040 アン・グワダド地底湖遺跡④
――空間を埋め尽くしていた光が、ゆっくりと引いていく。
仰向けに倒れていたカズキの視界が、白から灰色へと変わる。
目を開けると、ドーム広場の高い天井が見えた。
「みんな……無事か?」
恐る恐る、上半身を起こしながら確認する。
視界の先では、カズキと同じようにルタ、ルフィア、ペネロペが身を起こしていた。
天井にあったはずの魂装道具は、衝撃によってなんらかの影響が出たのか、先ほどまでより光が弱くなり、高度も落ちていた。
ゆえに、皆のいる空間は、少し薄暗くなっていた。
「魂力爆破……だったのか、今のは?」
ルタが頭を振りながら、誰にともなく確認する。
「そう見えましたが……でも、物理的にどこかが吹っ飛んだり、してないですね」
首を回して辺りを確認したルフィアが応える。
「被害どころかむしろ……なんだろう、力が漲っている」
自らの両拳を、開いたり閉じたりしながら、ペネロペが言う。
「俺も……出し切ったはずの魂力が、回復してる感じが、するんだよな」
カズキは立ち上がりながら、自分の身体の状態を確認した。
全身の神経一つ一つを確認するように、手足をゆったりと動かす。
そうして、体内で魂力が淀みなく流れているのを自覚した。
マウナ・クーパに流し込み、ほぼ空になったはずの魂力が、なぜか回復している。
自分の身に起こっている現象が理解できず、カズキは首を捻った。
「ふむ。恐らくはあの化物からの恩恵じゃろうな」
ルタが立ち上がりつつ言う。
先ほどは膝をつき、かなり苦しそうな様子だったが、今はもうなんの問題もないといった表情で、その場で屈伸運動をはじめている。
「どういうことだよ?」
「マウナ・クーパと言ったか? 奴は、魂力の塊なんじゃろう? そして、他者の魂力を吸収する、だったな?」
「ああ、そうなのだ」
手首の柔軟をしていたペネロペに、ルタが確認する。
「ということはじゃ、多量の魂力を体内に貯蔵していたということになる。
それがああして破裂した際、同じ空間にいたわしらに還元されたということではないかの」
「あー、それで魂力が回復したのか。なんかもう、戦闘前より調子良い感じするよ」
ルタの説明に得心がいったカズキは、肩を回しながら言う。
「イタっ」
と、肩を回したために背中の筋肉も動き、刺された箇所が痛んだ。
カズキは集中し、背中を魂力手術で治療する。瞬く間に背中の出血が止まり、痛々しい穴が塞がっていく。
「やっぱりなんか調子いいな」
いつもよりも素早く、簡単に魂力の操作ができた実感があり、カズキはマウナ・クーパ討伐の恩恵を再び感じた。
「ルフィア様、こちらへ。肩の応急処置をするので」
「ありがとうございます」
肩を負傷したルフィアは、ペネロペから手当てを受ける。ペネロペが腰に提げた革袋から道具を取り出し、手早く処置を済ませる。
「それにしても、なぜマウナ・クーパが、こんな浅い場所に出現したのか……」
応急処置を終えたペネロペが、ドーム空間の天井を見上げながら呟いた。
「本来ならどの辺に出る魔物なんだ?」
カズキが訊いた。
「奴は本来、最下層近く――もっとも、今調査が及んでいる範囲における最下層だが――もっともっと、奥深く進んだところに出現するはずの魔物なのだ。
先ほども言ったが、ここ『アン・グワダド地底湖遺跡』の探索記録を持つ調査団が、マウナ・クーパに壊滅させられて以降、十年以上の歳月、目撃報告すらなかった。
こんな、ある程度の心得があれば誰でも入れるような下層に出現するなど、本来は絶対にあり得ないことなのだ」
ペネロペは、苦虫を噛み潰したように言った。
頭上の兎耳が、力なく垂れ下がっている。
「それも恐らくじゃが、カズキの魂力に引き寄せられたのじゃろうと思うぞ」
「俺の、魂力に?」
カズキは、ルタの言葉に真っ先に反応する。
訝しんでルタの方を見つめるが、言った本人はどこ吹く風、なにやら地べたに這いつくばるように地面を調べ始める。
その様子は、小学生が蟻の行列を観察しているように見えた。さぞ、前の姿であればランドセルが似合っただろう。
だが今は、身体が小学生でなくなったので、カズキのイメージした映像とは印象がかけ離れていたが。
「うぬほどに巨大で濃密な魂力を持った者が遺跡内に入れば、ああいった類の魔物は、間違いなく寄って来るじゃろう。水辺に生物が集まるようにな」
「そういうもんか」
ルタの言う通り、確かに真っ先に標的となったのもカズキだった。さらに言えば、本体とも言えるマウナ・クーパの胴体が、カズキに接近して離れなかったのも、そういった理由なのかもしれなかった。
カズキは、顎に手を当てて、状況を整理することにした。
「……ってことは、また同じようなのに出くわす可能性もあるってことか」
「確かに」
一つの可能性に思い至り、カズキは独り言ちるように言った。それに応じたのは、ペネロペだ。
二人は顔を見合わせ、眉をひそめた。
「ルタさんは、さっきからなにをしてるんですか?」
蹲るようにして地面に目を向けなにやら観察しているルタに、ルフィアが素朴な疑問を投げかける。
「朧気にじゃが、色々と思い出しての。世界各地の『ダーナの十三迷宮』は、太古の昔に、ドラゴン族とエルフ族が作ったとされているのじゃ」
「そうだったんですね」
ルフィアもルタと同じく、足元に目を向けてしゃがみ込む。
「あのマウナ・クーパは、ドラゴン族の伝承では『迷宮の守護者』と呼ばれる魔物の一体での。で、それらの魔物は、古代に造られた魂装道具をその身に宿しているとされている。
ということは、じゃ。その魂装道具が、どこかに落ちているはずで……」
言いながらもルタは、地面を確認するように手を這わせ続けていた。
「あった!」
なにか手に感触があったのか、ルタはなにかを拾い上げた手を掲げた。
「……耳飾り、ですかね?」
隣のルフィアが、ルタの手元を確認しながら言う。
ルタの手元には、対になった環状の金属が握られていた。薄暗い空間の中でも、はっきりと形状がわかるぐらい、金色の輝きを放っている。
「わたしもちょっと見ていいですか?」
ルフィアが興味津々といった様子で、翡翠色の瞳を輝かせている。
「ふん、仕方ないのう……こ、これでさっき守ってもらった貸し借りはなしじゃぞ!」
「はぁ……あれでわたしは貸し借りなんて言いませんよ。ルタさんじゃないんだから」
「な、なにおう!?」
ルタは若干乱暴に、ルフィアに押し付けるように耳飾りを渡した。
どうやら、先程の戦闘で助けてもらったことを、しっかり覚えていたようだ。
「不器用だなぁ」
カズキはルタのぶっきらぼうな態度を見て、思わず肩を揺らした。
「あれ……わたしが持った途端、輝きがなくなってしまいましたね」
耳飾りを手渡されたルフィアが、しゅんとしたように肩を落とす。
確かに、カズキらの位置からでも感じられた金色の輝きが、すっかり失われてしまっている。
「うぬらも一度持ってみぃ」
促され、ペネロペ、カズキと順番に耳飾りを受け取る。輝きが失われたままなのは変わらず、神々しい黄金は戻らなかった。
「どれ、貸してみるのじゃ」
全員の手に渡ったあと、自分のところへ戻ってきた耳飾りを、ルタは再び手に乗せた。
「見ろ」
ルタの言葉に従い、全員が彼女の手の中を覗き込む。
すると――
ルタの手の中で、耳飾りが金色に光り輝いていた。
「これって……ルタに、反応してるってことか?」
「そのようじゃな。わしの魂力に共鳴しているようじゃの」
またも輝きだした金属の輪は、ルタが所持しているときのみ、金色をまとうようだった。
「一度戻って、城で解析してみるのはいかがか? フェノンフェーン城には、考古学者や魂装道具の研究をしている者もいる。彼らに預ければ、なにかしらわかるかもしれない」
状況を見守っていたペネロペが、少し急かすような調子で提案する。
「確かに。俺を狙って、マウナ・クーパが現れる可能性もあるしな。いくら回復したとは言え、あれがまた出るかもしれないとなれば、もっと準備が必要だ」
カズキはペネロペの提案に乗り、一度城に戻る判断をする。
ルタとルフィアも頷き、一行はペネロペの魂装道具で地上へと戻った。
再び、アン・グワダド地底湖遺跡内を、暗闇と静寂が満たした。
貴重なお時間をこの作品に使ってくださり、ありがとうございます。




