171 クータスタ島への道 ヴェルスヴェル大迷宮①
大変お待たせいたしました。連載再開となります。
楽しみにしてくださっていた方々、お待たせして申し訳ありませんでした。
「ここが、ヴェルスヴェル大迷宮……『ダーナの十三迷宮』の一つか」
透き通るような青空の下、岩が重ねられ、遺跡のようになった入り口でカズキが言う。
視線の先、奥へと続く道には松明らしき光が続いており、あまり不気味さは感じない。
「それにしても、本当に徒歩で向かうのでよかったのか? アルアたちは、クータスタ島へ即時転送される魂装道具があると話しておったが」
右隣に立っていたルタが、カズキに向けて疑問を投げかけた。
「ハイデュテッドとの戦いで疲弊してるデーモニアの、貴重な魂装道具を使うのが申し訳なくてさ。それに、久しぶりにこう、なんというか……二人とゆっくり、旅したいっていうか……」
言いながらカズキは妙な恥ずかしさを感じ、ポリポリと頬を掻いた。
「カズキさん……」
彼の言葉に、今度は左隣のルフィアが反応する。
ハイデュテッドとの戦いを経て、各々の表情には落ち着きが見られ、一段と逞しさが増した印象があった。
「いや、ほら、俺が魂装もなにもできなくなって、二人には今まで以上に迷惑をかけてしまうだろうし。だからこそ『ダーナの十三迷宮』を攻略しながら進んで、少しでも今後への糧にできたらなって、思ったんだよ」
なんか言い訳っぽいな、などとカズキは他人事のように自分の言葉を聞いた。
「なんじゃ、言い訳じゃの」「素直じゃないですね」
ルタとルフィアは、穏やかな笑みを見せて笑いあった。
「そ、そうかな?」
カズキも、二人の和やかな空気に引っ張られるように笑う。
「準備も万端だし、いっちょ行くか」
ひとしきり笑ったあと、カズキは荷物を背負い直して言う。
魔族の者たちに持たされた様々な食料、道具、カズキの感覚で言うところの寝袋のような物といった物資が、大きな荷袋にはたくさん詰まっていた。
それらはカズキにとって、まるで旅立ちの際に持たされるお土産のような気がしており、一つ一つを大事にしたいと自然と考えていた。
ただ、結構重たい。
「当たり前だけど、油断はしないように」
「ふん、当然じゃ」「はい、了解です」
そうして、三人は迷宮へと足を踏み入れて行った。
† † † †
「ヌッハッハッハ! 楽勝じゃのう!!」
薄い胸を張り、ルタが油断しきった表情で高笑いする。
迷宮へと足を踏み入れる前の誓いはどこへやら、相変わらずの傲岸さを放ちながら、ルタはどすんと壁際に腰を降ろす。
その様を見て、カズキは苦笑いした。
「よし、じゃあ今日はこの辺にしておこう」
カズキは背の荷袋から取り出した布地を足元に広げ、そこに荷物を降ろした。
ルタはすかさず「一番乗りじゃ!」などと言い、布の上に堂々と横になった。カズキはルフィアを顔を見合わせてから、肩をすくめる。
「それにしても、迷宮の中に本当に安全な場所があるなんてなぁ」
「ですね。確かに、危険な気配は感じません」
カズキとルフィアも同じく敷いた布の上に腰を降ろしながら、辺りを見回しつつ言った。
ヴェルスヴェル大迷宮の内部は、燃え続ける松明のような魂装道具が常時、光を放っており、暗闇に迷う事がほとんどない。
魔物が出現しはするが、いくつもの修羅場、戦場を潜り抜けて来たカズキらにとっては、もはや障害にはなりえず、ここまで探索はなんの問題もなく順調と言えた。
今のところは、カズキが魂力を失った影響もほとんど感じられなかった。
「魂装道具って、本当に便利だよな。こんなに長い年月、ずっと機能し続けてくれてるわけだし」
今カズキらが腰を落ち着けている場所は、ヴェルスヴェル大迷宮内の、魂装道具によって魔物除けの結界が張られている場所だった。
アルアによると、ヴェルスヴェル大迷宮は魔族がクータスタ島へと渡るための経路として、整備された『ダーナの十三迷宮』であるとのことだった。
内部には半永久的な光を放つ松明のような物や、迷宮内に簡易的な結界を張り、魔物除けとなってくれる物など、多種多様な魂装道具が設置されており、未だに稼働を続けている。
ただ、すでに気が遠くなるような年月、クータスタ島への渡航は魔族らの間でも行われていなかったらしく、内部の状況は魂装道具の状態を含め、未知数のことが多かった。
しかし、未だこうして魂装道具は機能し続けており、カズキは改めて、その利便性の恩恵は計り知れないと感じていた。
迷宮の中、魂装道具のおかげで魔物が近づいてこず、安全に休息することができる。なんと、ありがたいことか。
「んじゃ、明日に備えてちゃちゃっと食べて、さっと寝るぞー」
「うむ!」「了解です!」
各自、慣れた手つきでテキパキと野営の準備を整え、束の間の団欒を描く。
そうして、迷宮内での一日目は過ぎて行った。
† † † †
ズズ、ズズ……と、何かが擦れるような音がする。
カズキの意識が、少しずつ覚醒していく。
「…………?」
魂装道具がある、魔物は近寄ってこれないはずだ。
魂力を読めば――いや、今の自分にそれは無理だ。
一瞬の強い自己嫌悪を感じ、ハッキリと目が覚める。
「……っ!?」
――目を開き、視界に飛び込んできたのは。
全身に不気味な文様を描かれた、一人の、全裸の女性だった。
ゾンビのように、低速で、魂装道具の張った結界の外を、足を引きずり這いずるように歩いている。
その表情からは、一切の感情が、抜け落ちていた。
「…………っ」
カズキの背筋を、言いようのない悪寒が走った。
貴重なお時間をこの作品に使ってくださり、ありがとうございます。




