163 決戦、ハイレザー・ハイディーン⑤
乾いた風が戦場を吹き荒ぶ。
幾重にも折り重なった遺骸が、干からびていく。
「く、そ……っ」
「…………」
「口ほどにもないな」
ハイデュテッド本陣には、仁王立ちするハイレザー・ハイディーンがいた。
その足元では、金と銀の美女――ルタとルフィアが呻くように転がされている。
二人は、何度も何度も神王に果敢に挑んだ。
その度に歯牙にもかけぬ様子で跳ね返され、攻撃は一切届かず、吹き飛ばされた。
しかしそれでも二人は挑み続けた。カズキの仇を討とうと立ち向かった。
だが今、力は尽きた。
度重なる殴打、斬撃によって、心身はとうに限界を超えていた。
足が動かない。呼吸が苦しい。意識が朦朧とする。
かろうじて目を開けているルタが、這いつくばったままハイディーンを睨みつける。
ルフィアは失神しているのか、すでに意識を失くして倒れている。まだ息はある様子だった。
「もう足掻くな」
「足掻くに、決まって、おるわ……!」
地に伏したまま、腕の力だけでハイディーンへとにじり寄るルタ。自慢の金髪は血と泥にまみれ、もはや輝きは失われている。
「見苦しいな。……今楽にしてやる」
言い、ハイディーンは魂装武器であるグレートソードを掲げる。
白銀の刀身に金色の装飾を纏った剣は、神々しいまでに美しい。
「カズキ・トウワの元へ行くがいい」
微笑をたたえたハイディーン。
その剣が、ルタの首元へ振り下ろされ――
止まった。
刃の先に、巨大な盾――半ば壁に見える――が突如、出現していたからだ。
「俺らのことを忘れてもらっちゃ困るぜ。勘違い王様さんよぉ」
岩を擦り合わせたような、ドスの利いた声。
視界を覆う、熊以上の巨体。
「ガルカザン……!」
目の前に現れたガルカザン・カザスタヌフに、ルタが思わず声を上げる。
巨大なその背中が、いつも以上に頼もしく感じられた。
「……魂装道具による瞬間移動か。小賢しい」
剣を引き、距離を取ったハイディーンが忌々し気に呟いた。
「はん、魔族にとっちゃ最終決戦だ、魂装道具だって底つくまで使うぜ」
身体を解すようにカザスタヌフは腕を回した。大木のような両腕がゴリゴリと骨を鳴らした。
「嬢ちゃん、そこで見てな」
「恩に、着る……っ!」
言われて、ルタは力を振り絞って後方へ退避する。
「さぁて、今度は俺が相手だ」
一切の気負いも気兼ねもなく、カザスタヌフはハイディーンと対峙する。闘気は十分すぎるほどに充実していた。
魔族は本来、戦いを欲する種だ。
エルドラークとも互角に渡り合ったとされる彼なら、もしかすると……ルタの心に、淡い希望が灯った。
「おらぁぁぁ!!」
瞬間、カザスタヌフが大砲のように飛び出した。盾を両手で構え、その圧力で圧し潰そうという格好だ。
しかし当然、ハイディーンには届かない。
ひらりと横にどく形で、攻撃を気にする素振りすらない。
「カザスタヌフ、腕が!」
「ん?」
ルタの叫びに気づき、カザスタヌフは自らの右腕を見やる。肉が斜めに切り裂かれ、血が痛々しく滲んでいた。
「はは、こんなもん俺にとっちゃかすり傷だァァ!!」
力んだ腕から、さらに血が噴き出す。しかしカザスタヌフは気にも留めずギラついた目で、ハイディーンへと再度攻撃を繰り出す。
またも両手で巨大なタワーシールドを力強く握り込み、空気を切り裂くほどの速度で突っ込んでいく。喰らえばひとたまりもない大質量だ。
「低俗な生物だ」
だが、ハイディーンには微々たる焦りすらない。
カザスタヌフの重量級な一撃を毛ほどにも意に介することなく、再び場所を移動した。
「次は脚だ」
「んん?」
ハイディーンの言葉通り、今度はカザスタヌフの右足が切り裂かれていた。血がドクドクと流れ出る。
「ははぁ、これぐらいでようやく軟な人間と対等かぁ?」
「……強がるなよ、“野蛮な魔族”めが」
高揚しているカザスタヌフから挑発を受け、ハイディーンが不愉快そうに表情を歪めた。
「ははは! 野蛮で何が悪ぃんだぁ!? おらぁぁ!!」
大振りにカザスタヌフがシールドを振り回した。同時に、轟音と表現できる空気の圧が周囲へと拡散される。
それでも、思うまま時間を停止させているハイディーンに、攻撃が当たることはなかった。
しかし。
「――呪停無っ!!」
「っ!?」
自分に攻撃が当たるはずがない。
油断を超えて傲慢と言えるほどの余裕の中、ハイディーンは致命的な一撃をもらうこととなる。
死角――カザスタヌフのタワーシールドの裏側から、赤髪の魔女――アルア・アルマグドが飛び出した。ずっとカザスタヌフが両手で盾を掴んでいたのは、アルアを隠すためだったのだ。
そして即座に、触れた者の魂力を完全停止する魂装真名、《呪停無》を放った。
アルアの先鞭が、ハイディーンに直撃する。
形勢は、逆転した。
貴重なお時間をこの作品に使ってくださり、ありがとうございます。




