164 決戦、ハイレザー・ハイディーン⑥
ガルカザン・カザスタヌフの魂装武具である巨大なタワーシールドの影から、アルア・アルマグドが飛び出し、《呪停無》を放つ。
そうすることでハイレザー・ハイディーンの魂力を停止させ、時間停止による絶対的な優位性を崩壊させる――それが密かに計画していた作戦だった。
「これで勝ったも同然よ!」
《呪停無》を直撃させ、勝利を確信するアルア。勝鬨を上げながら華麗に着地する。
「一気に決めるわよ、ガルカザン!」
「おぉ、いくぞぉおらああぁぁぁぁ!!」
アルアの声に応えるように、カザスタヌフが大腕を振り回しながら叫んだ。アルアの安全を確保しつつ動く必要がなくなり、その巨体からは躍動感が増していた。
すかさず、カザスタヌフは盾をブーメランのように放り投げる。
大質量の盾がいとも簡単に放られ、ハイディーンも一瞬気を取られる。
「こっちだぞぉぉ!」
「……ッ!」
その隙を逃さず、カザスタヌフがハイディーンへと突進する。対して、すかさず防御姿勢を取るハイディーン。
しかし背後から、投げられた盾が風を切り裂いて向かってきていた。
盾と拳の同時攻撃が、ハイディーンへと襲い掛かった。
「……なッ!?」
「くらえ――巨盾挟撃拳ォォォォ!!」
カザスタヌフの怒号の後には、地響きのような衝撃音が続いた。
土煙が立ち込め、視界が遮られる。
「やった、のか……?」
カザスタヌフたちの連携攻撃を見ていたルタが、痛む身体をなんとか起こした。立ち昇った土埃のせいでまだ様子は窺えないが、あれだけの圧力で攻め立てれば――唾を飲み込んだルタの喉が、ごきゅ、と鳴った。
煙が引いていき、辺りの状況が次第にわかってくる。
ルタの視界に飛び込んできたのは――
「…………な、なぜ、じゃ……?」
白銀の剣で脇腹を貫かれた、カザスタヌフの背中だった。
「ぐぁ……ッ」
「先程までのやせ我慢はどうした?」
カザスタヌフの巨体から剣を引き抜きながら、ハイディーンは挑発するような台詞を言い放つ。刃の差し貫かれた箇所から、血飛沫が上る。カザスタヌフの巨体が、膝から崩れるように倒れ伏した。
「他愛もないな」
小さく微笑みながら、ハイディーンは瞬時に場所を移動した――このように見えるということは、ハイディーンの魂装真名が問題なく発動されているということ。
つまりアルアの《呪停無》が――効いていないということだった。
「あ、ぐっ……!」
時間を停止され、カザスタヌフのように攻撃を受けて倒れ伏していたアルアの元に、ハイディーンは一瞬で移動する。そして彼女の髪の毛を乱暴に掴んで持ち上げ、顔を睨め付けるようにした。
その際、髪の切れる痛々しい音が、ルタの耳にまで届いた。
「痛っ……!」
「魔族の牝が。貴様程度の真名に二度も屈するとでも思ったのか?」
「ど、どうして……?」
「単純な理屈だ。強者が弱者の力に屈するわけがなかろう?」
ハイディーンはまったく動じないまま言い切った。
圧倒的な力の差により、アルアの《呪停無》が通用しなくなった――ハイディーンはそうして、自らの力の圧倒的上昇を示した。
「そんな……」
絶望がアルアの表情を支配する。
瞳には涙が溜まり、口元は悔しさから噛み締められ震えはじめる。
エルドラークの仇を取るために、今日までどれだけの想いでいたのか。
アルアの気持ちを推し量り、ルタは憎きハイディーンを睨みつける。
ハイディーンに掴み上げられたまま顔を歪めているアルアを助ける――ルタは心の底で闘志を燃やした。
しかし……身体は思うように動かない。
「なぜ……なぜじゃ……!」
悔しさのあまり、ルタの視界も涙で滲んでくる。
なぜ、自分には力がないのか。
一つ一つの悔しさを自覚するたびに、目の端から滴が零れ落ちていく。
カズキ、お前なら今、どうする?
わしに教えてくれ――――カズキ!
――ドクン。
ルタが心底から願ったとき、周囲の魂力が震えた気がした。
おそらくそれは、魂力を読むことのできるルタにしか感じ取れないような、本当に微細な振動だった。
しかし確実に、その変化はあった。
戸惑いの中、ルタは周辺を確認するように視線を這わせる。
と。
ハイディーンが嗜虐的な微笑みを浮かべたまま、白銀のグレートソードを掲げた。
「そろそろ、戯れも終わりだな」
刃が閃き、死の宣告が落とされる。
皆の命が、尽きかけていた。
貴重なお時間をこの作品に使ってくださり、ありがとうございます。




