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無能勇者の復讐譚 ~異世界で捨てられた少年は反逆を誓う~  作者: 葵 咲九
第四章 ハイデュテッド侵攻編

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167 神王の終焉


 空間に満ちる魂力チャクラが、カズキの呼吸に合わせて踊るように走り出す。

 カズキの《魂装カルマの義眼》である左眼には、まるで大地を流星群が覆っていくかのような景色が広がっていた。



 全ての魂力が、カズキの意のままだった。



「なんだ、なにが起こっている!?」


 先程までハイデュテッドの本陣だった場所には、様々な色、濃度、質感のあらゆる魂力が入り乱れ、半ば異次元と呼べる特異な空間に変化していた。取り残されたハイディーンは、ほとんど呆然自失の体で叫ぶ。


 すでにここは、常人が正常を保って存在できるところではなくなっていた。


 魂力が語り、踊り、接近する。

 人間の矮小な感覚でそこに入ろうものなら、精神が崩壊してしまいかねないような場所になっていた。


「出せ、ここから出せぇ!!」


 感情的に叫び、ハイディーンは藻掻くように両手を振り乱した。


魂装カルマアグニ!!」


 焦るように魂装を発動させ、白銀の剣と盾を出現させる。半ば身体に抱くように引き寄せ、窮屈そうに身構えた。その姿はまるで、心細い幼子が親の腕にすがりついているように見えた。


「私は、私は神なのだ……選ばれたのだ」


 独り言のように呟きを繰り返し、身体を震わせているハイディーン。

 その姿はもはや神などではなく、未知の恐怖に怯える一人の人間そのものだった。


「諦めよう、ハイレザー・ハイディーン。君の時代は終わったんだ」


「終わりなどない! 永遠だ、私は永遠なのだっ!!」


「終わりのない命に価値などないよ。それはもう命ではない別の何かだ」


「そうだ、私は命を超越した神、人間の概念をはるかに超える存在なのだッ!!」


 グレートソードを振り乱し、ハイディーンは乱暴に主張する。


「……違うだろう? 僕の前では無理をしなくていい。魂力を通じて全て“解る”」


「わかる、だと?」


 カズキの声を、ハイディーンは訝しむ。


「君はずっと、誰かに認めてほしかっただけだ。母親に拒絶されたあの日から、ずっとずっと誰かに受け入れてほしかっただけだろう」


 紡がれた言葉を認識した途端、ハイディーンの表情が歪んだ。

 憎悪、憤怒、殺意――それだけではなく、どこか悲哀と焦燥も入り混じったような、至極人間臭いものだった。


「……違うッ!!」


 ハイディーンは今し方の感情を否定するかのように、声の限り叫ぶ。

 周囲の魂力が驚いたように揺れた。


「違わないよ。魂力を通してれてしまうからね。君は自分が唯一この世界で愛していた人に拒絶された苦しみに、ずっと囚われている。君の生き方、行動は全て、人間によくある『深層心理にある自分自身の感情を素直に受け入れられない』という、逃避行動に他ならない。

 君はどこまでも愛に飢えていながらその渇きを恥じ、今度はそれを隠す為に自らの能力に陶酔していった。権力を求め盲目になり、神と自称し憧憬と賞賛を集めることで、自らの矮小さから逃れようとしてきたんだ」


「違うッ、違うぅッ!!」


 痛烈と表現できる言葉の数々に、ハイディーンは駄々をこねるように白銀の剣を振り回した。しかし、ふらりと上げたカズキの右手によって、魂装武器カルマ・ウェポンであるグレートソードはかき消えた。



 全ての魂力は思いのまま――圧倒的なカズキの魂装真名カルマ・ヴェーダの力だった。



「残念だよ。真に力強い魂力は、自分の本当の気持ち、嘘偽りのない本音と向き合うことによって手に入れられる。君がそれに目を向けていられたら……僕らの《魂全統一デーヴァター》にも対抗しうる魂装遣カルマつかいになれただろうに」


 カズキは寂しげに言葉を落とし、震えているハイディーンに向けてもう一度右手を向けた。それはまるで、旅立つ者の背に花束を手向けるかのような仕草に思えた。


「それだけ君には、魂力の才覚があったんだ」


「……魂装、燃! 魂装、燃ィ!」


 慟哭して喚くハイディーン。

 しかしその両手から、魂装武具カルマ・アームズが出現することはない。


「魂力に愛された子よ。安らかに」


 カズキの声に合わせて、周囲の魂力が空へと舞い上がった。その現象に合わせて、ハイディーンの身体からも魂力が消失していく。


 いや、消え去るのは魂力だけではなかった。

 ハイディーンの身体から――生気が失われていった。


「ああぁ、あああああぁぁぁぁぁ!!」


 若々しい肌艶が失われ、干からび、乾き切っていくハイディーンの肉体。一切の水気が失われ、皮膚は岩肌のような質感へと変化する。

 痛々しい悲鳴を上げ続けても、魂力の奔流を止めるには至らない。


「君がこれまでに奪ってきた人の時間、魂力を還るべき大地に還した。君は個体としての本来の寿命を迎える」


 上げていた右手を、カズキが下げた。魂力のうねりが止む。


 右手は金、銀、銅と変幻自在に色を変える。今度は白、黒、青、青、緑、黄色。

 全ての魂力を統べるがゆえ、あらゆる色彩を表現していた。


「あ、が……あ、ぁ…………」


 水分が枯渇し切ったハイディーンの身体は、あたかも数千年の時を超えたミイラのような様相を呈していた。


「カズキ……カズキ・トウワ…………」


 それでもハイディーンは、最後の魂を燃やす。

 引き千切れんばかりの咆哮で、他者の心に言葉を刻み込もうとする。


「絶対にィッ、絶対に蘇りィィ! 私はァお前を殺すぞォォォォッ!!」


 その雄叫びを契機として――ハイディーンの身体が崩壊した。


 雷鳴に打たれた木々のように張り裂け、ひび割れ、粒子となって中空に雲散霧消していった。


 魂力によって保たれていた肉体が、その支えを失って自然に還ったのだろう。

 後には、穏やかな静寂だけが残っていた。


 ――風が、塵芥ちりあくたを運び去る。


 その日、ハイデュテッドを超大国へと躍進させた神王、ハイレザー・ハイディーンは死んだ。魔族たちが待ち望んだ勝利を、ようやく手にした瞬間だった。


「……生まれ変わったら、また会おう。ハイレザー・ハイディーン」


 カズキの小さな呟きは、誰に聞こえることもなかった。





貴重なお時間をこの作品に使ってくださり、ありがとうございます。

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