052 打倒、ジプロニカ王③
疲れなのか痛みなのか、両足の震えが止まらない。
コンビネーション攻撃を叩きこまれて大きく吹っ飛ばされたカズキは、林の中、馬車からかなり離れた位置でなんとか立ち上がっていた。
「がはっ」
「カズキ! わしらも連携を取らねば!!」
血反吐を吐いたカズキを視認したのか、木立の中に身を隠していたルタが、嘆くように叫ぶ。
「ダメだ! もう少しあの黒装束が魂力を減らしてからでないと、凍らせられる!」
しかしカズキは、声を荒げて止める。
激痛を感じさせているあばらの辺りを押さえつつ、腰を低くして構える。
「でも……わたしたち、もどかしいです!」
ルタとは別の方向から、ルフィアの息詰まるような声が聞こえる。
だが、カズキは二人を守りながら、シャクヤとダミアンの二人を相手にする自信はなかった。
これまでで一番、手強い――カズキはなんとか痛みを落ち着けようと、必死に呼吸を繰り返した。
「隠れんぼはもう終わりだぜぇーッ!!」
「っ!?」
息を整える間もなく、カズキを追って林に飛び込んできたのはダミアンだ。
両腕の袖が引き裂かれたようなデザインの服を、上半身の筋肉が隆々に押し上げている。
晒されている両腕は、大蛇のように野太い。
さらに両手首には、幅広で肉厚な、巨大ブレスレットを装着している。
カズキが魂装の義眼で見ると、ブレスレットに魂力が集中しているのがわかった。
あれが、奴の魂装……先ほどの、真名らしきものを叫びながらのシンプルな打撃を鑑みれば、能力も自ずと格闘戦向きのものだと推察できた。
「おらぁー、どこだぁぁーー? 出て来いヤァァーー!!」
ダミアンが叫びながら血気盛んに極太の両腕を振り回しはじめると、ブレスレットが明滅し、変質していく。
シンプルな輪の形状から、手首と拳を覆う“戦闘用手袋”のような、拳が鋭利に尖った武器へと形を変えていた。
鋭い拳部分を一度叩き合わせて気合いを入れてから、ダミアンは両腕を振り回し、林の木々を薙ぎ倒しはじめた。
この調子で木々が一掃されてしまえば身を隠す場所がなくなり、シャクヤの視界にあぶり出されることになってしまう。
「奴め……木を素手で折るなど、人間業ではないぞ!」
ダミアンが暴れている地点から素早く退避し、ルタがカズキの隣へ林伝いに出てくる。その顔には驚愕と恐怖の色が浮かび、額には冷や汗が浮かんでいた。
「ちょ、まだ出てくるなって――」
「この辺りは下草が鬱蒼としている、屈めば黒装束の位置からではわしは見えん。それにここなら、視線上にあの大男が入るじゃろう」
焦るカズキに対して、ルタは至って冷静に言葉を返す。やはり、よく戦況を観察している。
確かに、今のカズキの位置からであれば、シャクヤの目線上にダミアンが入るような形だった。
「今の内じゃ。少しでも魂装手術で身体を回復させぃ。わしも、氷結攻撃さえなければ多少の時間ぐらいは稼げる。あんな大男相手でもな」
ルタは言いながら、全身に魂力を漲らせてファイティングポーズを取る。
金色の耳飾りが魂力に共鳴し、キラキラと揺れた。
「カズキさん、ルタさんの言う通りです! わたしも引きつけますから、今は少しでも傷の治癒を!」
さらに、ルタに重ねるようなタイミングでルフィアも助け舟を出してくれる。
ルフィアの姿は通常視野では確認できなかったが、カズキは魂装の義眼で、どこにいるのかがすぐにわかる。
「ルタ、ルフィア……恩に着る」
心強い相棒が、二人もいる。
カズキはルタとルフィアに深く感謝し、魂力操作へと意識を集中する。
わずかでも集中力を高めるために、眼を閉じる。
「そっちかぁ!? 行くぜェェーー!!」
「く、気づいたか」
苦虫を噛み潰したようなルタの声が、カズキの耳に届く。
ルタの目線の先では、獲物を見つけた肉食獣のように眼をギラつかせ、ダミアンが笑っていた。
意気揚々と木々を薙ぎ倒しながら、突進してくる。
「……ルタ、一瞬くれ」
瞼を閉じたまま、カズキは短く言った。
「なんじゃ!? 今大男がこっちに突っ込んできとるんじゃ! それどころでは――」
「身体を成長させるときのコツ、教えてくれないか?」
「――!? あぁもう、強いて言えば、ボン、キュ、ボンじゃ!!」
「……はは、そりゃまた、ルタらしいな」
「たわけ! 時間があればもっと理知的に説明できるわい! ……来るぞ!!」
カズキはルタの言葉を聞き、小さく笑う。
そして、眼を閉じたまま体内の魂力を脈動させる。
ボン、キュ、ボン。
要するに、出るところは出て、引っ込むところは引っ込む、ということ。
それなら――
眼を閉じたカズキの視界では、魂力の流動を示す光の線だけが、暗闇の中を踊っていた。
「オラァ、ぶっ込むぜぇぇーー……『怪力坊主』ォォォ!!」
巨体の質量と速度で、最高潮に威力の高まったダミアンの拳が、ルタめがけて振り下ろされた。
……が。
カズキが“右手”で、それを受け止めていた。
「……な、なにぃィィ!?」
驚愕に目を見開いたのはダミアンだ。
――今まで、このオレ様の魂装真名『怪力坊主』を止めた者など一人もいなかった! ましてや、片手でなんて……あり得るもんかよぉォォっ――
激情に駆られ、自らの拳を我武者羅に押し込むダミアン。
しかし、カズキの右手に握り込まれた拳は――微動だにしなかった。
「な、何モンなんだ、テメェはァァー!?」
嘆きにも似た喚きを上げるダミアン。その顔には、先程までの肉食獣のような荒々しさは、欠片もなかった。
「……次はこっちの番だ」
全身に禍々しいほどの魂力を充溢させたカズキは、見上げるような巨体のダミアンを睨みつけた。
その後、数舜。
カズキの“魂装の右手”が、スパークした。
「ぐほぇッッ!?」
ダミアンの巨体が、くの字に折れ曲がり、そして――
吹き飛んだ。
貴重なお時間をこの作品に使ってくださり、ありがとうございます。




