055 打倒、ジプロニカ王⑥
「んヒヒヒヒヒイィィ!! こ、これが、私の魂装かぁぁぁ! んん、つ、ツ強い、強いぞぉぉぉォォォォ!!」
背中から無数の腕を生やし、目を血走らせたジプロニカ王が、豪奢な馬車の客室を破壊しながら高笑いを上げる。
小太りだった体型は今や見る影もなく、体長は三メートルを超える巨体に成り代わっていた。
完全に、人ではなくなっている――カズキは背筋に悪寒が走るのを自覚しながら、ジプロニカ王の威容を睨み続けていた。
「二人を……離せ!」
カズキは両足に魂力を流し込み、俊足を使ってルタとルフィアの救出を試みる。
魂力が脈動し、両足が熱くなる。
瞬間――地面を蹴った。
「んんんん!? ど、どこへ行ったぁぁアアア!?」
案の定、ジプロニカ王はカズキの速度についていけず、姿を視界に捉えることができなくなる。
「ルフィア!」
「カズキさん!」
カズキはまず、腕の絡み付きが甘く、自分の位置から手前にいたルフィアを助け出そうと試みる。
刀の形に変質させた魂装の右手で、ルフィアを束縛していた腕を切り裂き、左手を伸ばす。
「ルフィア、掴まれ!」
伸ばされたカズキの腕に応えるように、ルフィアもその細腕を目一杯伸ばす。
「掴んだ!」
二人の手が、強く結ばれる。
カズキが腕を引き、ルフィアの身体を引っ張り上げようとさらに力を込める。
が。
「ぐあぁ!」
「カズキさん!!」
ジプロニカ王の背中から生えた無数の腕が、本体の意志とは無関係に、カズキへ拳を向けてきたのだった。
近寄った敵を全て殴り殺すと言わんばかりの無数の拳は、まるで自動追尾性能付きのミサイルのように感じられた。
無防備になっていた脇腹の部分、シャクヤとダミアンの連携攻撃で受けたダメージが残る箇所に乱打を受け、カズキは受け身を取れず地面に転がる。
「えい! いい加減、離せぇー!」
だが、今の数舜で背中の腕がカズキへと殺到したため、ルフィアへの束縛が甘くなる。
その隙をつき、ルフィアは魂装武器の斧槍を瞬時に出現させて振り回し、脱出することに成功する。
「カズキさん! 大丈夫ですか!?」
腕の緊縛状態から逃れたルフィアが、吹き飛ばされたカズキに駆け寄る。
見ると、カズキは血を吐き、全身を小刻みに震わせていた。
血を流し過ぎているのか、顔から色が無くなっている。
「まずいです、連戦のダメージが確実に蓄積しています! 魂装手術だけじゃ、疲れや失血分は埋められないんですよ!?」
翡翠色の目に涙を浮かべながら、ルフィアは叫ぶ。
カズキは痛みによって集中を乱しつつも、なんとかあばら付近の負傷を回復させようと、応急処置を試みる。
「ふふぅぅん、私の魂装はかなぁーり優秀なようだなぁぁんん? たとえ見えなくとも、自動的に外敵……いや、害虫を駆除してくれるようだぞぉぉぉ?」
自らがあずかり知らぬところで、大ダメージを負った様子のカズキを見つけ、ジプロニカ王は厭らしく嗤う。
巨体と無数の腕が歪に揺れ、見る者に言いようのない不快感を与える。
先ほどまでは目視できていたルタの身体が、腕の群れに飲まれて見えなくなる。
あまり、猶予はないように思えた。
「ルフィア……大丈夫、大丈夫だから」
「嘘です! そんなの、見ればわかります!」
「……まだ、魂力は有り余ってるんだ。だから、まだ戦える」
「ダメです! 肉体的限界だって、わかりますよ!」
明らかな虚勢を張るカズキに、ルフィアは感情的に言う。
これ以上戦ってはまずい。
そう訴えるルフィアに、カズキは小さく笑ってみせる。
「ルタが、ルタがまだ捕まってるんだ。俺が――俺が、助けないといけない」
立ち上がりながら、カズキは大きく息を吐く。
呼吸のその都度、あばら付近がズキズキと激痛を伝えてくる。
それでも、命の恩人であり、師匠であり、同盟相手……仲間であるルタを、俺は助ける。
そして――自分自身にとっての“最悪”を、倒す。
カズキは肉体的限界を、精神力で凌駕せんとしていた。
「それならわたしだって、戦います。ルタさんは、わたしの仲間でもあるんですから。それに……」
一度手の甲で目元を拭い、ルフィアはカズキの横に立つ。
「カズキさんだって、大事です。だから、一緒に」
言って、ルフィアは微笑んだ。
美しい銀髪が、道を吹き荒んだ風に棚引く。
「んヒヒヒ、ヒヒヒヒひヒヒ! んー、んーー。醜い、醜いなぁ害虫共が群れる姿というのは。ぬヒヒ潰そう、うん、踏みつぶそうよなぁぁんぬヒヒヒヒヒ!!」
ジプロニカ王の不気味で歪な高笑いが、心の奥底から怖気を引っ張り出す。
おどろおどろしい王の威容が、晴天を追いやってしまったかのように、空も雲で覆われはじめていた。
陰ってしまった道の上。
それでも、カズキとルフィアは強い意志を滲ませた目で、ジプロニカ王を見据えていた。
「一つ、試してみたいことがある。協力してくれるか、ルフィア」
「愚問ですよ、カズキさん」
「じゃあルフィアは、できる限り背中の腕を引きつけてくれ」
「はい」
「俺はその隙に、正面からぶちかます。――奴の化けの皮を、剥いでやる」
カズキの言葉が終わると同時に、二人は駆けだす。
ジプロニカ王は不敵に笑うと、喜んだように頭を“三百六十度”回した。
もはやそれは、人間には不可能な所業だった。
「ンフフフゥゥ! 潰す潰す、つ、ブ、すぅぅゥゥゥ!!」
ジプロニカ王が極太の右腕を振り上げると、いくつかの背中の腕と融合し、さらに凶悪で醜悪な巨腕と成る。
「視えてるぞ、ジプロニカ王! そんな見かけ倒しの腕で、なにができる!?」
「んなにをォォぉぉおお!? がい、が、が害虫のォぉ、分際デェェッェ!!」
カズキは王を挑発し、あえて自分に攻撃の矛先を向けさせようと仕向ける。
実際にカズキには、魂装の義眼でジプロニカ王の魂力の流れが可視化できていた。
ただ、ジプロニカ王の魂力は言うなれば“変異型”とでも言える状態となっており、カズキの左眼を以ってしても、攻撃の軌道や狙いが読みづらいという弊害を作り出していた。
これも、正体不明の魂装道具が生み出した効果なのだろうか……カズキは左眼が見せる歪んだ魂力の流れを感じながら、速度を上げて王へ突っ込んでいく。
「つつ、ツ、ツブ潰してやるぅううあぁあァァあアああ!!」
「ぐ、うぅぅ!!」
懐に飛び込んだカズキの頭めがけて、ジプロニカ王の異形の腕が振り下ろされる。
カズキは魂力を纏わせた両腕で、なんとか攻撃を受け止める。
例に漏れず、あばら付近が激痛を巻き起こす。
と――その瞬間、カズキの背後から、ルフィアがジプロニカ王を飛び越えるように跳躍する。
「も、もう一ぴきはぁソコかああぁぁァぁぁ!?」
ルフィアの動きを視界に捉えたジプロニカ王は、カズキに振り下ろした腕を、宙を舞うルフィアに向けた。
それに促されたかのように、背中側の腕もルフィアへと標的を変える。
カズキの眼前――王の腹部が、無防備に晒される。
背中の腕の追尾性能を逆手に取り、二手に分かれて標的を攪乱させることで、カズキが“狙っている箇所”を曝け出させることに成功する。
「カズキさん、今です!!」
斧槍で自分を狙う腕を退けながら、ルフィアが叫ぶ。
カズキはその声を聞き、ぐっと下半身を踏ん張った。
「ありがとうルフィア――くらえ」
カズキの右腕が、脈動する。
魂力が、集約していく。
「『魂装――爆破拳』」
ジプロニカ王の鳩尾に、カズキの拳が、炸裂した。
貴重なお時間をこの作品に使ってくださり、ありがとうございます。




