166 決戦、ハイレザー・ハイディーン⑧
「貴様は……何者だ?」
ハイディーンはほぼ無意識に、一歩後退っていた。
無理もない。
確かに死亡したはずのカズキ・トウワが、ゆらりと立ち上がっていたのだから。
「…………っ」
しかし同時に、ハイディーンの中には愉悦にも似た感情が湧き上がっていた。
自分をコケにしたカズキ・トウワ、その本性が現れたと思ったからだ。
これで真なる復讐を遂行することができる――ハイディーンは口の端を歪めた。
「相変わらず、空気が濁っている。世界はかなり汚れてしまったみたいだね」
ハイディーンの眼前でカズキは、ゆっくりと呼吸しながら歩き出した。
ゆらり、とした独特の歩行は、存在そのものがまるで宙に浮いているかのような、掴みどころのない感覚を他者に与えてくる。
確かにそこにいるが、実際にはいないような不気味な存在感。
ハイディーンの《空間途絶》による影響から、髪が白く変化したままなのも、その怖気に拍車をかけていた。
白髪の幽鬼――そんな形容が自ずと浮かぶような、そんな様をしていた。
「……私の質問に、答えろ!」
自分を意に介した様子のないカズキに、ハイディーンは声を張り上げる。
「魂装、燃!」
瞬時に魂装し、白銀の剣と盾を出現させる。
グレートソードを大上段に構え、カズキへ向けて自らの刃を叩き込もうと踏み込む。
が。
「そう急くなよ」
「ッ!?」
ハイディーンが勢いよく振り下げた剣は、カズキが視線をこちらに向けた途端に粒子となってかき消えた。
自らの剣が中空に消えていくのを、ハイディーンは呆けたように目で追うことしかできない。
「貴様ぁ……魂装、燃ッ!」
動揺を打ち消そうと、再び約束の文言を叫ぶハイディーン。
消え失せた白銀のグレートソードが、再度手の中に現れた。
「その首を大罪人として、公衆の面前に晒してやるッ!!」
悠然と佇んでいるカズキの首筋に向けて、とびきりの憎悪を込めて横薙ぎに振り抜く。
奴の首は分断され、無様に地に転がる――そう考えていたが。
「無駄だよ」
「な……ッ?」
やはりハイディーンの手からは、剣が消え失せていた。
そしてカズキには、一切の変化が見られなかった。首はなんの問題もなく身体と離れることなくそこにある。
影響を及ぼすに値しない――そう言われている気さえした。
怒りからか、カズキを睨みつけるハイディーン。
対してカズキはわざとらしく首を回してみせた。
ブヂ、と血管の切れる音がする。
「貴様はぁぁ……いったい何者なのだと聞いているッ!?」
ヒステリックな叫びも、カズキはまったく意に介する様子はない。
「殺す、殺す殺す…………殺す!!」
プライド、尊厳を踏みにじられたハイディーンは、ありったけの魂力を持って再度の魂装を行う。
収斂していく高濃度の魂力が、ハイディーンの両足から大地へ伝わり、地鳴りのような振動を巻き起こす。
「やはりかなりの才能を持っている。なかなかの魂力だ」
賞賛するような言葉を紡ぐカズキだったが、今のハイディーンにとっては愚弄されているようにしか感じない。眉間に入っていた力が、さらに色濃く深くなる。
「無に還るがいい! 《空間途絶》ッ!!」
このときはじめてハイディーンは、全身全霊の力をもって一人の対象へと殺意を向けた。
母以外の人間を、はじめて一個人として意識していた。
莫大な殺気が、カズキへと襲いかかった。
† † † †
ハイデュテッドの神王、ハイレザー・ハイディーンの必殺の魂装真名《空間途絶》の後には、鼠一匹生き残ることはできない。
そのはずだった。
しかし――カズキは立っていた。
穏やかに、それでいて厳かに。
神と自称するハイディーンの存在など、すでに凌駕しているかのように。
「なんなんだ……なんなんだ貴様はぁぁ!?」
カズキの鼓膜を、ハイディーンの咆哮が震わせる。
もはや金切り声とも表現できる必死の叫びに、カズキは淡々と応える。
「僕は魂力そのものに近い。魂力を操って力を誇示している君に勝ち目はないよ」
「私を……か、神であるこの私を、馬鹿にするなぁぁぁぁ!!」
瞳孔を大きく見開き、ハイディーンが向かってくる。
ゆっくりとカズキは右手を上げ、正面に向ける。
戦場に、一陣の風が吹いた。
「カズキ……わかるよ。思い出したんだね。そう、これが君の――僕らの魂装真名だ」
穏やかな笑みの中、約束の言葉が紡がれる。
声を、世界が受けとめる。
――――《魂全統一》
零れ落ちた真名が、カズキを中心に広がっていく。
全ての魂力が、共鳴し、歓喜し、色づいていった。
貴重なお時間をこの作品に使ってくださり、ありがとうございます。




