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無能勇者の復讐譚 ~異世界で捨てられた少年は反逆を誓う~  作者: 葵 咲九
第一章 ジプロニカ王国編

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016 ハンズロストック到着


「ぬふふふ、わしには賭け事の才能まであるようじゃのう」


 関所を抜け、ハンズロストックへと続く道中。

 はち切れんばかりに膨れ上がった銭袋を顔の高さに上げながら、ルタがホクホク顔で微笑んでいる。


 ルタはなんと、カズキとセイキドゥの決闘に、星の声を聞く民の老人から受け取っていた微々たる金銭、その全額を賭け、大儲けしていた。

 その場にいた観客のほぼ全てがセイキドゥに賭けていたため、勝負は半ばルタの独り勝ちといった状態だった。


 歩くたびにじゃらりじゃらりと鳴る袋に何度も頬擦りしては、うっとりとした顔で幸せを噛み締めるというのを、すでに十回は繰り返していた。


「ちゃっかりしてるよなぁ、まったく。……イテテ」


 隣を歩くカズキは、顔を腫らし、左肩に大きな切傷、全身に打撲を負った。

 今は老人からもらった包帯などで、自ら応急処置を施している最中だった。


 カズキは決闘を制し、見事“右手の復讐”を果たした。

 傷の痛みも、ある意味では勲章と言えた。


 だが、このままの状態で傷を放置するわけにもいかない。

 決闘後、注目を浴びることを嫌って足早に立ち去ったので歩きながらの応急処置となったが、もし傷が化膿でもすれば、医療技術がまだまだ未発達のこの世界では、たちまち命の危機となる。


 二人はしっかり処置できる時間と空間を求めて、急ぎ足でハンズロストックを目指して進んでいた。


「さぁて、この金で豪遊するかのう」


「おい、手当てが先だろ」


「わかっておる。まったく、冗談が通じん男じゃのう」


「ルタの場合は冗談じゃないときがあるからな」


「ぬははは、うぬはようわかっておるのう」


「あ、そういえば」


 カズキはふと、思い出す。


 いつもは自分を「うぬ」と、若干蔑んだような意味を含んで呼ぶルタが、先ほどの決闘の最中――セイキドゥが真名ヴェーダを発動させたときだったか――に『カズキ』と呼んでいたことを。


「……ぬ、な、なんじゃ気持ち悪い顔しおって」


「いや……なんでもない」


 カズキはルタの横顔を見て、顔がニヤける。


 いつもは師匠面して高圧的なルタが、いざというときは自分を心配してくれた。

 まったく、ルタも可愛いところあるじゃん……などと考え、頬が緩んでしまうのだった。


「うんうん、まあ、ルタはツンデレ気質だもんな」


「ツン……デレ……? なんじゃ、それは」


「うーん、ノーコメント」


 カズキはあえて、説明はしないでおいた。


 そして、ここでカズキと呼んでくれ、などという野暮なことも言わないでおく。

 ルタの性格を考えれば、あまり冷やかしてしまうとヘソを曲げて、面倒なことになるからである。


 本人も無自覚なまま、呼びたいときに呼ばれればそれでいい――カズキはそう考え、ニヤニヤを奥歯を噛んで抑えつつ、喜びを胸の奥にしまった。


「なんなんじゃ、まったく……傷にばい菌でも入って、おかしくなってしまったかの?」


 未だ、怪訝な顔をしているルタだったが、すでにカズキはどこ吹く風、といった表情で、辺りの景色へ視線を彷徨わせていた。


「あ、街だぞ。ほら、行こうぜ!」


 カズキは自らの手当を終え、荷物を担ぎ直すと、歩みを速めた。


「待てい! わしを置いていくでない!」


 慌てるルタ。荷袋を背負っているカズキの後を追う。

 少しだけその背中は、逞しくなったように思えた。




    †    †    †    †




 カズキとルタの眼前には、切り立った岩壁がそびえ立っていた。


 その様相はいわば自然の要塞で、岩壁の最上層に巨大な侯爵家の城のような屋敷が建ち、中層には、屋敷を下から取り囲むように、付き従う形で豪邸が立ち並んでいる。

 下層には、人が賑わい、簡素な住宅や出店でみせが立ち並び、荷馬車や行商人が行き交い、活気が溢れていた。


 下層の目抜き通りへの入り口には、アーチ状の看板がかけられ『ハンズロストック』と書かれていた。


「到着だな」


 看板を見たカズキが、一息ついたように言った。

 岩壁の向こう側の状況は伺い知れなかったが、建つ家々の見た目が、ここに住まう人々の生活水準の高さを物語っていた。


「ここは、ジプロニカ王国で唯一、自治権を認められている貴族領らしい。その名の通り、ロストック家が治めているようじゃ。現領主であるヒムルイ・ロストックは、ジプロニカ王と懇意の間柄じゃ」


 ルタはどうやら星の声を聞く民の老人から、色々と聞いていたらしい。

 この街の情勢にも、ある程度詳しいようだった。


「あの王様と……」


 カズキは今の話で、あまり良い印象を抱けなかった。


 見栄や保身を最優先に考える、あの男と親しくしている時点で、その者の性根も窺い知れる……印象から他人を判断するのは良くないことだとわかってはいたが、あの意地汚い顔を思い出すと、どうしてもそんなイメージを抱いてしまう。


「ここに突っ立っていても仕方ない。宿じゃ、宿。最高級スイートを所望じゃ」


「急にミーハーだなオイ」


 カズキの心中の不快感を察したのか、ルタが明るい声で話題を変える。

 ルタの望みに対して小言で返したカズキだったが、確かに、高級な宿であれば人目に触れる機会も制限されるし、ゆっくり手当てもできるな、とも考えていた。


「よし、じゃあせっかくだから、良いとこ泊まるか」


「そうこなくては!」


「……とは言ったものの、どうやって探せばいいんだ……?」


 カズキは途方に暮れた。


 この世界には当然、スマホやパソコンなどの検索機器がない。

 一度、家族旅行の際に一番暇そうだからと言う理由で、カズキが宿泊先の予約をしたことがあったが、あんなに便利に予約が取れるわけもない……いったいどうすればいいのだろう。


 と、カズキが頭を抱えていると。


「こういう時は酒場に行くものと相場が決まっておる」


 ルタがドヤ顔で、腕を組んで言い放つ。


「魅力的ではあるが……目立っちまわないか?」


 ファンタジー世界の酒場といえば。

 漫画やアニメのコンテンツに触れた者ならば皆、等しく憧れ、一度は行ってみたいと願う、魅力が詰まった場所だ。


 だが、それでは人目についてしまう可能性があった。

 いくら絶対一度は行きたい場所とは言え、生活を脅かしてまで行くことはあまり賛成できなかった。


 今このときはカズキにとって、ゲームのファンタジー世界ではなく、れっきとした現実であるからだ。

 セーブもロードも、することはできない。


「ふん、うぬは世間知らずじゃのう。酒場のような場所では皆、他人など気にしておらん。それにの、うぬの世界じゃどうだったか知らんが、ここでは酒場の上が宿になっているのが常なのじゃぞ」


「それは一理あるけど……」


 カズキは、RPGでよく登場する、酒場と宿屋が一緒になっている建物を思い出した。


「つか、ルタは行ったことあんの?」


「ない。だから行きたいのじゃ!」


「あ、やっぱり……」


 成人したばかりのドラゴン族も、やはりカズキと同じく酒場に行きたくなるようだった。

 これまでにないほど、ルタの青い瞳が煌めていた。


「なら……行ってみるか!」


「そうこなくては!」


 カズキとルタは二人とも、自分の欲望に従うことにした。


 その後、すぐに酒場を見つけた二人は、勇み足で突入した。


「いらっしゃいませ~。お好きな席へどうぞ~」


「うおぉ!?」


 入店してすぐ、カズキが驚かされたのは、給仕係の姿だった。

 なんと、耳が頭の上に生えており、しかも――猫耳だったのである。


 正真正銘の、亜人あじん


 猫耳の女性が、メイド服のようなものを着て、客に料理や飲み物を提供して回っているのだ。しかも猫耳だけでなく、兎耳うさみみや犬耳の者までおり、カズキはずっと目で追ってしまっていた。


 秋葉原のメイド喫茶に、社会勉強と称して一度だけ行ったことがあったが、今回の衝撃はそのときとは比べ物にならなかった。


 猫耳メイドって、素敵だ……猫耳メイドって、素敵だ!!


 大切なことなので二回、心の中で唱えるカズキであった。


「まったく、亜人くらいで鼻の下を伸ばしおって。世間知らずじゃのう」


「世間知らずで結構。亜人の美少女の姿を目に焼き付けておかなければ……!」


 店員に見とれるカズキを、ジト目で睨むルタ。しかしカズキは意に介さず、ひたすら鼻の下を伸ばして、忙しなく働く亜人の美女たちを目で追っていた。


 酒場って、最高――急に大人の階段を一段上ったカズキなのだった。


「ホホホ、そこのお二人、宿をお探しではありませんか?」


 と。

 他愛のない話をしていた二人の元へ、身なりの良いスキンヘッドの男が、声をかけてきた。

 ルタが慌てて、フードを深くかぶり直す。


「……探してますけど、なぜ僕らに声をかけたんですか?」


 酒場は冒険者風の者や町人らで賑わっており、二人以外にも客になりそうな連中は大勢いた。

 カズキは訝しみ、低い声で訊ねる。


「おっと、怪しまないでいただきたい。私、この街を治めるロストック家の分家の者です。この街一、由緒正しい者と思っていただいて差し支えございませんぞ、ホホ。ご心配なされるな」


 男はカズキの警戒心を悟り、顔に笑みを浮かべて揉み手した。

 それでいてどこか、自分を蔑むことは許さないといった傲慢さが、目の奥に感じられた。


「私は、ロストック家の古い屋敷をいくつか所有しているのですがな、ホホ。いかんせん、広すぎて持て余しておるのです。部屋がいくつも余っておりまして……そこで、空き部屋を使った商売を思いついたのです」


 スラスラと、営業トークらしきものを繰り広げるスキンヘッドの男。


「旅の方に部屋を貸し、奉仕させて頂いて、その分の金銭をいただく……要するに、宿貸しで一儲けしようと考えておりましてな、ホホホ。

 そこで今回、はじめて屋敷に迎え入れるお客様を探そうと、まぁ言うなればここで品定めをさせていただいたわけです。お二人に声をかけさせていただいたのは、お二人が一番、この酒場の中で気品があったからでございますよ、ホホ」


 得意げに、口元の髭をいじる男。視線が、テーブルの膨れあがった銭袋へと向いた。

 カズキは咄嗟に、袋の口をぐっと掴んだ。


「ほほう、よくわかっておる」


 男の言葉に、なぜかルタが自慢げに相槌を打つ。


「……ばか。静かにしてろ」


「んな、ばかとはなんじゃ――」


「しっ!」


 隣でカズキが、小声で制止する。


「私も、小さい商売をしようとは考えておりませんでな。できるなら、大きく商売をして一旗あげたい。よって、気品溢れるお二人こそ、我が宿には相応しいと考えた次第なのでございますよ、ホホホ」


「…………」


 カズキはあまり、男を信用していなかった。

 ロストック家と関りがある、というのが最たる理由だ。

 だが、宿探しに苦慮していたのも事実だ。今現在も、肩の傷がじくじくと痛んでもいる。


 迷い、カズキが決めあぐねていると、ルタが身を寄せ、耳打ちをしてきた。


「ロストック家の者であれば、この街の歴史にも詳しいじゃろう。幻獣伝説について調べるには、色々と都合が良いと思うがの」


「……確かに」


 ルタの提案に、カズキは乗ることにした。

 何であれ、ここでいつまでも亜人美女を眺めているわけにもいかなかったからだ。


「わかりました。それじゃあ、案内を頼みます」


「あぁ、ありがとうございます。それではさっそく参りましょう。ささ、外に馬車を用意しておりますのでな、ホホ」


 席を立ち、スキンヘッドの男の背について行くことを決めたカズキとルタ。

 支払いを済ませ、男が準備していた馬車に乗り、岩壁の高台にあるという屋敷を目指した。



 が。

 二人はこのとき、失念してしまっていた。


 相手が、人間であるということを。




貴重なお時間をこの作品に使ってくださり、ありがとうございます。

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