053 打倒、ジプロニカ王④
「ダミアンッ!!」
カズキが吹き飛ばした巨体の男ダミアンが、黒装束シャクヤの眼前を吹っ飛びながら横切っていった。
馬車の停まっている公道を突っ切り、反対側の林にまでぶっ飛んでいく。
林の木々を大量にへし折りながら、木片のクッションに埋まるようにして、宙を舞う巨体はようやく止まった。
ダミアンは気を失ったのか、白目を剥いて横たわったままだった。
「う、うぬ……なんちゅー威力じゃ」
ずっと向こうに吹き飛んでいった大男の無残な姿を確認し、カズキに守られた形となったルタが驚愕の表情を浮かべる。
「鬼神の如き一撃です……」
さらに、ダミアンを陽動する必要がなくなったルフィアが、木々の隙間を縫って顔を出す。
カズキの隣に並んだその顔は、少し青ざめていた。
「お、俺もまさか、はじめてやってここまでの威力になると思ってなかった……」
カズキはルタとルフィアの引きっぷりを見て、意味もなく自戒した。
先ほどカズキは、ルタが自分の身体を大人びた状態に変化させた魂力による“身体強化”と、広範囲攻撃として何度か使用した“魂力爆破”を、試験的に掛け合わせた技を発動させたのだった。
身体強化により爆発的に身体機能、筋力を向上させたうえで、強化した箇所に大量の魂力を流し込み、相手をインパクトした瞬間に爆発させる――そうして、超高威力の右ストレートを繰り出す。
言うなれば、『魂装爆破拳』。
カズキはとんでもない攻撃を生み出した自分の肉体を、改めて顧みた。
まず、一番魂力を集約させている魂装の右手は、稲妻のような電気を微かに迸らせている。
これは、強烈な爆発の残滓と考えられた。
手全体は黄金に煌めいており、まるで財宝のような輝きを放っている。
次に右腕は、まさに筋骨隆々、今し方吹き飛ばしたダミアンに負けず劣らずの剛腕へと肥大していた。
この強大な筋力によって、熊のような巨体をも吹き飛ばす高威力が実現されたのだった。
「……わしがうぬの“身体再生”をヒントに“身体強化”を行ったが……それを再転用するとは。さらにできるようになったな、カズキ」
ルタがカズキの右腕をまじまじと見ながら、なにかを悟ったように微笑んだ。
カズキは真っ直ぐに褒められてむず痒い気持ちになったが、ひとまずルタへ『またア○ナブル化してるぞ』と、心内でツッコミを入れて、照れを誤魔化した。
「身体再生に、強化まで……凄すぎます、カズキさん」
話の文脈を理解し、カズキの魂装遣いとしての異様な応用力を感じ取ったルフィア。彼女も改めて感嘆した様子で、長い睫毛を揺らしている。
「……ただの思いつきだったけど、予想以上に上手くいった。これなら、あの黒装束の真名にも、対抗できる」
新鮮な戦意を滲ませて、カズキは深く息を吐く。
吐息に合わせて、巨大に膨れ上がっていた右腕の筋肉が、一般的な大きさにまで縮む。
「ルタ、ルフィア。さっきは助かった、ありがとう。二人がああしてくれなかったら俺、たぶんやられてた」
「ふん、同盟相手として、当然のことをしたまでじゃ」
「わたしもです。守られてばかりは、嫌なので」
二人の力強い返答に、カズキは安心感と心強さを同時に手に入れる。
「よし、次は黒装束だ。俺が奴に攻撃させて、魂力を削る。二人が“直接氷結”させられないであろう魂力量になったら、連携攻撃を仕掛けるぞ」
「うむ!」「はい!」
カズキは手短に作戦を伝え、それぞれ別の方向へ散るよう目配せする。
ルタとルフィアはカズキの意を汲み、頷いて素早く散開した。
「よくもダミアンをっ! 俺がケリをつけてやる!!」
黒装束の美男子シャクヤは、同胞ダミアンが倒されたことにはじめて怒りを見せた。
整った顔立ちに、眉間のシワが深く刻まれる。
「もう容赦はしない! 魂装、燃!」
シャクヤは叫び、魂装によって氷柱のように美しいレイピアを出現させた。
魂装の義眼を持つカズキには、シャクヤの体内の魂力が魂装武器であるレイピアへ、どんどん流れ込んでいくのが視えていた。
「フルパワーの魂装真名を喰らえ――視野氷結ッ!!」
シャクヤは叫び、カズキがいる林へレイピアの先端を向け、渾身の魂装真名を放ってきた。
絶え間なく魂力の流れを視ていたカズキはシャクヤの狙いを読み、瞬時に両足へと力を込める。
両足が、一気に肥大する。
足裏から放出するイメージで魂力をさらに流し込み、爆発力を得て、跳ぶ。
刹那――カズキの立っていた林一帯が、視野氷結によって氷結する。
それはこれまでとは桁違いの範囲と威力、冷たさの氷結攻撃だった。
陽光照りつけている日中にも関わらず、凍った林一帯は、暗く寒い冬の雪山になってしまったかのようだった。
これこそが、シャクヤのほぼ最高出力による視野氷結だった。
……が。
「――こっちだ」
「っ!?」
カズキはすでに林にはおらず、シャクヤの背後に回り込んでいる。
両足に魂力を集め、人智を超えた瞬発力で、一気に間合いをゼロにしていた。
視界における魂力の流れを全て“視る”能力と、瞬時に肉体性能を上昇させる“肉体強化”をモノにしたカズキにとって、すでにシャクヤの攻撃は――
「遅い」
――そう、遅すぎたのだった。
「ま、まだ――なっ!?」
背後を取られ焦ったシャクヤが、振り返りながら叫ぶ。
が――魂力を使い果たしたために、地面に膝をついてしまう。
「それも、“視えてた”」
カズキは言い、再び右腕、さらにその先の“右手”へと魂力を込める。
脈動し、体内を変幻自在に移動する魂力に合わせて、筋肉すらも蠢き、移り変わる。
「この、俺が、負けるなどぉ!」
すでに息も上がっているシャクヤは、辛うじて握っていたレイピアをカズキに向ける。
刺突せんとして、鋭利な先端を突き入れようと試みる。
しかし、すでにカズキは攻撃のための“変化”を終えていた。
「……終わりだ」
再び、カズキの『魂装爆破拳』が火を噴く。
多量の魂力によって硬質化したカズキの拳は、シャクヤの微弱な魂力で作られたレイピアなど、いとも簡単に砕き貫く。
「ガハァァッ!?」
とびきりの一撃を顔面に食らったシャクヤは、弾かれた弾丸のように、自らが凍らせた林へと吹っ飛んでいく。
雪煙を巻き上げながら、ダミアンに負けず劣らずの距離を飛んでいった。
砂埃、雪煙が落ち着くと、辺りには静寂が訪れる。
静かに構えを解いたカズキの横に、ルタとルフィアがすっと並ぶ。
「結局、うぬだけで倒してしまったか。末恐ろしい……」
「カズキさんの魂力総量、いったいどうなってるんですか……?」
出番の少なかったルタとルフィアがそれぞれに、複雑な表情を浮かべてカズキを評した。
カズキはそれに苦笑いで応えつつ、後頭部を掻く。
そして、変わらず公道に停車中の、六頭立ての巨大馬車を見やった。
馬たちはよく訓練されているのか、静かに待機している。
カズキは佇んでいる装飾過多の馬車を、改めて観察した。
客室部分の室内ははっきりと窺えないが、人一人分の魂力が、カズキの“左眼”には確かに視えていた。
「……これでようやく、ジプロニカ王か」
この世界で知る中で、一番の悪がそこにいる。
カズキは大きく息を吐き、左胸に手を当て、心音を確かめた。
鼓動が、強く早く、胸を叩いていた。
貴重なお時間をこの作品に使ってくださり、ありがとうございます。




