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無能勇者の復讐譚 ~異世界で捨てられた少年は反逆を誓う~  作者: 葵 咲九
第一章 ジプロニカ王国編

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035 王との対話


「力を貸してほしいって……え、俺に? な、なんで?」


 カズキは目の前にいる一国の王に、焦りの声を上げる。

 今自分は、ニメートル以上の背丈をした、ガタイの良い龍頭の亜人に迫られている。


 ぶっちゃけ、熊にはじめて遭遇したときより怖さがある――カズキのこめかみの辺りを汗が一筋、流れ落ちた。


「すまん、単刀直入過ぎたな。自分の悪い癖だ。まずはじめに確認をしておきたいのだが、カズキくんとお呼びしてもよろしいかな?」


「え、あ、ええ……」


「ありがとう。さて、それじゃどこから話したものだろうか」


 呼び方を確認され、適当に答えるカズキ。威圧感に圧され、頭があまり働いていない。

 隣にいたルフィアが、心配して肩を支えるように手を添えてくれる。


「ペネロペ、移動中はどこまで話した?」


 恐縮しきりのカズキを気遣ったのか、レイブラムは一歩引き、髭をいじりだした。歩く度、ずしりずしりと床の絨毯じゅうたんが踏み鳴らされている。


「我が国に対してジプロニカが仕掛けてきている、情報戦の簡単なあらまし程度までは」


「そうか。ちなみに、作戦遂行中だった君も、先程入った最新情報は知るまいな?」


「ええ。アリア様らを保護し、そのままここに直行しましたので……なにか動きが?」


 レイブラムとペネロペが、若干の緊張感をにじませつつ会話を交わしている。それをカズキは、ルフィアと並んで聞いていた。

 ただルタだけは眠くなってきたのか、執務机とは別に置かれた大きな椅子に勝手に腰掛け、大あくびをかましていた。


 先ほどまでの考え込んだような様子はどこへやら、とカズキは横目に思った。

 ただ、そんなルタの相変わらずの尊大な態度が、カズキの緊張感をほぐしてくれたのも事実だった。


「つい今し方の報告でわかったことなのだが。

 ――国境近く、ハンズロストック近辺に、ジプロニカ軍が展開しているとの情報が入った」


「な、なんですって!?」


 レイブラムの言葉に、ペネロペが血相を変えて叫ぶ。


 国境付近に、軍が展開する。

 それがどういう事態なのかわからないほど、カズキも無知ではなかった。


「それって……戦争になりそう、ってことだよな?」


「ああ。緊張状態、もしくは一触即発、と言える状況だ」


 カズキの確認に、レイブラムが重々しく答える。

 何事にも動じなさそうなレイブラムの苦悩の表情が、事態の重さを物語っていた。


「カズキくん、君が今ジプロニカ国内ではどんな存在になっているか、知っているかい?」


「……知らないし、あんまり知りたくもないな」


 次にレイブラムの口から出たのは、カズキへの質問だった。

 意図がわからず、カズキは首を傾げつつ素直な気持ち告げる。


「国の守護者である最強の魂装遣カルマつかい、セイキドゥ・ドゥークを再起不能にし、自国領のハンズロストックを壊滅させた重罪人だそうだ。ジプロニカの治める大陸では、すでに指名手配らしいぞ」


「指名手配……か」


 自分が指名手配されたという事実を聞いても、カズキは思いのほか平静だった。


 セイキドゥを倒したことも、ハンズロストックを壊滅させたことも、カズキにとっては感情的に許せなかったことを正そうとしただけだ。


 だが、それと同時に自分が壊したもの――セイキドゥのプライドやハンズロストックのルール――が、この世界に生きる大半の人間にとっては、色々と都合が悪いというのもなんとなくわかっていた。


 だからカズキは、自分が“悪人”にされるであろうことが、朧気おぼろげにだが自覚できていた。

 そしてそれが、別に不快でもないと感じていた。


 あんな人間しかいないところなら――“悪”でいる方が、ずっといい。


 そんな風に考えている、冷静な自分がいるのだった。


「ふむ。カズキも名を上げたものじゃのう。師としては鼻が高いぞ」


 カズキが指名手配されたという事実に、なぜか自慢げなルタ。どこまでもルタらしい発言に、カズキは思わず頬が緩む。


「そ、そんな悠長なものじゃないんじゃ……?」


 ルフィアがおどおどしながら言うが、カズキは「大丈夫」と軽く返す。


「ジプロニカ側は、重罪人を我々フェノンフェーンがかくまっていると主張してきている。身柄を引き渡せば、事態を荒立てることはないとして、早急な返答を求められているのが現状だ。回答を濁して、期日を引き延ばしているがな。

 恐らく、アリアとトッドの誘拐が失敗したため、作戦の方針転換をしたと思われる。変わり身の早さは、さすがジプロニカ王といったところだ」


 苦々しい表情で、レイブラムは言葉を紡ぐ。


「ったく……無能だと山に捨てておいて、この期に及んで利用してくれやがって。俺が巻き込んだような形になってしまって、本当に申し訳ない」


 語られたフェノンフェーンの現状に、カズキは責任を感じる。


「カズキくんのせいではない。むしろ、アリアとトッドを戦禍の中心から遠ざけ、身代わりになってくれていると言っても過言ではない。礼を言う」


 また、一国の王に頭を下げられるカズキ。

 視界の後方ではペネロペが、落ち着かない様子で耳を触っていた。


「……ただ、まぁ、悪人ってのはいるもんだな」


 自分はここに来るまでに、後悔するような生き方はしていないつもりだったが、人間一人を利用し尽くそうとするあくどい者がいることも、また事実だった。

 カズキの頭に、ジプロニカ王の脂ぎった顔が浮かぶ。そのイメージすらも不愉快で、消し去ろうと頭を振る。


 右手首から先が、鈍い幻肢痛ファントムペインで疼く。


「……いや、でも待てよ」


 カズキはそこで、ある事実に気がつく。


「フェノンフェーンとしては……俺なんて、引き渡してしまえばいいんじゃないのか? 俺を匿っているメリットなんて、一切ないだろう?」


 そう、カズキはフェノンフェーンが自分をこうして保護していることに、なんの得もないと気がついてしまった。


 亜人のほとんどは人間への敵対感情を抱えており、国民はカズキを嫌悪感のある目で見ていた。

 トッドのおかげでアリアの宿に辿り着き、刺客に襲われ、生き残れたのも全てたまたまでしかない。


 むしろフェノンフェーンとしては、刺客に襲われていたタイミングで自分を拉致してしまい、そのままジプロニカへ引き渡してしまえばよかったのでは?


 むざむざ捕まるほど、カズキ自身も甘くはないが。


 そういった事実に至り、カズキは、なぜ自分が王の眼前にいるのか、はなはだ疑問に思えてきたのだった。

 自分を無意味にここまで連れてきて、挙句、王直々に助力を乞うなど、そんな必要がどこにあるのか。


「そんなのは簡単なことだ」


 レイブラムは、疑問の色を浮かべたカズキを一笑に付す。


「カズキくん、君はハンズロストックの我が同胞たちを解放してくれた、いわば恩人であり、英雄だ。亜人という種の誇りにかけて、自分は君を、絶対にジプロニカには渡さないつもりだ」


「……っ!」


 カズキの目をじっと見据え、レイブラムは淀みなく言い切った。


 カズキは、胸が熱くなるのを感じた。

 じんわりとその熱が、顔へと上がってきて、瞳を潤わせる。


 この世界に来てから、誰かに感謝をされたくてやったことなど、カズキには一つとしてない。そもそも、人間になど感謝されたくもなかった。

 同じ種である人間に裏切られ、死にかけ、孤独を味わい、人間には属さないことを誓ったのだから。


 そうすることで、ルタやルフィアに出会い、助けられ、ここまでやってこられた。


 だがだからこそ、非人道ではない正しい魂――そういったものに触れることを、自分は渇望していたのかもしれない。


 そんな感情に気づかされるほど、レイブラムからの言葉はカズキの身を震わせ、魂に刻み込まれた。


 人間ではない者が持つ、人道的な魂からの、深い感謝。


 損得や利害ではなく、誇りと絆を持って他者と関わる――

 亜人の王の誇り高い矜持を感じ、カズキは思わず胸の奥に灯った熱を求めて、心臓に左手を当てた。


「国民は君が成し遂げたことをまだ知らないが、自分の人生をかけて周知させていくつもりだ。亜人は、恩には必ず報いることを信念とした種族なのだから」


「いや、俺は……アンタだけでもそう思ってくれてれば、それで良いよ」


 こういう気持ちにさせる者こそが、王になるのに相応しい――カズキは目の前の龍頭の亜人が、なぜこの地位にいるのか、よくわかった気がした。


「カズキくん、そんな風に言ってもらえることは、自分としても嬉しい限りだ。しかしそれでは、気持ちが収まらぬのだ。

 自分は、親愛なるフェノンフェーンの皆にも、カズキくんの行いを知ってほしいのだよ」


 言ってレイブラムは、正面からカズキの両肩に手を置く。長い爪と紺色の鱗を持った大きな手が、カズキの身体を揺らす。

 その手は、少し暖かく感じられた。


 先程までの威圧感や不安感は、すでにない。


「尊敬する友人が、違う友人にも尊敬されたら、とびきり嬉しいものだろう?」


 言うとレイブラムは、口角を上げて笑った。

 豪快な笑いっぷりに、カズキも釣られて破顔する。


「……わかった。ぜひ協力させてほしい。元はと言えば、俺が蒔いた種だ。自分のケツは、自分で拭く」


 ひとしきり笑い合ったあと、決意を滲ませてはカズキ言った。


「ありがとう、カズキくん。ではさっそく作戦会議を――」


「一つ、提案があるんだ」


 と。


 カズキは、自分の身体を離し、執務机に戻ろうとしたレイブラムの背に、挙手して言う。

 振り向いたレイブラムが、先を促すように黙って頷く。




「俺を――ジプロニカに、引き渡してほしい」




「な、なんだって……?」


 意図を掴みかねたレイブラムが、困惑の表情を浮かべた。

 真意を探るように、ペネロペと目を見合わせている。


 カズキの口角が、ぐっと上った。その顔は、師匠であるルタの――


 あの凶暴な笑みに、そっくりだった。




貴重なお時間をこの作品に使ってくださり、ありがとうございます。

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