051 打倒、ジプロニカ王②
「ルタ、ルフィア! 絶対に奴の視界に入るな、隠れてろよ!」
忙しなく両足を動かして回避行動を続けるカズキが、ルタとルフィアに向かって叫ぶ。
公道にルタとルフィアの姿はなく、今はカズキの指示で、道の側にある林に身を隠していた。
ジプロニカ王を移送しているらしき巨大で豪奢な馬車を見つけ、周囲を取り囲んでいた兵を一掃するまでは、事は順調に運んでいた。
しかし。
王の近衛兵と思しき、二人の魂装遣いが登場してから、戦局は押され気味になっていた。
すでに何度か攻撃の交差があり、辺りには戦闘の激しさを物語る傷が、いくつも残っていた。
「逃げてばかりじゃどうにもならないぞ、カズキ・トウワ」
黒装束の男シャクヤが、馬車の目の前に陣取ったまま、挑発するように言う。
カズキは“魂装の義眼”で魂力の流れを読みつつ、なんとかシャクヤの攻撃を躱す。
「おいおいシャクヤ。お前ばっかり楽しんでないで、オレ様にもやらせろよ?」
シャクヤの隣に胡坐で座り込み、大あくびをしている大男ダミアンは、暇そうに文句を垂れている。
「ダミアン、いつも言っているが、君と俺とでは戦闘の相性が悪い。そこで黙って見ているがいい」
「おいおい毎回そう言うがな、お前とオレ様の相性は結構イケてると思うぜ?
お前が目線で凍らせて、そこをオレ様がメガトンなパンチでぶち砕くってぇ寸法で、どんだけの修羅場をくぐってきたと思ってんだよ?」
「……ダミアン、君はまずさっきから敵に情報を漏洩しているその口を閉じろ」
「あ、ワリワリ、気づかなかったぜ。ウハハハ!」
カズキは足を止めず、右に左に身体を翻して氷結攻撃から逃れる。
回避行動を繰り返しつつ、シャクヤとダミアンの会話を耳聡く聞いていた。
やはり、シャクヤの魂装真名は、目線で凍らせる能力で間違いない。
カズキは攻撃を躱しつつ、シャクヤの能力をそう予想し、ルタとルフィアに林の中に身を隠すよう指示していた。
視野を基点とした攻撃だからこそ、どう見ても近接戦闘系のあのダミアンとか言う大男が、こっちに手を出してこないんだろう――カズキは戦局を分析し、思考をフル回転させていた。
ただ、目線で凍らせることができるというのなら、なぜ先ほどから足場ばかりを狙うのか。
俺自身を睨みつけて、心臓なり頭なり人体の重要な部分を凍らせてしまえば、それでケリがつく……なのにそれをしないということは、“できない理由”があるはず――。
カズキがそんな疑問にぶつかった、その時。
「つーかよ、なんでさっきからお得意の“直接氷結”させねーんだ? まさかあのガキンチョ、シャクヤよりも魂力総量が多いってのかよ?」
「……まずは君のその口を凍らせた方が良さそうだな」
「ちょ、おいおいバカやろー、それだけはやめとけって!」
二人のやりとりから、有益な情報がもたらされる。
察するに、相手へ視線を向けて“直接氷結”を行使するには、恐らく『魂力総量で相手を上回る』必要があるのだろう。
そう仮定すれば、技を使う度に魂力を消耗していく前提も考えると、あのシャクヤと言う男は、長期戦に弱いはず――カズキはそんな考えに至る。
「でも、それだとこっちも不利か……!」
しかし、長期戦になってしまうと不利なのは、カズキらも同じだった。
戦いが長引けば長引くほど、ジプロニカ軍の増援がやってくる可能性は高まる。
それだけは避けたかった。
「ふん、カズキ・トウワ、まさか貴様が“直接氷結”を防げるほどの魂力総量の持ち主だったとはな。俺が戦闘開始直後の魂力量で貴様のような輩に負けるなど、甚だ遺憾だったが……まぁいい。
無能な魂装遣いどもにはわかるまいが、魂装遣い同士の戦いは、魂装武器の大きさや強さだけではなく、戦闘経験を活かした立ち回りにあるのだから。万に一つも、貴様に勝ち目はないのだ」
ダミアンによって手の内を曝け出されてしまい開き直ったのか、シャクヤは“影”に生きる者には相応しくないほど饒舌に語りながら、顔を隠していた黒頭巾をたくし上げた。
現れたのは、同性のカズキから見ても美男子と言って差し支えのない、整った顔立ちだった。
「おいおい、相変わらず女にモテそうな顔だな、シャクヤよぉー。お前のその顔だけは、オレ様ですら少し羨ましいぜ」
「ふん、顔の美しさなど戦闘においてはなんの意味もない」
「つーことは、自分の顔が美しいのは否定しねーってことだな?」
「なぜ明確な事実を否定する必要がある?」
「かーっ! 清々しいほどイラつくねぇー!!」
戦闘中という緊張感などまるで感じさせない様子で、シャクヤとダミアンは会話を繰り広げている。
それだけ、二人にとってカズキは脅威となりえないと考えているのであろう。
カズキは、その油断こそが反撃の糸口だと信じ、脚と思考を絶え間なく動かし続けていた。
「ダミアンのおかげでもはや、目線を隠す意味もなくなったのでな」
「いやいやー、礼なんていいぜ! ウハハハ!」
「……礼ではない。嫌味だ」
呆れたように頭を抑えるシャクヤと、大口を開けて笑い飛ばしているダミアン。
カズキは隙を逃すまいと一歩踏み込むが、気配に気づかれ、足場が凍りつく。
若干、凍った箇所の冷気が冷たくなった気がした。
「おー。シャクヤの真名はよぉ、なんか凍らせようってとき、視線を遮るもんがないほど、氷っぷりが強力になるんだっけな?」
「その通りだが……君は何度、敵に塩を送れば気が済むんだ?」
「ウハハ、わりーわりー!」
シャクヤが急に顔を晒した理由に、カズキは合点がいく。
端的に言えば、シャクヤの目線上に遮蔽物がない方が、強力な氷結現象を発生させられるということだ。
日中にもかかわらず顔を隠す黒頭巾を被っていたのは、自分の目線を隠すことで、氷結攻撃の狙いを、敵に悟らせないようにするためだったのだ。
目線を隠すことをやめた今、シャクヤは戦闘スタイルを攻撃力重視のものに切り替えた、ということを意味していた。
「ほら、脚を止めるなよカズキ・トウワ――『視野氷結』」
「くっ!」
必死に思考を回していたカズキの足場が、またしても一瞬で氷結する。
氷点下の魂力の塊が、冷気を放って地面を凍らせていく。それに巻き込まれぬよう、カズキは両足に精一杯の力を込めて、その場から飛び退る。
シャクヤの魂装真名、『視野氷結』の能力がわかったところで、カズキには反撃する余地はほとんどない。
カズキは先ほどからずっと、氷結攻撃を回避するために、延々と飛び回っていた。
そのせいで下半身の筋肉に乳酸が溜まり、脚はずっしりと重くなってきていた。
「!? く、そ!」
両足で着地するが、一瞬態勢が崩れ、左手もつくカズキ。
思わず、恨み節が口から漏れる。
まずい、脚のスタミナが切れかかってる――カズキが一瞬、弱気になった瞬間。
「ほら、止まるなよ」
「っ!?」
隙を突かれ、視野氷結によってカズキのいる地面――左手をついた箇所だ――が、凍らされてしまう。
続けざまに、足場までを凍らされてしまい、完全に身動きが停止する。
「ホイ、いっただきィィー!!」
そこへ、丸太のような腕を“腰だめ”にした体勢で力を充填しつつ、その巨体からは想像できないスピードで、ダミアンがカズキめがけて突進してきた。
まずい――
「怪力坊主ォォッッ!!」
「がはぁっ!?」
前かがみに硬直させられていたカズキの左脇腹に、ダミアンの巨大な右拳が、フックのような形で叩き込まれる。
トラックが突っ込んできたかのような衝撃に、カズキの身体は悲鳴を上げ、林の奥まで吹っ飛んだ。
「カズキッ!!」「カズキさん!!」
身を隠していたルタとルフィアの悲鳴が、林の木々を震わせる。
シャクヤの氷結で相手の動きを止め、ダミアンの怪力パンチで敵を仕留める。
ダミアンの言っていた通り、それは洗練されたコンビネーション攻撃だった。
「あぐぁ……あぁ、はぁ…………」
カズキは林の中、数本折れたであろうあばらが伝える激痛に歯を食いしばりながら、なんとか立ち上がる。
全身が痛みと疲れで、小刻みに震える。
このままじゃ、まずい――ん? このまま、じゃ?
カズキの胸中に、一つの考えが浮かぶ。
口の中の血だまりを、ぺっと吐き捨てた。
「ルタ、ルフィア! まだっ、まだ出てくるなッ!!」
血で汚れた口で叫び、カズキは一度深呼吸する。
その目にはまだ、闘志の炎が宿っていた。
貴重なお時間をこの作品に使ってくださり、ありがとうございます。




