050 打倒、ジプロニカ王①
「あれを見ろ、カズキ」
ハンズロストックへと続く道を、急ぎ進んでいた三人の視界に、豪奢な客室を引いた巨大な馬車が入り込んだ。
カズキ、ルタ、ルフィアは林に身を隠しながら進んでいたが、木立の中からでもわかるぐらいに、巨大な馬車は一際目を引く装飾が施されていた。
「いかにもジプロニカ王が好きそうな馬車だな」
ルタに応えつつ、カズキは腰を落として様子を窺う。
林の木々の足元に生えている下草に身を隠しつつ、公道を進む馬車へと目を向ける。
馬車の周辺には、多数の兵士が展開しているのが確認できた。
よく見ると、兵士たちは馬車を二重三重に取り囲むように隊列を組んでいる。馬を使役している御者ですら、鎧を着込んでいるという警戒ぶりだ。
全体の完全武装した様子から察するに、あの馬車にジプロニカ王が搭乗していると考えられた。
「向こうの数は……ざっと見積もって、三百はいそうですね」
ルフィアが小声で、馬車を囲んだジプロニカ兵団の数を伝えてくる。
敵戦力は、三百人程度。
カズキはこの数であれば、そこまで苦労することなく突破できると、瞬時に戦局をイメージした。
「どうするのじゃ? 突っ込むか?」
ルタが、気を急いたようにカズキに問う。
その隣では、ルフィアが真剣な表情でカズキを見つめていた。
「ハンズロストックに戻れば、向こうの戦力は増えるよな」
「当然じゃ。ハンズロストック側に残った兵が合流するじゃろう」
「でも、ここで奇襲をミスれば、平野部とハンズロストック、両方の戦力に挟み撃ちされることになるよな」
カズキは、ここでの戦闘が長引いた場合を想定する。
もし、少しでも手こずり増援など呼ぶ隙を与えてしまえば、一気に戦局が変わってしまうことが予想された。
「しかし、ハンズロストックに到着してしまえば、そう簡単に手は出せなくなります。しかも、その後に隙ができるかどうかもわからない……こちらの行動が敵の耳に入っていない今しか、チャンスはないと思います」
強い決心を感じさせるルフィアの言葉が、カズキの耳に届く。
ジプロニカ王を討つ、絶好の機会。
ここを逃せば、これ以上のチャンスはもう訪れないかもしれない。
カズキは一瞬だけ思案し、ルタとルフィアの表情を見やった。
二人は――透き通った美しい瞳で、カズキを見つめていた。
「よし……突撃する。二人とも、俺に力を貸してくれ」
決意を持って、言葉を紡ぐ。
ルタとルフィアは、勇気をくれる微笑みで応え、頷いてくれる。
三人は改めて、羽織っていたローブを正し、フードを目深に被り直した。
「いくぞ!」
「おお!」「はい!」
カズキの掛け声に合わせて、各自駆け出す。
フォーメーションとしては、後方の左右から挟み込むようにルタとルフィアが挟撃し、前方、一番戦力の集中している箇所を、カズキが正面突破していく形だ。
全身に魂力と闘気を漲らせ、カズキは隊列の行く道を遮った。
「何者だ!?」
最前列の兵士が、カズキの姿を確認して叫ぶ。
「ジプロニカ王……覚悟しろ」
仁王立ちしたカズキは、低く呟く。
瞬間、全身の細胞が決意に応えるかのように、魂力が指の先にまで行き渡っていくのが感じられた。
左眼が熱を持つような感覚があり、包帯を引き裂くようにして外す。
――やはり、左眼には“全て”が視えた。
「な、なんだ、奴は!?」
「敵だ、殺せ!」
「いけ、いくんだ!」
カズキの左顔面を目視した兵士が、怯えるように後退る。続けて、去来した恐怖心をかき消すかのように、叫び声をあげて武器を構えた。
先ほどまでは、どこか安穏とした空気で行軍していた最前線の兵士たちが、一斉に向かってくる。
しかし、カズキには全員の所作、その狙い、そして防御の手薄な箇所が一瞬で理解できてしまう。
「眠ってろ」
カズキは魂装の右手を、ヌンチャクのような形に変質させる。そして間髪入れず、勢いよく横薙ぎに振り回す。
最前列の兵士数名が、一瞬でなぎ倒された。
「まだまだ!」
続けて、右から左に薙いだヌンチャクを今度は引き戻すように左から右に振るカズキ。
次の兵士の列が、まるでドミノ倒しかのように頽れていった。
目にも留まらぬ早業に、残存の兵士らは震え上がる。
カズキのこの戦闘スタイルは、ペネロペのトンファーでの戦闘から着想を得て、自分なりにアレンジを加えたものだった。
トンファーではなくヌンチャクの形状にすることで、鞭のようなしなやかさと、強力な打撃の両方を実現させている。
さらに言えば、ヌンチャクの持ち手部分を変幻自在に伸ばしたり太くしたり、さらに三節棍のように連結部を増やしてリーチを伸ばすなど、アレンジしながら攻撃を繰り出すことが可能となっていた。
そんな圧倒的で柔軟性に富むカズキの魂装の攻勢に、魂装遣いでもない兵士たちは、一切反撃の余地がなかった。
「馬車を、馬車を守れ!!」
兵士長らしき男が、指示を飛ばす。
しかし、カズキの攻撃範囲と威圧感に気圧され、兵士たちはずるずると後退していく。
ついには馬車の足を止めてしまうほどに、隊列は乱れに乱れてしまっていた。
「眠っておれぃ!!」
「えいやっ!」
馬車の足が止まったところで、後列から攻めてきていたルタとルフィアが躍動しながら視界に現れる。そうして、馬車の周りに残った兵士らを、挟撃するような形となった。
完全に追い込まれた残りの兵らは、身体を震わせ、歯を鳴らしている。
「……寝てろ」
カズキは叫び、変質させたヌンチャクを振り抜き、残りの兵士全員を沈黙させた。
横たわったジプロニカ兵が、辺り一面を埋め尽くしていた。
「わたしたち、あんまり役に立ってませんでしたね……」
「たわけ! カズキが暴れすぎなんじゃ!」
ルタとルフィアが、カズキの両隣に並びながら、どこか不満げな様子で話している。
戦闘中にもかかわらず、二人のどこか余裕ある態度に、カズキは安心した。
と。
「! 危ないっ!」
一瞬、魂力の流動が変化したのを見極めたカズキが、叫ぶ。
両腕で、ルタとルフィアを後ろへ押しのけると、カズキ自身も、後方へ飛ぶ。
直後、カズキらが立っていた地面が――氷結した。
「この力は……魂装真名か!?」
尻餅をついたまま、驚愕の声を上げるルタ。ルフィアも驚いた様子で、眼を見開いている。
カズキは魂力の変質があった馬車を、睨みつけた。
「――また会ったな」
「……!?」
巨大な馬車の客室から現れたのは、ジプロニカ王――ではなく。
見覚えのある、すらりとした黒装束の立ち姿だった。
日中の陽のなかにあっては、黒装束は逆に目立ってしまっている。
「おいおい、シャクヤ。一人でやろうってんじゃねーだろーな?」
黒装束に続いて馬車から出てきたのは、熊のような巨体をした大男だった。
大きく盛り上がった上腕二頭筋は、人間離れした太さを誇っている。
「……君の馬鹿さ加減には、ほとほと呆れる。ダミアン、なぜ敵の前でこちらの名を晒す」
「あ、ワリ。気付かなかったぜ、ウハハハ!」
黒装束、シャクヤと呼ばれた男が発した苦言を、豪快に笑い飛ばす大男、ダミアン。
二人から発せられる魂力の大きさを感じ取っていたカズキは、油断なく正対する。
「まぁいい……ここで死ぬ連中に名を知られたところで、問題はない」
「だろー? オレ様はよ、それをわかって言ったわけよ!」
黒装束の男シャクヤと、大男ダミアン。
手練れの雰囲気を漂わせる二人が、カズキの前に立ちはだかった。
「フェノンフェーンでの借り、返させてもらうぞ」
「こいつがセイキドゥの兄貴をやったってんだろ? オレ様が、仇をとるぜ!」
「……邪魔するんなら、容赦しない」
各々が戦闘態勢を取り、睨み合う。
場の空気が、ピンと張り詰める。
緊張感を孕んだ風が、林の木々をざわつかせていた。
「「「魂装――燃ッ!!」」」
三者の声が、重なった。
貴重なお時間をこの作品に使ってくださり、ありがとうございます。




