162 決戦、ハイレザー・ハイディーン④
「いやああぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
ルフィアが悲鳴を上げながら、その場に膝から崩れ落ちる。
「ハイディィィィンッ!!」
一方、ルタは殺気を迸らせ、ハイディーンへと突進する。
カズキの身体に剣が突き立てられ、魂力の波動が消失した。
いついかなる状況でも、必ず逆境を跳ね返してきたカズキを、ルタとルフィアは常に信じていた。
しかし、今回ばかりは生命の源と呼べる魂力を感じ取ることができない。
カズキの生命としての息吹が、感じられないのだ。
絶望は、色濃かった。
「安心するがいい。すぐに後を追わせてやる」
ルタとルフィアの叫びを受けたハイディーンは、微笑みを浮かべながら足元のカズキを蹴り転がした。
生気を失ったカズキの目が、虚空を見上げていた。
「っ、殺してやるッ!!」
激情に駆られたルタが、自らの魂力を昂らせていく。
金色の髪が流れるままに、同色の魂力が大量に流れ出る。
「魂装、燃!!」
ルタの両手に、魂装武器である双刃刀が現れる。さらに赤い炎がそれぞれの刃先から踊るように出現し、ルタ自身が燃える弾丸のような姿となった。
そのまま、ハイディーンへと突っ込んでいく。
「そう慌てるな」
ルタの初撃、双刃刀を脳天から二対同時に振り下ろす攻撃を、ハイディーンはグレートソードによって簡単に払いのけた。
攻撃をいなされたことで、ルタの体勢が崩れる。
そこへ。
「あぐっ!?」
ハイディーンはグレートソードを横薙ぎに払う。剣の腹で身体の側面を殴打される形となったルタは大きく横に吹っ飛ばされ、テントを巻き込むようにしてようやく止まった。
大きく土埃が上る。
「てやぁぁぁぁぁ!!」
今度はルフィアが裂帛の気合を込めて突撃する。
顔から悲しみは消え、烈火のごとく怒りが滲んでいた。
悲観しているだけの自分はもういらない。どんなときだって状況を変えるために行動するべきだということを、ルフィアはカズキの生き様から学んだ。
こんな時にこそ、足を動かし行動しなければ。
――カズキさんを、取り戻す!
しかし。
「慌てるなと言っている」
「いっ!」
ルフィアがハイディーン目がけて振り下ろした斧槍は、無情にも空を切る。瞬きの刹那に間合いに入り込んだハイディーンが、情け容赦なくルフィアの顔面を殴りつけた。
後方に弾き飛ばされ、ルフィアも砂と埃にまみれる。
「貴様ら、私の力を忘れたのか? 無謀が過ぎて、もはや笑える」
ハイディーンはたっぷりの余裕を漂わせながら、口角を吊り上げる。
「そんなことは、関係ないのじゃッ!!」
再び、ルタが気勢よく突進を敢行する。
砂埃を切り裂くように、ハイディーンへと双刃刀を振りかざす。
「いい加減学べ、愚民」
「ッがは!?」
しかしやはりと言うべきか、ルタの攻撃がハイディーンに届くことはない。
またも剣の腹で殴られ、ルタは豪快に吹っ飛ぶ。
「やあぁぁ!!」
今度はルフィアの二撃目がハイディーンへと伸びる。
だが、斧槍の刃は簡単にいなされ、ルフィアの身体が横に流れてしまう。
がら空きとなった鳩尾に、剣の柄による一撃が加えられる。
「か、はっ……」
息ができなくなったルフィアが、腹を抑えてその場に蹲る。全身の血の気が引き、顔色が青く変化していた。
「どう殺すのが、貴様らには相応しいだろうな」
「あぐっ」
ハイディーンがルフィアの銀髪を握り、乱暴に引き上げる。腕一本で吊るすような格好だ。
ぶちりぶちりと幾本の髪が千切れ、痛々しく零れ落ちた。
露わになったルフィアの顔に、ハイディーンは視線を合わせた。髪の毛を掴んだまま、自らの顔を近づける。
「美しいな」
言って、不気味に微笑む。
ルフィアの背筋を悪寒が走る。
「美しい女が命を散らした瞬間ほど、愉悦を感じるものはない」
そう言って笑ったハイディーンの顔に、ルフィアは心底から震えあがった。
狂気的な笑みは、怖気すら感じさせる。
「…………」
それでもルフィアは、自らを奮い立たせてハイディーンを睨みつけた。
翡翠色の瞳には、未だ強い意志が漲っている。
「……あなたが神だろうとなんだろうと、わたしたちの大切な人を奪ったのなら、許すわけにはいきません」
睨みつけたまま、ルフィアは言った。時折、声が震えてしまう。
「命の価値がわからない連中だな。この私と相まみえ、今生きているだけでも僥倖だというのに」
余興のつもりなのか、ハイディーンは楽しそうに会話に応じる。
「……わしらにとっては、神などという大仰なものも、大した価値はない」
ルフィアの後方から、ルタの声が聞こえる。
「神よりも、わしらは自分と、傍にいる誰かを信じてここまで来た。だから貴様がいくら神を自称しようと、わしらにとってはカズキを虐げた敵でしかない」
挑発的に紡がれるルタの言葉に、ハイディーンの眉間がビクリと反応する。
「私の存在を否定するとは……無価値にもほどがある」
「あぐっ!」
言い、ハイディーンはルフィアを投げ捨てる。すかさずルタが寄り添い、身体を支え合うようにして立ち上がる。
一方ハイディーンは、おもむろに両手を広げる。
その手に、魂力が収束していく。
握られた剣が、輝きを増す。
「魂装、燃」
ハイディーンの口から初めて、正式に、正統に呟かれた魂装の言葉。
膨大な魂力の熱が、ルタとルフィアの肌を焼く。
しかし、それでも二人が退くことはない。
「わしらを――」
「わたしたちを――」
呼吸を合わせ、叫ぶ。
「「舐めるなッ!!」」
貴重なお時間をこの作品に使ってくださり、ありがとうございます。




