175 ヴェルスヴェル大迷宮、脱出
「ギギュリリグゥワァァアアアアア!?」
耳障りな奇声を響かせながら、漆黒の魔人が膝を着いた。
そしてすぐさま、その全身が、溶け落ちるように消失していく。
カズキの金剛杵拳によって、魔人の身体は正中線から引き裂かれた。
魂力を喰らう化物、《マウナ・クーパ》の性質を持つ黒い化物は、カズキの強烈な一撃で崩れ去った。
「思っていた以上の威力だ……」
自らの攻撃を見届けたカズキは、自分の右拳を見つめながら、改めて義手の有用性を実感した。
魂力の始祖が残した、オーバーテクノロジー。
その力が今、自分の右手にある。それを重々、自覚した。
「カズキ、なんなんじゃその右手は!?」
驚愕した様子のルタが、駆け寄ってきた。その顔には信じられないといった色が浮かんでいる。
「わたしも、驚きました……。すごいです」
続けて、ルフィアも驚きを浮かべながら近づいてくる。
それもそのはず。
『ダーナの十三迷宮』に出現するマウナ・クーパ、それが巨大化したような状態の魔人を、一撃で屠ったのだから。
ある意味、二人の反応は当然と言えた。
「俺自身もビックリしてる。たぶん魂力とは違うと思うんだけど、まさかこんなに力強い一撃が出るとは」
言いながらもう一度、カズキは右手を見た。
開いたり閉じたりをしながら、自分の意思の通りに稼働する右の掌。
これからもっともっと、馴染んでいくだろう。
「さっきの一撃の際に迸ったエネルギー……一瞬、魂力のような気配はしたのじゃが……」
ルタが鼻をすんすんとさせながら、訝しむように言った。
「しかし、魂力のように読めるわけではなかった。うぅむ……謎めいておるの」
顎に手を当てながら、ルタはカズキの右手を見つめた。
「わたしも、魂力とは似て非なる感じを受けました。いったい、どんな原理なのでしょう……?」
続けて、ルフィアが小首をかしげる。
カズキ自身、二人の疑問に対して明確に応える言葉を持たなかった。
そもそも、この世界における生命力の根源とも言われている魂力が消失しているのにもかかわらず、カズキの生命活動自体はここまでなんら問題なく行われている。
ある意味その時点で、カズキの存在自体がすでにこの世の理から外れつつあると言えた。
「……んー、この右手自体には魂力を貯めて、疑似的な魂装を発動させる機能があるみたいなんだけど、さっきのは違う、と思う。強いて言えば、感覚的には……意思が力になった、みたいな? そんな感覚があった」
カズキ自身もよくわかっていないため、抽象的な回答しか返すことができない。
先程の戦いで発現した力は右手――金剛杵へとカズキの意思が流れ込み、それを力として顕現させた、という形だった。
意思の力を熱量として具現させる右手。それが金剛杵――そんなところだろうか。
カズキは、そんな風に結論付けた。
「ふむ。なんにせよ危機は去った。さっさと女を追うとするかのう」
「あ、そうだった。あの速度だ、急がないと完全に引き離されちまう!」
ルタに言われ、カズキは現状をようやく思い出す。
まだまだ謎は多い右手だが、それはこれから解き明かせばいい。
「いきましょう!」
ルタとルフィアの背を追い、カズキは慌てて駆け出す。
女戦士の出ていった出口へと、足を向けた。
† † † †
暗い坑道に、光が一筋差し込んだ。
出口だ――カズキたちはそこへ向け、一気に駆けた。
光が大きくなり、視界が開ける。
「出た……のか?」
外の強い光に、一瞬目をつむる。
「やあ、闖入者諸君」
目が慣れてきた、と感じた瞬間。
投げかけられた言葉に、カズキは腰を落として警戒しながら、周囲を見渡す。
「ここだよ、ここ。上だよ」
即座に見上げる。
遺跡の出口、そのすぐ近くに小高く岩の積まれた石碑のようなものがあった。
その、上部。
筋骨隆々の男が、仁王立ちしていた。
「オレはディウレリス・ディウメンジャー。ここ、クータスタの地を治める者さ」
「クータスタを、治める者……?」
突然の統治宣言に、カズキは面食らう。
「オレの国はさ、基本的に女は側室、男は労働力って決まっているんだよ。ただなにぶん、国外からの来客はめったにいないものでね。処遇をどうしたものかと、考えあぐねているんだよ」
言い終え、大欠伸を噛み殺すディウレリス・ディウメンジャーと名乗った男。
カズキは瞬時に、状況へと視線を巡らせる。
さっきの女戦士が、側で跪いている。
「あれ? あれあれ? ……キミさぁ、めちゃくちゃ上玉を女を二人も引き連れてるんじゃないか! それを早く伝えておいてくれよぉウムプリー」
「申し訳ございません、ディウメンジャー様」
ウムプリ、と呼ばれた女戦士が、跪いたまま返答する。
彼女の名は、ウムプリというらしい。
「いいんだよ、ウムプリ。オレが退屈してるのわかってて、こうしてサプライズを準備してくれたんだろ? オレはお前のそういうところが好きだよ」
「身に余る光栄にございます」
「さぁて、それじゃ。その二人、オレによこしてもらおうかな」
自分たちを差し置いて交わされるやり取りに、カズキは気色悪さを感じていた。
いや、それよりも、この不愉快な感情の正体は――
「……よこせ、だと? 二人は物じゃない、訂正しろ。さもないと――」
そう、カズキの中での問題はそこだ。
ルタとルフィアをモノのように呼ばわった相手――カズキの右手に力が漲っていく。
「ふん、カズキ。わしらに任せい。ブチギレとるのはわしも同じじゃ」
「そうです。自分の怒りは自分で面倒を見ます」
そう言い、同時に一歩を踏み出すルタとルフィア。
「「あやまるなら、今の内じゃぞ(ですよ)?」」
ルタとルフィアの怒りが、威圧感となってこちらを見下げる男へと向けられる。
「いいねぇ……オレ好みだ」
威圧感に気圧されることもなく言い放つ、ディウレリス・ディウメンジャー。
カズキは口元を吊り上げる男を見て、妙な不気味さを一瞬だけ、感じた。
貴重なお時間をこの作品に使ってくださり、ありがとうございます。




