021 突入、ロストック家
ジプロニカ王国、貴族領ハンズロストック。
王国内で唯一の自治権を持つ、生活水準の高い、栄えた街。
街の中心である高い岩壁の最上段に立つ、小さな城のような巨大な屋敷が、この地を治めるロストック家の本拠地である。
まさに街の象徴と言っていいその場所の前に、カズキはルフィアと共に立っていた。
二人の眼前には、荘厳な門が立ちふさがっている。
「……ルフィア。キミは俺の後についてきてくれ。無理はしなくていいから」
「いえ……ここで少しは、買っていただいた恩を返せたら」
ルフィアはしおらしく言い、おもむろにフードを脱いだ。
痛んだ長い灰色の髪が、もわりと膨らむ。
「いきます……」
呟くと、ルフィアの周囲に風が起きる。
カズキは彼女の身体に、魂力が集まっていくのを知覚した。
「魂装――燃」
ルフィアは穏やかな、鈴を転がすような声で魂装をした。
彼女の身体から黄緑色の粒子が舞い散り、手の先へと集まっていく。
粒子が集合し、それらが得物の形を成していった。
手の平から、縦に長く棒が伸びるように粒子が拡がる。それは、ルフィアの背丈を超えるような長さになった。
そして、長く伸びた先の片方が、まるで斧のように成形されていく。
ルフィアが柄の部分を握り込むと、“それ”はいよいよ、武器としての輪郭をはっきりさせた。
斧槍――それがルフィアの、魂装武器だった。
「すげぇ……」
カズキは思わず、唸っていた。
この世界における一般的な魂装の強さの決め方は、魂装で出現する武器の大きさである――そう考えるならば、ルフィアのハルバードは中々のものに感じられた。
王国最強と謳われていたセイキドゥの両手剣、それに次ぐほどの“大きさ”に見えた。
「いきましょう」
凛々しく言ったルフィアの顔は、先程までの汚く覇気のないものから、大きく変化していた。
魂力が充溢したからなのか、灰色にくすんでいた髪には艶が戻り、銀色のような光沢を放って風にそよいでいる。
伏し目がちだった表情には生気が満ち、瞳はこれまで以上に翡翠色に輝いている。
肌艶も格段に良くなり、汚れを弾くような瑞々(みずみず)しさすら感じられた。
一番印象的だったのは、彼女の髪の間から覗く耳だ。
痛んだ長髪が顔を覆い隠していたときは一切気付かなかったが、彼女の耳は上部が少し尖った形をしていた。
カズキはそれにより、ルフィアが正真正銘の亜人であることをようやく判別することができた。
そしてさらに、カズキは強く思ったことがある。
――いきなり美人すぎる。
「どうかしましたか?」
「あ、いや……」
これだとちょっと緊張しちゃうじゃんか……カズキは敵地に乗り込む前だと言うのに、余計な感情に苛まれた。
「あ、わたしに先陣を切れということですね? 承知しました」
「ちょ、そういうわけじゃ――」
「えいっ」
言って、ルフィアの両腕で振り下ろされたハルバードは――門を吹き飛ばした。
地響きと言ってもいいほどの轟音が、辺りに響く。
「突入します!」
ルフィアは一度振り向いて言い、門の瓦礫を器用に飛び越えながら、屋敷の中へと入っていった。
「……絶対俺より強いやつじゃん」
カズキはその背を見ながら、若干冷や汗を流した。
そして地味に小声で「魂装、燃」と言い、右手を小太刀の形に変え、後に続いた。
「なんだかなぁ……」
カズキの背中は、少しだけしょんぼりしていた。
† † † †
「に、逃げろぉぉ!」
「あんなデカい魂装武器見たことねぇ!」
「な、何者だアイツら!? 突破されるぞぉぉ!」
屋敷内の装飾過多な廊下を、少女の身の丈ほどもある斧槍が暴れる。それを振り回すのは、銀髪に翡翠色の瞳をした、ローブを纏う美しい亜人――ルフィア。
大暴れする彼女の背中を後方から眺めているカズキは、なぜこんなに強いのに奴隷だったのかと訝しみながら、その後を追っていた。
彼女が敵の闘争心や敵対心、果ては武器までへし折って進んでいくおかげで、カズキはこれといった負荷もなく、悠々と屋敷を蹂躙していくことができた。
建物内の扉という扉を破壊し、隠れる場所を失くしていくルフィア。
行く先々の部屋では、くつろぐ者や食事をする者、“夜の営み”に精を出す者など、様々だった。
全員がここに住んでいる貴族なのか、自分で戦うことはせず、ルフィアの得物が扉をぶち破る度、慌てて護衛を呼び寄せては本人ごと返り討ちに遭っていた。
「カズキ様」
と、何人目かの衛兵をなぎ倒し、調度品、果ては廊下の床板などまで木っ端微塵に粉砕していたルフィアが、急に立ち止まった。
というか、その前に。
「ルフィア、その呼び方は……ちょっと恥ずかしい」
一応は戦闘状況であったが、そんなことよりカズキとしては、呼び方を是正しておきたかった。
『様』はさすがにむず痒い。
「……? 別に、普通の呼び方……では?」
「いやいや、普通じゃないから」
「主に様付けをするのは、当然かと……」
「だから、さっきも言ったけど、俺はキミの主じゃないし、キミはもう奴隷じゃない。自由なんだ」
「自由……」
カズキの言葉は繰り返しながら、小首を傾げるルフィア。その際、肩にかかった銀髪が、清流のように流れ落ちる。
い、色っぽい――カズキは正直、集中が乱れる思いだった。
まだここは、阿鼻叫喚(全て屋敷の者たちの悲鳴だが)の戦場である。
「とにかく! 様はなしだ。呼び捨てとかで全然いいから」
まだまだ、油断してはならない。
カズキは自分を叱咤する意味を込めて、断ずるように言い切った。
「呼び捨てなど、絶対にできません」
それでもルフィアは、頑なに首を振った。
「じゃあ……さん。さん付けとかにしてくれ、せめて」
「……わかりました。では――」
――カズキさん。
呼んだあとルフィアは、言葉を噛み締めるように口を動かし、微笑んだ。
「……どうしたもんか、これは」
見違えてしまったルフィアに、場違いな照れ臭さを禁じ得ないカズキ。まさか自分がこんな形でラブコメの波動を発するとは思わなかった……と、内心で呟く。
「カズキさん。これを見てください」
カズキの動揺など意に介さず、ルフィアが冷静に状況を指し示す。
示された地点に目を凝らすと、床板が破壊され、地下への入り口となる下り階段が現れていた。
階段の先は暗く、どうなっているのかは窺えない。
「怪しいな」
「ええ。……奴隷は、屋敷の地下に住まわされることが多いです」
ルフィアの言葉に、カズキは人の醜さを感じる。
外面を取り繕い、非人道的な本質の部分は裏や地下で欲望のままにしている。
カズキは気分が悪くなり、それを打ち消すために頭を振った。
「行ってみるか」
ここにルタがいる可能性があるなら、行かない理由はない。
カズキは決意を新たにし、ルフィアに目配せする。
「ルフィアの武器じゃ、狭い地下では不利だ。今度は俺が前衛をするよ」
「ありがとうございます。……では、あれを使いましょう」
言うとルフィアは、破壊されずに残っていた壁の燭台を取り外し、カズキに渡してくる。
「よし、行こう」
「はい」
カズキは左手にランプとなる燭台を持ち、魂装の右手を構えて階段を降りていく。その後ろにルフィアがついてくる。
暗い地下への入り口は、二人の飲み込む魔物の口のように見えた。
貴重なお時間をこの作品に使ってくださり、ありがとうございます。




