168 転生者、カズキ・トウワ
ふと、意識が覚醒する。
同時に、夢の中にいるような浮遊感がある。
目を開けた。
だが何かが見える、ということはなく、視界は発光したような純白で塗りつぶされていた。
「ここ……どこだ?」
真っ白な世界の中、カズキは自分が存在することを確かめるように声を発した。
「やあ、カズキ」
応えるように、もう聞き慣れたと言っていいあの声が聞こえた。
声は軽薄であり、それでいてどこか威厳のある、相変わらず掴みどころのない雰囲気を醸し出していた。
「……勝ったのか? ハイレザー・ハイディーンに」
カズキは声に聞いた。なぜなら、今この瞬間までの記憶が曖昧だったからだ。
自分の肉体は活動しているはずなのに、精神だけが休止状態を強いられていたような、そんな気分だった。
「勝ち負けじゃないよ、カズキ。僕は魂力の循環を、自然な形に戻しただけさ」
声は平坦に言う。
「そっか……ありがとう。俺じゃ、何もできなかったから」
カズキは感謝と無念を、同時に伝えた。
自分の力では結局、ハイディーンを止めることができなかった――その悔恨が心の中にわだかまっていた。
途端、ふわりとカズキの目の前に自分――“カズキ”が現れた。
「こうして顔を見せるのははじめてかな?」
「あ、あぁ……」
驚き、戸惑うことしかできないカズキ。
目の前の自分と思しき存在は、ハイディーンの魂装真名による影響か、白髪で、かなり歳を取っているように感じられた。
「カズキ、君は僕の生まれ変わりだ」
「え……?」
声は、カズキに語り掛ける。自分と同じ顔の存在が自分に対して言葉を紡ぐという、奇妙な状況だった。
「僕はこの世界で最初に魂力を見つけ、操り、体系化した。歴史家や研究者の間では《魂力の始祖》と呼ばれているよ」
「魂力の、始祖……」
自らが、この世界における魂力の原理を創出した者の生まれ変わりであるという事実。
カズキにとってはかなり衝撃的な事実だったが、まだ実感が伴っていなかった。
聞いた言葉を、ただそのまま繰り返すことしかできない。
「『星の声を聞く民』も、僕が旅をしながら行く先々の人々に魂力を伝え回っていたのがはじまりさ。名前自体は後年に、誰かが命名したものではあるけれどね」
滔々と語り続ける、目の前の“カズキ”。
聞く側のカズキが口を挟む余地はない。
「彼らの信念の一つに、生まれ変わりを信じるというものがある。君がよく知る言葉で言うなら『転生』というやつだね。それは魂力こそが生命の本質であり、生物の魂の輪廻をも司っている、という意図からだ。さらに言えば、肉体は魂の器に過ぎない、ということも暗に示しているわけだね」
白髪の“カズキ”は厳かな見た目にそぐわない軽薄な調子で話した。
「生まれ、変わり……まさか、アンタが転生したのが、俺…………?」
「その通り。理解が早くて助かるよ」
またも衝撃の事実がカズキの脳を揺らす。
自分が、《魂力の始祖》と呼ばれる者の生まれ変わり――喉が引っ掛かるような感じがして、言葉を続けることができない。
しかし頭の片隅で、なぜか腑に落ちている自分もいた。
この世界に来た意味、魂力や魂装への適応力の高さ、この世界を歩む中で妙な愛着が湧いてきたことなど、全てのことに合点がいく――カズキは異様な精神状態の中、やけに冷静に物事を把握していく自分に気付いた。
それこそが、自分自身がこの世界に元居た魂が転生したことを表しているのかもしれない。
カズキは、深く息を吐いた。
「で、ここからが本題さ。今僕たちが宿っているこの肉体を――どうする?」
白髪の“カズキ”は、殊更に軽い雰囲気で尋ねてきた。
「どうするって……?」
カズキは質問の意味を掴みかねる。
「単刀直入に言うと、一つの肉体に二つの魂は相容れない。これからこの世界でこの身体で生きていくのは僕なのか、君なのか。選択する必要がある」
今度は至極真面目な雰囲気で、目の前の“カズキ”は聞いてきた。
「僕が戻ったからには、この世界の理不尽や不条理、混沌とした魂力の循環を正すつもりだ。人の世も、少しはマシにできると思う。そのぐらいの力はあるからね。その点は安心してほしい」
カズキの心中にある疑問、不安の一つを、聞くこともなく眼前の“カズキ”が先んじて答える。魂力を読んで会話をしているのだろう。
「それと、もし僕がここに残ることになれば、君の魂はこの世界の輪廻からは外れて、元居た世界の輪廻に再度組み込まれることになると思う。要するに、元の世界に帰れる、ということさ」
「え、マジか!?」
告げられた事実に、思わずカズキは声を出す。
「でもその代わり、この世界には二度と来ることはできないと思ってくれ。君と僕の魂は完全に決別し、違う世界の輪廻に組み込まれるわけだからね」
「に、二度と……」
次々に提示される、無慈悲なほどの真実。
カズキは一瞬、意識が圧迫されるような眩暈がした。
「君が残りたいと言うのならそれでも構わないよ。僕が別世界の輪廻に魂を移せばいいのだから。ただ申し訳ないけれど、魂力を残してあげることはできない」
「それって、魂装とかできなくなるって、ことか?」
カズキはもはや元の手以上に自在に操っている魂力の右手を動かしたあと、“カズキ”の目を見据えた。
「ああ。魂装も魂装真名も使えなくなる。魂力の量もほぼ零になって、これまでのような戦い方は無理になると思う」
「…………!」
今まで培ってきた戦闘スキルも、魂力の扱いも、無に帰す。
一番衝撃的な事実に、さすがに項垂れる。
「……この、右手と左眼も?」
恐る恐る、カズキは聞く。
「いや、そればかりはそうなった責任が僕にもあるからね。最後の手向けとして、僕の魂力で特別に義手と義眼をプレゼントするよ。どこの世界でも使えるよう、君から魂力を送り込まずとも、君の魂の意志や意図に反応するように制作しておく」
「……ありがとう」
それならば、元の世界に戻ったとしてもほとんど不自由なく暮らせそうだ――カズキはぼんやりと、そんなことを考えている自分がいるのを自覚した。
「さて、そろそろ時空間的に限界だ。決断をしてもらうよ」
少し首を傾げながら“カズキ”は悪戯っぽく微笑んだ。
選択の時が、来たのだろう。
カズキは応えるように、微苦笑を浮かべる。
仕方ない、真の本音に向き合おう――カズキは期せずして、魂装の基本とも言える意識に心が向き合っていた。
「君がどんな判断をするにしろ――」
目の前の“カズキ”ははじめて見せるような、ハッキリとした明るい表情で、大きく深呼吸をした。
「色々言ったけれどね、魂力はまだまだ僕すら知らない未知の部分が多い。奇跡でも起きて、もしまた会う事があれば……その時はよろしく頼むよ、カズキ」
そう言い、差し出された“カズキ”の左手。
カズキもそれを、握り返す。
「ああ。こちらこそ」
「それじゃ、心で願ってくれ。次に目覚めたときには、それぞれの世界が迎えてくれるよ」
最後の言葉は、消えゆく蛍の光のように、徐々に小さくなっていった。
カズキは意識を集中し、目を閉じた。
「俺は――――」
心の奥底で、イメージし、願った。
……………………。
…………。
……。
意識が、白く塗りつぶされていった。
貴重なお時間をこの作品に使ってくださり、ありがとうございます。




