。
まるで、ルタとは別のなにか――身の内に巣食った凶暴さが、ルタの身体を使って雄叫びを上げているかのように感じられた。
視界の景色全てを塗りつぶし、圧倒する、暴力のような叫び。
それは、理知的で冷静で、常に余裕を感じさせてくれるルタのものだとは、カズキには到底思えなかった。
「ルタ……いったいどうしたんだ?」
カズキは意識の端で魂装手術をしつつ、ルフィアに問う。
こうでもしない限り、まるで肉体の回復が間に合わなかった。
「ジプロニカ王が飲み込んだ、あの変な魂装道具を、無理矢理口に入れられてしまったんです……」
それを止められなかった自分をも悔いている様子で、ルフィアは苦々しげに応える。
「マジか……その魂装道具、いったいどんなものなんだ?」
「ジプロニカ王が言っていたのですが、どうやら魂装のできない一般人を、魂装できるようにする効果があるらしいです。ジプロニカ王の先ほどまでの禍々しい姿も、あれによるものです」
「でも、ジプロニカ王のあの姿はまるで――」
「ええ、魂装というより……魔物のようでした」
カズキとルフィアは顔を見合わせた。
そう、ジプロニカ王の身体的変異の特徴は、フェノンフェーン城の地下、ダーナの十三迷宮である『アン・グワダド地底湖遺跡』にて戦った、魔物の姿を想起させるものだった。
血走って赤くなった目に、凶暴化する性格。
身体周辺に漂い出す、夥しいほどの魂力。
「まさかルタも、魔物化しちまうってことなのか?!」
一つの推察に思い至り、カズキが切羽詰まった声を上げる。
「正確なことはなんとも……ただ、あの魂装道具は、体内の魂力に働きかける作用があるのだと思います」
ルフィアは変わりゆくルタの姿を視界に収めつつ、分析する。
「その作用によって、魂力を宿しているだけの一般人でも、ともすれば魂装を発現させることも可能になるのかもしれない。ただし……ジプロニカ王にしてもそうですが、巨大に禍々しく、体内で暴走をはじめる魂力に身も心も飲まれ、理性を失ってしまう者もいる。その場合は――」
「魔物へと成り代わってしまう、ってことか……!」
ルフィアの考察を聞き、カズキは恐ろしい結論を想像する。
「でも、元々は魂装ができるルタは、どうなる? あいつはただ、呪いで魂装を封印されているだけだ」
「……これはあくまで予想でしかないですが、かけられている呪いと暴れる魂力がかち合って、呪いが魂力を纏ったような、邪悪な存在へ変化してしまうのかも」
「そんな……」
カズキとルフィアはお互いに、顔から血の気が引いていくのを見た。
その間も変わりゆく、ルタの姿。
二人にはもはや打つ手がなく、ただ変化の波が落ち着くのを手をこまねていることしかできなかった。
「あの、姿って……」
「ええ、あれは、どう見ても……」
目まぐるしく変わるルタの姿を見て、カズキとルフィアはある種の“絶望”を共有する。
ルタの肉体は“美女”などという形容に収まるものでは、到底なくなっていた。
まず、その巨体だ。
すでに人一人のサイズを大きく逸脱し、十メートルを超える身体となっている。
四肢も太く荒々しくなり、手足の爪は長く伸び、鋭い。四肢を地に着けた四つん這いの姿勢だ。
さらに背部からは、蝙蝠のような巨大な羽と、蜥蜴のような尻尾が生え出ている。
顔は女性らしさは一切消え失せ、鷲の嘴のように口元が伸び、牙が生え揃い、頭上からは王冠と見紛うような、立派な角が突出していた。
カズキとルフィアは、息を飲む。
その姿はまるで――
「「ドラゴン……!」」
空を覆うような巨獣となったルタの姿を、カズキは呆然としながら見上げた。
「あぁ、頭が、いぃ、痛いぃぃ」
状況を飲み込めていないジプロニカ王が、横たわったまま泣き喚いた。
その声が耳障りだったのか、正真正銘のドラゴンとなったルタが、煌々(こうこう)と輝く鋭い眼で睨みつける。
「う、うぅ、な、なななんだこれはぁぁ!?」
「ウグルルゥゥゥ……ッ」
「た、助け――」
ジプロニカ王の叫びは、半ばで途切れる。
プチ、と。
ドラゴンの巨大な足に踏みつぶされ、王は事切れたのだった。
「ルタ……」
カズキにとっての“最悪との戦い”は、拍子抜けするほど呆気ない幕引きとなった。
「グギャアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァ!!」
再び、耳をつんざくような咆哮が辺りに響き渡る。
ドラゴンの姿となったルタが、天を引き裂こうとするかのように顔を上げ、叫び散らす。
「俺たちで、止められるのか……?」
巨大なドラゴンを見上げながら、カズキは独り言ちる。
空には雨雲が蔓延り、完全に陽が陰っていた。
それはまるで、カズキの行く末を、暗示するかのようだった。
貴重なお時間をこの作品に使ってくださり、ありがとうございます。




