174 クータスタ島への道 ヴェルスヴェル大迷宮④
「グギュルルァァァァアアアアアア!!」
カズキの鼓膜をつんざくように、遺跡内に黒い魔人の咆哮が轟いた。
他者の魂力を喰らう性質を持つ化物『マウナ・クーパ』。その巨大化した状態と考えられる漆黒の魔人を前に、カズキは必死に頭を回転させた。
「グオオオオオオオオオオオオオ!!」
「っ! 回避だ!」
巨大な拳を振りかぶった魔人の動きを見て取り、すかさず回避行動を指示するカズキ。掛け声に合わせて、ルタとルフィアが瞬時にその場を離れる。
次の刹那――途方もない質量の鉄拳によって、地面が大きくひび割れた。
「グロロオオォォォォ!!」
呻き声のような雄叫びを上げながら、拳を引き上げる魔人。
蜘蛛の巣のように入った亀裂が、歴史ある古代の遺跡を愚弄するかのようだった。
「ただのグーパンでなんて威力だよ……!」
「あれに加えて魂力を吸われたら、ひとたまりもありません……!」
恐ろしい攻撃を間近で見たカズキとルフィアの声が重なる。
「カズキ! 以前の戦い方では間違いなく死ぬぞ! どうするのじゃ!?」
「今考えてるっ!」
態勢を整えながら、カズキは必死に打開策を考える。
魔人はカズキらの声を追うように、真紅の目が光る顔面を向けてきた。
「グオオオオォォォォ!!」
再び、拳を振り上げる魔人。
「くっ、回避以外の選択肢がない!」
「ちぃ! 埒があかんっ!!」
続けて回避を指示するカズキに、ルタがもどかしそうに悪態をつく。
間髪入れずに落とされた拳が、大きく土埃を巻き上げる。
回避を続けていた結果、カズキらの背中には壁が迫ってきていた。
「カズキさん、こんな敵どうやって倒すんですか!?」
「魂力を吸わせるには、巨体すぎる。できる限りヤツに触れないように散開して逃げよう!」
「それはそうと、どう反撃するんじゃ!?」
切羽詰まった声がカズキに届くが、まだ有効な攻撃方法を思いつくことができない。
魂力を吸わせて破裂させるには、敵のサイズがあまりに大きすぎる。
そんなことをすれば、間違いなくてこちらが干乾びて息絶えてしまうだろう。
そしてそもそも今、自分には魂力がない。
この状況、てんで無力な自分がここにいても、もしかしたら足手まといなのではないか――カズキの頭の中を、そんなネガティブな思考が支配しかけたとき。
「いや、待てよ……今の俺なら、正面から戦って大丈夫か?」
まさに発想の転換が起こった瞬間だった。
魂力がないということは、魂力を吸うマウナ・クーパを恐れることはないのではないか?
カズキは回避行動を取りながら、そんな考えを抱きはじめていた。
「……こいつらを思いっきり試すのにも、いい機会だしな」
言い、カズキは右腕に装着された義手へと意識を向けた。
《魂力の始祖》から授けられた、未知の制作技術が詰め込まれた義手。
今わかっているのは、自分の意思通りにしっかり動いてくれるということだけ。
果たして、この新しい右手にはどんな力が隠されているのか――ある種の極限状況だというのに、カズキは好奇心のようなワクワクが湧いてくるのを実感した。
「っ! 回避だ!」
再び、魔人の黒い拳が頭上から降ってくる。
カズキはルタ、ルフィアに目配せをする。途端、それぞれが別の方向へと走り出した。
それに気を取られ、魔人はカズキから気を逸らす。
カズキは自らの想いに、右手自身が応えてくれる気がした。
「……教えてくれ。俺はキミを、どう使えばいい?」
静かに展開される自問自答。
カズキは目を閉じ、耳を澄ませた。
すると――直接脳に、言葉が響いてくる。
『この右手は、カズキ、あなたの心に反応します。なにかを掴みたいと思えば掴み、離したいと思えば離すことができます』
淡々と綴られる言葉は、カズキの頭の中でのみ展開される。
染み込むように自然と理解が進んでいく。
『そして自然界の魂力を充填する機能を備えています。蓄積した魂力を使えば、魂装を使った戦闘を疑似的に再現できます』
「すごい……!」
脳内に語られた言葉に、カズキは思わず感嘆の声を漏らす。
『ただし、魂力の充填には相応の時間がかかり、容量は一般的な魂装使用者の半分程度です。カズキ、あなたの魂力総量とは比べるべくもありません』
要するにチャージには時間がかかり、使えたとしてもこれまでのカズキのような無尽蔵の使い方はできない。規模も小さい、ということ。
だがカズキは――笑った。
「それで、十分だ」
右手の使い方を理解したカズキは、すぐに戦闘態勢に入る。
「固く……とにかく固く! そして、強く握れっ!!」
叫びながら、カズキは魂から念じた。
右の拳が、ぎりりと硬質化していく。
奴を、黒い魔人をひれ伏させる、強い拳が必要だ。
カズキは鈍重な魔人の拳、踏み鳴らしを軽快なステップで躱しながら、さらに右手に力を込めていく。
魂力ではない、意思と心の力だ。
「いくぞ……!」
力を込めたまま、カズキは跳ぶ。
『カズキ、その右手には名前があります。それは――』
――金剛杵。
頭の中に響いたその名を、カズキは叫んだ。
「くらえ――金剛杵拳ッッ!!」
刹那。
空間を震わせる怒号が、轟いた。
貴重なお時間をこの作品に使ってくださり、ありがとうございます。




