165 決戦、ハイレザー・ハイディーン⑦
「そろそろ戯れも終わりだな」
ルタ達を絶望へと叩き落すハイディーンの言葉。
この瞬間まで自分たちが生き永らえていたのは所詮、この神に等しき力を持つ男の酔狂ゆえだった――そんなどうしようもない事実を突きつけられる。
ルフィアは気を失い、無残にも倒れ伏している。
善戦していたカザスタヌフも血濡れて頽れた。
唯一の対抗策として切り札だったはずのアルアも通用しなくなった。
――ならばもう自分しか、立ち上がるべき者はいないではないか。
「動け……うご、けぇ……!!」
ルタは最後の力を振り絞るように、下半身に力を込める。
膝を震わせながら、なんとか立ち上がる。
しかしその様は頼りなく、敵に立ち向かえるような勇猛さなど微塵も感じられなかった。
「惨めにも、まだ歯向かうか」
「当然、じゃ……」
まだルタには、最後の秘策があった。
それは、攻撃と回復を兼ねる強力な魂装真名である《世界火葬》を完全開放することだ。
力を解き放ってしまえば、自分という存在は炎に飲まれて消え失せる。
カズキとの約束を、今度は本当に破ることになってしまうが……ルタは視界の端で横たわるカズキの亡骸へと視線を向かわせた。
「このまま、この不条理に敗けるよりは……のう、カズキ?」
痛みか疲れか、奥歯が上手くかみ合わない。かちかちと震えて鳴る音を他人のもののように聞きながら、ルタは覚悟を決めて眼を閉じた。
――まだ、微かに魂力がある。これならば。
ルタは自らの奥底に揺蕩う微小な魂力を、最後の気力で練り上げた。
「世界、火――」
しかし。
「甘い」
「ふぐっ」
突如として眼前に現れたハイディーンの掌によって、口を塞がれる。顎をホールドされるような形で鷲掴みにされ、そのままルタの身体が浮き上がった。
「貴様の真名も、二度も通用すると思うな」
「……っ!」
持ち上げられたルタに成す術はなく、両足をばたつかせて足掻く以外にできることはなかった。
「終わりだ」
ハイディーンは緩く微笑む。
「カ…………キ……!」
最後の力を振り絞り、ルタは喉の奥から声を絞り出した。
只でさえ誰にも聞こえなかったであろうその小さな声は、続くハイディーンの絶望をもたらす真名により、容易くかき消されてしまった。
「《空間途絶》」
呟かれた瞬間、この場にいる全ての者の時間――命が奪われた。
† † † †
「…………なんだ?」
土埃が煙る戦場に、ハイディーンの焦ったような声が零れ落ちた。
自らの手で蹂躙していたはずの金髪の小娘がなぜか消え去り、言いようのない不快感だけが背筋を震わせている。
神であるこの私を威圧するなど、万死に値する。
どこのどいつだ?
そう思いハイディーンは、注意深く辺りを見回した。
先程までと同じく、魔族どもの死体が転がって……いや、違う。
浅い呼吸音がそれぞれから確かに聞こえてくる。
奴らはなぜ、まだ生きているのか?
私の《空間途絶》が、息の根を止めたはずでは――ハイディーンの思考は一瞬混乱した。
じゃり。
誰かが石礫を踏んだような短い音に思わず振り向く。
「…………っ!」
今度こそ明確に、ハイディーンの背筋を寒気が走った。
振り返った先には――
カズキ・トウワが、立っていた。
足元には金と銀の髪の少女が二人、横たえられている。
「フゥ―……」
幽鬼と見紛うようなその身体が、ゆっくりと息を吐き出す。
周囲の魂力がさざ波のように、凪いでいる。
妙な静けさが、辺りを包んだ。
「ようやく、受肉を終えたよ。――さあ、終わりにしよう」
この世で最も忌むべき声が、ハイディーンの鼓膜を震わせた。
貴重なお時間をこの作品に使ってくださり、ありがとうございます。




