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無能勇者の復讐譚 ~異世界で捨てられた少年は反逆を誓う~  作者: 葵 咲九
第一章 ジプロニカ王国編

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029 ルフィア、しゃべる


 ひんやりとした床板が、カズキの頬を冷ましていく。

 カズキは今、アリアの宿の二階廊下にうつ伏せになって寝転がっていた。顔だけを横にして、呼吸を確保すると、頬が冷たい床に触れて気持ちがいい。


 廊下の突き当りにある小窓からは、まだうっすらと日差しが入ってきている。


「どうしてこうなった……?」


 急遽勃発した、部屋割りどうするか論争。

 ルタとルフィアは互いに譲らず、結局間を取ることになり、カズキは廊下に寝る羽目になった。


 現状を嘆くように出た言葉が、静かな廊下の空気に溶けていく。


「はぁ……どうしたもんか」


 連続して、カズキの口からため息が漏れる。

 今のカズキの心を癒してくれるのは、冷えた床板だけなのだった。


 と。


 扉が開く音がした。

 カズキは咄嗟に上半身を起こす。


「あの……カズキさん」


 部屋から顔を出していたのは、ルフィアだった。


「……どうした?」


 カズキは若干ジト目になる。

 半分はルフィアのせいで、こんな場所にこうして寝る羽目になっているからだった。

 もう半分は言うまでもなくルタのせいである。


「ごめんなさい……怒って、ますよね?」


「怒ってるというか……戸惑ってるというか。別に、感情的になってるわけじゃないよ」


 カズキは立ち上がりながら息を吐いて、肩の力を抜いた。


「少し、お話よろしいですか? 今のうちに……」


「え? ああ……」


 カズキは、ルフィアの言う“今のうちに”というのを察する。

 おそらく、ルタがいない間になにか話したいことがあるのだろう。


 今ルタは、自室で街の魂力チャクラを読んでいる。人の世の時勢や街の様子を手っ取り早く知るためにやっておきたいと言い、部屋に閉じこもったのだ。

 本来ならハンズロストックでも、到着してすぐにやっておくべきだった――と、ルタは悔やんだ様子を見せていた。


 ゆえに、ルフィアとしては『ルタが部屋にこもっているうちに』話しておきたい、そういうことなのだろうと考えた。


「ただ……ごめん、ここでこのまま話すんでもいいか? ルタの部屋への導線を、しっかり見張っておきたいんだ」


 カズキはルフィアの部屋の入り口に近づいたが、中には入らず、壁に背をもたれさせるようにして話を聞こうとした。

 ルタのボディガードとして、もう同じてつは踏みたくない……そんな気持ちからの判断だった。


「……わかりました。では、ここで。ちょっとお待ちください」


 ルフィアは了承して、一度部屋に引っ込んだ。

 すぐにまた顔を出すと、簡素な布の敷物を二枚持ってきた。


「これ、使ってください」


「ありがとう」


 差し出された敷物を、カズキは折り畳んで廊下に敷いて、その上にあぐらをかいた。敷物自体は座布団とも絨毯とも呼べない薄く頼りないものだったが、ないよりは断然マシだった。

 ルフィアもそれに倣って、部屋の扉に敷物の端を噛ませて開けたままにしながら、足を揃えて座った。


「あの……さっきのことだけじゃなくて、ここに来るまでずっと、ルタさんに対して失礼な態度をとってしまっていて、本当に……申し訳ありません」


 いの一番に、ルフィアは謝罪の言葉を吐き出した。

 深い反省の念が、顔に浮かんでいる。


 きっと、かなり反省しているのだろう――カズキは彼女の心中を察し、できるだけ優しく柔らかく、言葉をかけようと努める。


「ああ、俺は別に気にしてな――」


「でも、どうしてもムカついちゃうんです」


「……え?」


 ルフィアの謝罪に対して、カズキは『全然気にすることないぜ』的な感じで上手く仲を取り持とうと思ったのだが……え、ムカつく?


 俺の聞き間違いかな? カズキは眼をしばたたかせた。


「だって……わたしを救ってくれたカズキさんと、懇意だっていうのは見てればわかりますし、認め合っているっていうのも感じます。それがすごく、羨ましいと思っている自分すらいます。

 でも……ルタさんってなんだか、カズキさんに対して偉そうじゃありませんか?」


 なかなかの勢いでしゃべるルフィア。

 カズキは「お、おぅ……」などと相槌を打つのが精一杯だ。


「わたしたちは対等な同盟を結んでいるわけですから、あんな風に偉そうにしちゃダメだと思うんです。ましてや、わたしが敬愛するカズキさんに対して、輪をかけて偉そうだから……見ててわたし、すっごく腹立っちゃうんです。

 実は奴隷の中での上下関係って、結構厳しいものなんです。新入りが、古参の方に馴れ馴れしく接するのとか、絶対ダメだったし。わたしも結構、新入りを怒った経験ありますしね、ふふふ」


 ふふふって。こえーよ。

 つか奴隷社会って中々に体育会系なんだな……大変そうだ。

 断固、奴隷反対。


 カズキは話に関係なく、決意を新たにする。


「でもルタさんは、やっぱりカズキさんの大切な相棒さんなわけですから。わたしが態度とかに目くじら立ててギャーギャー言うのも、おかしいじゃないですか? なんていうか、先輩後輩的に?」


「お、おぅ……」


「けどもう口を開くと言っちゃいそうで。『わたしの尊敬するカズキさんに失礼だぞ!』って。だけど言ったら気まずくなっちゃうし、カズキさんにご迷惑をかけちゃうのもよくないなぁって考えたら、もう下向いて黙ってるしかなくって……」


 所在なげに前髪をいじりながら、怒涛の勢いで言葉を紡ぐルフィア。

 話が途切れないため、カズキが言葉を差しはさむ余地がない。


 え……この子、すげー喋るんじゃん……。

 カズキは呆気に取られ、開いた口が塞がらなかった。


「でも、本当に同盟が対等だと言うのなら、わたしだってお二人の同盟に、遅ればせながら加入した、言わば対等なメンバーなわけじゃないですか?

 だから、できればああいう態度にもちゃんと意見して、対等に話し合って、それでそれぞれがきちんとリスペクトをし合える関係性にできたらって思うんですけど……はぁ」


 一気に捲し立てて、ルフィアは俯き加減で溜め息をついた。

 伏せた睫毛は憂いを帯び、相変わらず美しくきらめいている。


「あのー……そのー……発言してもよろしいですか?」


「え? あ、ああどうぞ」


 カズキは挙手し、ルフィアに許可を取る。

 ようやく、発言の機会が巡ってくる。


「話してなかったけど、俺はルタに命を救ってもらってるんだ。あと、この世界で生きていくためのノウハウっていうか、そういうものも教えてもらってる。

 まぁ、だからかな。ちょっとルタの方が、俺に対して優位な感じになっちゃってるのは。

 でも、俺は全然気にしてないし」


 実際すげー年上らしいし――とは言わない。


「でもそれだと対等な同盟っていう前提がそもそも崩れてしまいませんか? かなり気になってしまいます、そういうの。わたしとしては」


「んーでも俺自身、未だにルタには色々と学ばせてもらってるからさ。あと、別に態度が対等じゃなきゃいけないって、そういうことではないと思うし。本当の対等って」


「うーん……」


 カズキは雑さと丁寧さ、その中間をとったようなニュアンスで伝えていく。

 あまり雑だと追求されそうだし、丁寧すぎると議論を差し込む余地が増えるためだった。


 だが、ルフィアはわかりやすく納得がいかないといった表情だった。

 この子、本当に頑固だなぁ……下唇がぷよっと出てるもの。


 カズキは、頭を掻く。


「だから、まぁ、なんつーか……ちょっとぐらい偉そうなのは、大目に見てやってほしいんだ」


「はぁ……」


 まだ納得がいかない様子のルフィア。腕を組み、口をへの字に曲げている。


「あと、なんのフォローにもならないと思うけど、アイツはいつでも誰にでも、基本は偉そうだから」


「そうなんですか……ダメですね、ルタさん」


「はっきり言う」


 言って、二人で顔を見合わせて笑った。

 久しぶりに、ルフィアと笑えた気がした。


「だからルフィアも遠慮なく、今みたいにどんどん色々言っていい。俺としても、変に黙りこくってるより、喧嘩してる方を仲裁する方が気が楽だからな」


「……わかりました。わたしはわたしなりに、ルタさんと向き合ってみます。そうしてなんとか、ルタさんを更生させることができたらって思います!」


「……え?」


 更生? ルフィアがルタを?

 カズキは雲行きがあやしくなってきたことを悟り、冷や汗を流す。


「ルタさんがしっかりと他者をうやまえるよう、遠慮なくいきますね!」


「……少しは遠慮しても大丈夫だからね?」


 カズキは自分の言葉が軽率だったかもしれないと、若干後悔したのだった。

 だが、嬉しそうなルフィアの表情に目を奪われ、なにも言うことはできなかった。


 苦笑いを浮かべながら、カズキはボリボリと、頭を掻き続けるしかなかった。




貴重なお時間をこの作品に使ってくださり、ありがとうございます。

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