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無能勇者の復讐譚 ~異世界で捨てられた少年は反逆を誓う~  作者: 葵 咲九
第一章 ジプロニカ王国編

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041 束の間の休息


 ダーナの十三迷宮の一つである、アン・グワダド地底湖遺跡を後にしたカズキらは今、フェノンフェーン城の大きなバルコニーにいた。

 青い空が高く、心地の良い風を吹かせている。


 遺跡内で予想外に現れた化物、マウナ・クーパを打倒し獲得した耳飾りは、その道のプロに解析してもらうため、ペネロペに預けた。

 解析の終了には少し時間がかかるとのことで、暇を持て余したカズキらは、バルコニーに出て、束の間の休息を取ることにしたのだった。


 暗い地下深くにいた反動なのか、青空がやけに心地よく感じられる。


 今いるメンバーは、カズキ、ルタ、ルフィアの三人だ。

 皆、バルコニーに設えられている椅子や、横になれるデッキチェアなどに腰を降ろし身体を休めていた。


「時間できちゃったな。どうする?」


 バルコニーの重厚な手すりに体重を預けながら、カズキはルタとルフィアに向けて訊いた。

 このバルコニーは、ちょうどフェノンフェーン城の巨塔の開始部分に造られており、見上げると大きな双塔が、空へと伸びていた。


「甘味じゃ! わしは甘味を所望する!!」


 真っ先に反応したのはルタだった。豊かな金髪を揺らし、期待いっぱいに瞳を輝かせている。興奮気味なのか、頬にも少し朱が差していた。


 ルタは遺跡から出てすぐに、いつもの幼女姿に戻った。本人が言うには、まだまだ魂力チャクラの総量も元の状態までは程遠く、ずっとあの状態でいるのは厳しいらしい。


 戻ったルタの姿を見たカズキが、思わず「アイデンティティの復活!!」と意味不明のガッツポーズをしたが、当然、脇腹を激しく殴打された。


「わたしは、お二人の意見に従います」


 控えめに言ったのは、ちょこんと椅子に腰掛けているルフィアだ。

 晴天の風に銀髪がなびき、神聖な美しさを醸し出している。


「んー、甘味か。じゃあ、探索がてら城の調理場にでも行ってみるか」


 カズキはルタの提案に乗っかる形で、城の探索をしたいと考えたことを思い出す。

 今は案内役であるペネロペがないので、調理場を探しながら歩けば、城の様々な場所を見て回れると思った。


「よし、じゃあさっそく行くか」


「うむ!」「はい」


 三人は立ち上がり、列になって城内へ向かった。


 フェノンフェーンの国旗らしき旗が、澄んだ空気の中、はためいていた。




    †    †    †    †




「どんだけ広いんだこの城……」


 両膝に手をついたカズキが、思わず独り言ちる。

 額には汗が光り、かなりの時間歩いていることを窺わせた。


「もういやじゃ……歩きたくない……」


 食い気味に応えたのはルタだ。

 カズキの後ろでぐでっと、廊下に敷かれた絨毯の上に寝転がってしまっている。


「城内で、迷子になっちゃいましたね……」


 壁に手をつき、肩で息をしているのはルフィアだ。

 空いている方の手を胸元に当て、呼吸を整えよるように深呼吸を繰り返している。


 カズキたちはバルコニーから出て、気の向くまま城内を散策しはじめた。

 最初のうちは、見慣れない新鮮な城内の様子に胸が躍り、まさに軽快な足取りで突き進んでいた。


 しかし、やはり闇雲な行軍は、この広大なフェノンフェーン城においては無謀と言うしかなかった。


 はじめカズキは、どこかに地図のような案内板が設置されているだろうと踏んでいたのだが、歩けども歩けども、そんなものは見当たらなかった。


 ここフェノンフェーン城は、あくまでも城塞都市における中枢、言うなれば防衛拠点である。

 有事の際は当然、敵に攻め入られる可能性もある。

 そんな場所であるがゆえ、わざわざ敵の侵入を容易にするような案内表示など、各所に設置しておくわけがないのだった。


 よくよく考えればすぐにわかるはずのことだが、カズキはまだまだ、自分の感覚が平和ボケしていると自覚し、反省する羽目になった。


「こ、こうなったらあれだ……魂装道具カルマ・サーダンを使おう」


 額を袖口で拭ったカズキが、痺れを切らして言った。

 まだ、ペネロペから預けられた魂装道具の指輪が懐にある。それを使えばすぐに、自分たちが認識できる場所――エントランスなど――に戻ることが可能だ。

 あとは、移動のための転送の受け皿となる、意匠のついた杖を見つけさえすれば、この苦境から脱することができた。


「さすがカズキさん、機転が利きますね」


「いや、そもそもこうなったこと自体俺の責任だし……」


 ルフィアが可憐な笑みを浮かべて褒め称えてくれるが、カズキとしてはいたたまれなかった。

 ほとんど自分の好奇心のせいで、二人を散々歩かせていたためだ。


「この辺に、転送場所は……あ、あった! ラッキー」


 長く続く廊下の先、目を凝らすと、転送場所となる杖がぽつりと直立していた。


「あぁ、カズキィ、おぶってくれぇ」


「自分で歩け」


「じゃあわたしがおぶりましょう!」


「いいから、自分で歩かせなさい!」


 ぐでぐでと甘ったれたことを言うルタと、こき使われたがるルフィア。

 両者にツッコミを入れつつ、カズキは杖のところまで歩く。


「よし、全員エントランスを念じるんだぞ」


 指輪の意匠を、杖の意匠に合わせるようにして、魂力を流し込んでいく。

 すると、宝石が光り出した。


「……腹が空いた」「ですねぇ……」


「あ、バ――」


 と。

 光が辺りを包みはじめた瞬間、ルタの本音が漏れる。

 しかも、それにルフィアも心底から同意してしまった。

 

 そのせいで、転送先のイメージがずれる。


 視界を、白い光が埋め尽くした。


 ――


 ――――


「……あれ、ここは……」


 光が引いた後、三人の視界に飛び込んできたのは、エントランス――ではなく。


「……厨房、か?」


 壁一面に、銅色あかがねいろのフライパンや、大鍋、深皿が飾られた、調理場と思しき場所だった。奥には、大きなパン焼き窯らしきものも見える。

 今まさに忙しい時間が終わったところなのか、調理師らしき亜人が、三人に気が付かぬまま部屋を出て行った。


「おぉ……これが厨房というものか。実に壮観じゃな!」


 周囲を見渡したルタが、全身を震わせるようにして言った。


「わたしは何度か、厨房に入ったことはありますが……こんなに大規模な厨房ははじめて見ました。確かに壮観ですね」


 賛同するように、ルフィアが言った。

 彼女も目を輝かせている。


「む……アレは!?」


 興味津々に厨房内を歩きつつ視線を巡らせていたルタが、目ざとくなにかを見つける。

 指さした先を見てみると、調理台らしきところに、中々に豪勢な料理がずらりと並んでいた。


 出来立てなのか、スープや肉料理の皿からは、ほんわりと湯気が立ち、香ばしい匂いが漂っている。


「おい、飛びつくなよ」


 目をギラつかせているルタに、カズキは釘を刺す。

 口の端から、涎が垂れっぱなしになっている。


「な、なんじゃ、わしはそこまではしたなくないわ!」


「まったく説得力ないぞ」


 涎をじゅるじゅると言わせながら反論するルタに、カズキはジト目で言う。


「でも、疲れた今見ると……本当に、美味しそうに見えますね」


 カズキの横にいたルフィアも、今にも涎を垂らしそうなうっとり顔で、言葉を漏らす。


「お、おいおい、さすがにまずいだろ……ほら、誰のかわからないし、悪いだろ」


 暴力的な料理の魅力に取りつかれ、今にも罪を犯そうとしているルタとルフィア。

 カズキは必死に理性を働かせ、制止の言葉を紡いだ。


「いいかカズキよ、よく聞け。

 わしは皆に崇拝されるべきドラゴン族じゃ。さらに、ルフィアにしてもドラゴン族には及ばぬが、古代種のエルフ族である」


「どうしてエルフ族が、ドラゴン族に及ぼないんですか!?」


「たわけ! 今そんなことはどうでもいいのじゃ!」


「あ、でもルタさん、はじめて名前で呼んでくれましたね! 嬉しい!」


「ど、どうだっていいのじゃ、そんなことは!」


「……話、進めてくれません?」


 突如としてイチャイチャしだしたルタとルフィアに、カズキは再びジト目を向ける。


「ゴホン。話を戻す。

 要するにわしらは、客人と呼べる立場じゃ。うぬに関してはもう王の友人じゃしの。

 そんな面子が、城の広さのせいで空腹に苛まれ、苦しんでいる今このときに、たまたまおあつらえ向きに、目の前に用意されていた料理に手を出してしまったとしても、誰にとがめられるいわれがあろうか」


「確かにその通りですね!」


「うん、二人ともちょっと何言ってるかわかんない」


 ルタの暴論に、明るい笑顔で同意を示すルフィア。

 どうやら、空腹でおかしくなってしまったらしい。


「でも……ほら、客人だからこその礼儀とか、そういうのも大事というかさ……」


 カズキはなんとか、一欠片ひとかけらだけ残った理性を振り絞り、抵抗の意を示す。

 だが、やはり目の前の料理の放つ見た目、匂い、イメージされる味――それらの絶大な威力に翻弄され、反論に切れ味はない。


 と。


 ぐぎゅるるるぅぅぅぅ…………


 誰ともなく、腹の虫が盛大に鳴いた。

 三人は言葉なく顔を見合わせ、少しの間を置いて――頷き合った。


 そして。


「「「いただきますっ!」」」


 元気よく叫び、三人は思うまま料理にがっついた。

 全員、一心不乱に両手でがっついている。


 その様はワイルドというより、はしたない。


「う、うまっ」


「美味……美味じゃぁぁぁぁ!」


「おいしぃ」


 三者三様、料理に感想を漏らすカズキたち。

 歩いて極限状態だった疲労感も、気が付けばどこかへ吹き飛んでいた。


 が。


「さて、ようやく仕事も一段落したし、そろそろ昼食を…………ん?」


「「「あ」」」


 そこに現れたのは、ペネロペだ。

 王の側近として多忙な彼女である、どうやらこれから遅い昼食を取ろうとしていた様子だった。


「ルタ様、ルフィア様に、カズキ・トウワ……こんなところで、一体なにを?」


「あ、いや、これはその……」


 カズキは問われ、激しく眼を泳がせる。

 それはまるで、活きの良いマグロのごとき泳ぎっぷりだった。


「ほら、アレだよ、要するに俺らは、客人と呼べる立場じゃん? 俺に関してはもう、王様の友人なわけじゃん?

 そんな面子が、城の広さのせいで空腹に苛まれ、苦しんでいるときに、たまたまおあつらえ向きに、目の前に用意されていた料理に手を出してしまったとしても、誰にとがめられるいわれもないと思わない?」


「ちょっと何言ってるかわからないぞ」


 いやしくもカズキは、数分前にルタが話したそのままの文言で、ペネロペに言い訳をした。

 そして案の定、ペネロペに自分と同じリアクションをされる。


「む、その料理は……?」


「「「あ」」」


 ペネロペが、カズキらが背に隠していた料理を見つけ、咎めるような目を向ける。


「……『ローブズ』のお三方とは言え、これはいただけませんね」


「「「あ」」」


 全てを悟ったように、ペネロペが重々しく言う。

 このあと滅茶苦茶、優しくリアルな説教されたカズキたち。


 盗み食いはいけません。


 しみじみと学んだカズキたちであった。



 ちなみに。

 カズキたちが食べた料理は、ペネロペが気を利かせて、休んでいたカズキらのために作らせた料理だったらしい。

 それを無礼にも、先んじて厨房で直接いただいた形だった。


『急がば回れ』ということわざの意味が、恥ずかしいほど身に染みたカズキなのだった。




貴重なお時間をこの作品に使ってくださり、ありがとうございます。

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