036 ルタ、特訓を望む
刺客に襲われた激動の夜から一夜明け、城内の至るところにある大きな窓からは、気持ちの良い朝日が燦々(さんさん)と差し込んでいた。
カズキ、ルタ、ルフィアの三人が連れ立って、城の一室から出てくる。
彼らは先ほどまで、ここ会議室にて、レイブラム、ペネロペらと共に、カズキをジプロニカに引き渡す作戦について、作戦会議を行っていた。
昨日三人は、城内の部屋を借り、ゆっくりと休むことができた。
食事や衣服もレイブラムの厚意で提供され、心身ともにリフレッシュした。
衣服に関しては、三人の中で面白い一致があった。
城内の部屋には共通したワードローブ(現代で言うところのウォークインクローゼット)が設置されているのだが、そこには数多くの服が備え付けられていた。
その中から自由に服を選んでよいと言われていたのだが、三人が三人とも、数ある衣服の中から、ローブを選んでいたのだ。
ルタとルフィアは顔を隠すために、フードのついたローブを好んで着ていたが、カズキがローブを選択したのは、どうやら二人に合わせてのことらしかった。
各自がローブを着込んで会議室に現れたため、レイブラムに「君たちは『ローブズ』だな」と冷やかされた。
それぞれのローブは、表地は共通で黒だが、各自で裏地の色が違っていた。
カズキが青、ルタは黄色、ルフィアは緑で、各自の好みや特色が出ており、トレードマークのように思われ、それもひそやかな笑いを生んでいた。
茶化されてルタは若干怒り、ルフィアは戸惑い、カズキはレイブラムらと一緒になって笑った。
そんな和やかな調子で始まった作戦会議だったが、そこは一国の命運を左右する重要な会議だ、ずっと和やかな雰囲気なわけもなく、徐々に緊張感が高まっていった。
そんな中、自ら提案した作戦の詳細を、参加者全員に共有しなければならなかったカズキは、緊張やプレッシャーからか、かなり疲弊した。
「ふぅ……」
会議室から出たカズキは、凝った肩を回しながら、溜め息をついた。
室内にはまだ、王であるレイブラムと、ペネロペを含む側近らが残って話を詰めている様子だ。
「なんじゃ、疲れたようじゃな?」
一緒に部屋を出てきたルタが、茶化すような表情で笑った。
「慣れない立ち回りだからな。王様とか偉い人相手に、自分が考えた作戦を話すなんて、緊張するし疲れるよそりゃ。サラリーマンは会議の度にこんな苦労してると思うと、大変だなって素直に思うよ」
肩の次に、首を回しながら言うカズキ。日々、日本で企業戦士として戦うサラリーマンの苦労が、少しだけわかった気がした。
「ふむ。だがまぁ安心せい。あの作戦であれば、大方成功するじゃろうて。あとは、うぬ次第じゃろ」
「だよなー。俺次第だよなー」
ルタの言葉に、腕を組んで頷くカズキ。
その表情には真剣さもあるが、どこか楽観したような雰囲気も内在していた。
自分で提案した作戦だ、少なからずカズキには自信のようなものがあった。
「そう言えば、“特訓”の件ですけど……ペネロペさんが『先に行っててくれ』って言ってましたけど、どうしますか?」
違う話題を投げかけたのは、ルタとは逆側に立つルフィアだ。
ローブの裾を気にしながら、上目遣い気味にカズキの顔を見やる。
「“特訓”か……俺は今からでも全然いいけど、ルタ、どうする? 今回“特訓”するの主にはルタだから、ルタに合わせるよ」
カズキはルフィアの話を受けつつ、首を回してルタに話を振る。
問われたルタは、顎に手を当てて考え込んだあと――あの凶暴な笑みを見せた。
「思い立ったが吉日じゃ、さっそく行くとしようかの。……『ダーナの十三迷宮』へ」
† † † †
カズキ、ルタ、ルフィアの三人は、フェノンフェーン城エントランスの奥から続く地下への螺旋階段を、下へ下へと降りていた。
階段ははじめ、装飾が施された美しく見栄えの良いものだったが、降りるにつれて装飾は減り、果ては岩から削り出したような無骨なものへと代わっていった。
そしてようやくカズキらは、行き止まりとなる開けた空間に出た。
空間は地下にも関わらず天井が高く造られており、取り囲む壁には判読不明の象形文字が彫られていた。
魂力が自動的に言語などを理解させてくれるこの世界で、読むことができない文字ということは、相当古いものか、壁に宿った魂力がすでに枯渇している、ということなのだろう。
階段を降り切ると、遺跡の入り口が見えた。
入り口へは、階段の最終段から直接、石畳のスロープが続いている。スロープの両側では、ゆるやかに水流が循環していた。
遺跡の門は、石を積み上げて造られたアーチ状のものだ。かかるアーチの両側には松明が焚かれ、明るさを確保している。
だが、門の奥、遺跡内部へ続く道は完全なる暗闇で覆われ、中の様子は一切、窺えない。
ここは、俗に『ダーナの十三迷宮』と呼ばれる古代遺跡群の一つである『アン・グワダド地底湖遺跡』である。
遺跡は、ひっそりとしていて、言いようのない不気味さが漂う場所だった。
なぜ、こんなところにカズキたちが来たのかと言えば。
「わしの特訓に付き合ってくれて……礼を言うぞ、皆の者」
ルタは、重々しく言って頭を下げた。
カズキはその珍しい行動に、よほどの覚悟を決めているのだと悟る。
ハンズロストック、フェノンフェーンと立て続けに誘拐されたルタは、自分の不甲斐なさに腹が立って仕方がないと皆に訴え出た。
最低限、自分の身は自分で守れるようにしたいと、決意のこもった顔で言い出したのだった。
そこで、カズキがジプロニカに引き渡されるまでの数日間、少しでも強くなろうと、ルタは自ら特訓することを申し出たのである。当然、これにカズキとルフィアも率先して付き合うこととなった。
三人がどこで特訓をするべきかと迷っていたとき、ペネロペから、フェノンフェーン城の地下にあるという古代遺跡『アン・グワダド地底湖遺跡』が、特訓には最適だと提案があった。
それに従い、こうしてやってきたのだった。
今回はペネロペも自らを鍛えたいと言い出し(刺客を逃がしたことで自分を責めていたようだ)、案内役を買って出てくれていた。会議が終わり次第、この入り口で合流する手はずとなっている。
『アン・グワダト地底湖遺跡』は、世界に十三あるとされる『ダーナの十三迷宮』の一つで、紀元前の時代に造られたという古代遺跡である。
元々ここフェノンフェーンも、遺跡調査のために派遣された亜人たちが定住するようになり、街として発展したことがはじまりだそうだ。
ペネロペの話によれば、『ダーナの十三迷宮』は世界各地に点在しており、未だに調査が進められている史跡らしい。造られた理由、どうやって造ったのかなどは不明だが、遺跡内には半永久的に魂力が満ちているのだそうだ。
しかも遺跡内には、古代のロストテクノロジーとも呼べる、様々な力を宿した魂力道具が眠っているらしく、調査の過程で、国家のパワーバランスを覆すような超技術が発見される場合もあるのだと言う。
そしてもう一つ、迷宮内では『魔物』と呼ばれる生命体も出現する。
魔物は、この世界における定義では『魂力によって突然変異した動植物』を指すようだ。
しかもこの魔物らは、迷宮への侵入者を阻むためだけに存在しているかのように、何百年経過した今も、迷宮の外へは一切出てこないのだと言う。その仕組みは、調査が進んだ現在でも、明確にされていない謎の一つだそうだ。
仮説として、どうやら魔物は迷宮内の魂力を餌として生存しているため、種の本能から外に出ないのではないか、というのが有力らしい。
これも原因は未解明らしいが、迷宮内の魔物を倒すことで、魂装が強力になるのだという。これは、魂装武器が魔物の魂力を吸収するから、という説が有力らしい。ゆえに、魂装遣いの鍛錬の場として利用されることも多いそうだ。
以上の点なども踏まえ、『ダーナの十三迷宮』はまだまだ、人知の及ばぬ未踏の地とされていたのだった。
「特訓には打ってつけって言ってたけど……なんというか、強くなるアテはあるのか? 魂装はできなくなってるんだろ?」
カズキは、身体をもっきゅもっきゅとストレッチさせているルタに向かって聞いた。
今現在の、十歳にも満たない幼女に見受けられるルタの身体では、身体能力や武闘術を鍛えたところで、タカが知れているからだ。
「カズキの身体再生方向への魂装を見ていての、ちと思いついたことがある。まずはそれを試してみたいのじゃ」
ルタは屈伸しながら言う。身体より大きいローブが、膝を曲げる度に地面に着く。
「身体再生……? それって、どういう?」
疑問の声を上げたのはルフィアだ。
「ここにおるカズキはの、非常に珍しい魂装の遣い手なのじゃ。
特定の武具を具現させるのではなく、自分の身体の一部を、武器防具問わず、柔軟に変質させられるのじゃ。エルフ娘も一度くらい見ているであろう?」
「エ、エルフ娘って呼び方は失礼じゃないですか!?」
ルタの呼称に、ルフィアが顔を真っ赤にする。
「本筋からずれるから、今は抑えてくれ、な?」
「……むぅ、カズキさんがそう言うなら」
カズキが間に入り、なんとか取り成す。
ルタに目配せし、話の続きを促す。
「そのカズキの魂装をヒントとし、わしも身体を強化する方向性で強くなれんものかと、色々考えてみたのじゃ。
わしは魂装はできなくなっておるが、身体の中の魂力までが完全に消え失せたわけではないからの。でなければ、空間に満ちる魂力など読めるわけがない」
そう言ってルタはストレッチを終え、一度深く息を吐いた。
要するに、カズキの魂装を参考として、ルタも自分の肉体を魂力によって強化しようということらしい。
そんなことが可能なのだろうか――ルフィアはいかにも訝しんでいたが、実際に“それ”を日常的に行っているカズキとしては、自分の魂力についての知識や情報の師であるルタが、できないはずがないと確信していた。
それはある意味では、師弟関係ありきの、贔屓目とも言える感情かもしれなかったが……カズキはとにかく、ルタを信じ抜いていたのだった。
ルタなら、できる。
「ま、さっそくやってみるかのう」
カズキのそんな感情を知ってか知らずか、どこか傲慢で、自信満々な表情で、ルタは身体の中の魂力を呼び醒ましすように、眼を閉じた。
彼女の小さな口から、息がひゅっと漏れる。
その度、周囲の魂力がざわめている気配がする。そのざわめきは、大きく、ゆるやかに揺蕩う波のように感じられた。
なぜか少し暖かく感じる気配が、空間に満ちていく。
ルタから、金色の光が滲み出てくる。それはオーラのようであり、輝きと風を周囲に発散していた。
「うわっ」「きゃっ!」
数舜後、金色の輝きが、閃光となって視界を埋め尽くす。
カズキとルフィアが顔を手で隠し、視界が一度途切れる。
……
…………
「ど、どうなった? 大丈夫か、ルフィア?」
「ええ……あ、あれ?」
「……ん?」
眩しさが引き、カズキとルフィアの視界が回復していく。
先ほどまで、ルタが金色の輝きを放っていた場所へ、二人は目を凝らす。
そこにいたのは――金髪の“美女”だった。
「ふむ……そこそこじゃの」
正体不明の金髪美女は、大人びた妖艶な声で言った。
自分の身体を確認するように、胸やお尻を手で鷲掴みしている。
待て待て。
おいおいなんだ、このダイナマイトボディの金髪姉ちゃんは?
ま、まさか……
「ルタ……なわけ、ないよな?」
カズキは恐る恐る、訊ねた。
目の前の金髪美女は、視線をカズキに向けると――凄絶に、笑った。
「たわけが……言うたじゃろう、うぬのような雄では、物足りぬのじゃと」
金髪碧眼のダイナマイトボディな美女は、ルタ本人だった。
魂力により、身体が爆裂的に成長したのだった。
もはやその見た目は“幼女”ではなく、完全に“年上のエロいお姉さん”だった。
「…………」
カズキは一瞬、口を開けたまま言葉を失った。
と。
「アイデンティティの消失だろこれ!?」
次の瞬間、意図不明のカズキの叫びが、地下の空間にこだましたのだった。
ルタの強烈なローキックが炸裂したのは、言うまでもない。
貴重なお時間をこの作品に使ってくださり、ありがとうございます。




