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無能勇者の復讐譚 ~異世界で捨てられた少年は反逆を誓う~  作者: 葵 咲九
第一章 ジプロニカ王国編

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046 いざ、敵陣へ


 牢の中から見つめる朝焼けは、やけに美しく感じた。


 冷たい牢屋の中で朝を迎えたカズキは、固い床で眠ったために凝り固まった身体を左手で揉みほぐしながら、朝の柔らかい陽を味わっていた。


 視界には、ハンズロストックの岸壁が小さくだが見えてきていた。


 遠目に見ると、自分が暴れて破壊した屋敷がなくなり、風景が変わっているのがよくわかった。

 視線を下に落とすと、黒々とした人の群があった。

 あれがどうやら、ジプロニカ軍の兵士たちのようだ。


「どんだけいるんだ……」


 檻の中でカズキは、兵の多さに唖然とする。

 軍隊が展開している、という情報は聞いていたが、まさかこれほどの軍勢だとは、カズキはさすがに考えていなかった。


 馬車は、ハンズロストック近郊の平野部に差し掛かっていた。ジプロニカ軍が展開し、陣を張っているという所だ。

 馬車の行く道は、人里に近いためある程度舗装されており、揺れはほとんどなくなっていた。


「さて、そろそろ気を引き締めないとな」


 寝転がっていたカズキは上半身を起こし、胡坐あぐらをかいた姿勢で待機した。

 ハンズロストックには入らず、まず一度ジプロニカ側の派遣団と、ルタ、ルフィアが扮したフェノンフェーンの使者とが、表向き交渉を行う予定となっている。


 その交渉の場に、恐らくジプロニカ王は出てこないであろうとカズキは踏んでいたが、いつどこでジプロニカ側の“影”がこちらの様子を覗っているかわからない。


 カズキは少しの警戒心を維持しつつ、首を回してストレッチをした。


 ある程度の緊張感は持っておかないとな――カズキは手枷と足枷を確認するように、じゃらりじゃらりと鉄鎖をこすり合わせた。


 右腕の先には“魂装カルマの右手”が現出しているが、じくじくと痛むような感覚が、ほんの少しだけあった。


 失くした右手が、疼いているのかもしれない。


 カズキはそんなことを考えながら、もう一度朝日を見上げる。


 痛いほどに眩しい朝焼けが、視界を白く染め上げていった。




    †    †    †    †




 ジプロニカ側が派遣してきた案内役だという男を先頭に、ルタ、ルフィア、少し離れてカズキという順番で、交渉の場となる陣の本営へ向けて歩いていた。


 カズキらは、平野部に展開しているジプロニカ軍の野営テントの隙間を縫うようにして進んでいる。

 ルタとルフィアはカズキに一切目を配ることなく、目深にフードを被って歩いている。


 カズキたちの一団は、兵士らから好奇の目を向けられていた。


 彼らが行く道の両側には、ジプロニカ兵が様々な表情を浮かべて立っていた。

 朝餉あさげの支度をする者や、物資を運搬する者、朝から忙しない動きをしている者たちも、皆が手を止めてカズキらへ視線を寄越よこしていた。


 怪訝けげんな目つきでじっとこちらを見る者、どこか冷やかしのような色を浮かべて視線を投げてくる者、朝の寝惚け眼のまま意味もなく目を向ける者など、様々だった。


 鎖を引かれ、罪人として連行されているカズキだったが、そういった視線に動じる様子は一切なかった。


 すでに、腹は決まっている。


 両手につけられている手錠をじゃらりじゃらりと揺らしながら、胸を張って堂々と、ルタとルフィアの背中を追っていった。


「ここです」


 案内役の男が示したのは、一際大きなテントだった。木製の支柱に、薄くなめした革を張った、簡素なテントだ。


「中でお待ちください」


 男は言葉少なに言い、カズキらを中へ通すと自分は入室せず、どこかへ行ってしまった。

 テントの室内には、カズキ、ルタ、ルフィアの三人だけが残された。


 ルタとルフィアは、室内にあった椅子に腰掛けた。

 カズキは二人と同じように座っているのはまずいと考え、仕方なく立って待つことにした。


「……くく、ここで兵ら全員に襲い掛かられたらまずいのう」


 冷やかすように、ルタが言う。

 隣のルフィアが「しぃー!」と、口元に指を当てて制している。


「なぁに、ビビる必要はない。交渉など、どうせ形だけのものなんじゃからな」


「……まぁ、確かにな」


 カズキは、敵陣のど真ん中でもブレることのない、ルタの堂々たる態度に苦笑した。

 自分が二人に拘束され、引き渡される“てい”であることも忘れ、思わず返答してしまう。


「もう、カズキさんまで……ふふ、でもまぁ、そうなったらそうなったで、やれることをやるだけですしね」


 ルフィアも開き直った様子で、穏やかに笑みを見せる。


 ここでの交渉が終われば、カズキの身柄はジプロニカへと引き渡され、本国へと移送されることにになるだろう。


 そうなる前に――“作戦”を実行する。


 カズキ、ルタ、ルフィアの三人は互いに頷き合い、それぞれに覚悟を決めていた。


 と。


「ここか」


 なんの前触れもなく、テントの入り口部分がめくり上げられ、重厚な鎧を着た男が十数名入り込んできた。

 兵士らはテントの外周を埋め尽くすように、ずらりとカズキらを取り囲んだ。


 そして最後尾、テントの中へ最後に足を踏み入れてきたのは――


「おぉ、カズキ・トウワよ。会いたかったぞ」


「……っ!?」


 ――そう、ジプロニカ王だった。


 忘れもしない、他人を見下したような下卑た笑みに、油の浮いた髭面。

 欲望のままに食物を喰らい、でっぷりと肥えた下腹。

 それを覆い隠すように装着された、自己顕示欲を顕現させたかのような黄金の鎧。


 カズキにとっての復讐の相手、憎悪の矛先である男が、眼前にいた。


 心の中に、どす黒い感情が大きく広がっていくのをカズキは自覚した。


「さぁ、交渉をはじめようではないか」


 口の端を歪に吊り上げて、ジプロニカ王は言い放つ。


 ルタ、ルフィアの正面にどさりと座り、二人を品定めをするように視線を這わせている。その視線にうすら寒くなったのか、ルフィアが自分の身体を抱くようにして、肩を震わせた。


 カズキの全身に、熱い血が巡る。

 激情と言える感情と、冷え切るほどの冷静が、頭の中で同居する。


 テント内には、今にも破裂してしまいそうな、張り詰めた緊張感が満ち満ちていた。




貴重なお時間をこの作品に使ってくださり、ありがとうございます。

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