161 決戦、ハイレザー・ハイディーン③
骨が砕け、肉が裂ける音が断続的に続く。
ハイディーンがひたすらに、カズキの肉体を痛めつけている。
一方的に蹂躙されているカズキに声はなく、ただ弄られるだけの肉の塊と化していた。
そこに人間の尊厳はない。
血と涎と埃にまみれて転がる汚物のような惨状は、もはや死ぬ方が楽と思えた。
暴行と悪逆を尽くされ、カズキの肉体は限界をとうに過ぎていた。
何度目かの打撃音のあと、カズキの身体が血だまりの上に転がされる。
ようやく、倒れることができたと言ってよかった。
立ち上がる気配は一切ない。
風前の灯火のような呼吸音だけが、微かに続いていた。
「そろそろか」
言葉を発したのはハイディーンだ。言ってから彼は、狂気的な笑みを浮かべた。
白銀の鎧を光らせながら、魂装武器を現出させる。
出現した剣――巨大なグレートソード――を天に掲げ、恍惚とした顔で刃の輝きを眺めていた。
「視えるか、カズキ・トウワ。この美しい剣が、貴様の命を終わらせるのだ」
掲げたままの剣を見せびらかすように、ハイディーンは足元に伏せるカズキへと言葉を降らせた。
しかしカズキは応えない。
いや、応えることがそもそもできなかった。
老化した骨はあらゆる箇所が砕け、折れている。
衰え傷つけられた筋肉はもはや使い物にならず、身体中が思うように動かない。
もう喉は潰れ、眼も霞み、耳もほとんど聞こえなくなっていた。
五感など、あってないようなものだった。
意識が、遠退く。
死ぬ、のか。
このまま。
――――終わらせないよ。
「…………」
カズキの鼓膜の奥、意識の奥底で、“あの声”が聞こえた。
五感ではないそれ以外、言うなれば第六感で聞くあの声が。
全身の血液――いや魂力が波打つように蠢いた気がした。
「名残惜しいが……終わりだ」
ハイディーンは横たわるカズキの上で、白銀に輝く巨剣を煌かせた。
† † † †
ハイデュテッド本陣に、馬に跨ったルタとルフィアが現れる。ルフィアが手綱を握り、その後ろにルタが抱き着いている格好だ。敵兵の手放した馬を拝借したようだ。
「ルフィア、カズキは!? カズキを探せ!」
「探してます!」
そんな問答を繰り広げながら、二人は本陣を駆けていた。
ハイデュテッド本陣は不気味なほどに静まり返っていた。拠点を防衛しているはずの護衛兵すら一人も見当たらない。
いったい、何があったのだろう。
カズキは無事なのか?
二人はほぼ同じ思考を抱えていた。
「む、この魂力は……向こうだ!」
「はい!」
ルタの気づきに反応して、ルフィアが素早く馬を方向転換させる。
本陣に設えられたいくつものテントの間を風のように駆け抜け、目的の場所へと辿り着いた。
そこには――ハイレザー・ハイディーンが、巨大な剣を掲げて立っていた。
グレートソードと呼べるサイズの剣を片手で使いこなす膂力にも驚かされたが、それ以上の衝撃がその足元に転がっていた。
白髪の老人が横たわっている。
一瞬、ルタとルフィアは状況が飲み込めない。
しかし、老人の右腕を見て、それがカズキなのだと確信する。
カズキが年老い、見るも無残な姿にされていた。
「カズキ!!」
「カズキさん!!」
素早く馬を降り、叫ぶ。
ハイディーンの掲げた剣は、今まさにカズキの胸元へと突き落とされようとしていた。
間に合え……間に合え!
またもまったく同じ感情のまま、二人は走り出す。
間に合え!
だが――無情にも、剣は落とされる。
どぶり、とカズキの背に刃が突き込まれ、血が噴き出す。
心臓が背後から、串刺しにされたような形だ。
一度だけびくりと、カズキの身体が波打つように動いた。
血だまりが、大きく広がっていった。
「カズキイイィィィィィィ!!」
「カズキさあぁぁんッ!!」
ルタとルフィアの慟哭が、悲しく響いた。
貴重なお時間をこの作品に使ってくださり、ありがとうございます。




