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無能勇者の復讐譚 ~異世界で捨てられた少年は反逆を誓う~  作者: 葵 咲九
第四章 ハイデュテッド侵攻編

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161 決戦、ハイレザー・ハイディーン③


 骨が砕け、肉が裂ける音が断続的に続く。

 ハイディーンがひたすらに、カズキの肉体を痛めつけている。


 一方的に蹂躙されているカズキに声はなく、ただ弄られるだけの肉の塊と化していた。


 そこに人間の尊厳はない。

 血と涎と埃にまみれて転がる汚物のような惨状は、もはや死ぬ方が楽と思えた。

 暴行と悪逆を尽くされ、カズキの肉体は限界をとうに過ぎていた。


 何度目かの打撃音のあと、カズキの身体が血だまりの上に転がされる。

 ようやく、倒れることができたと言ってよかった。


 立ち上がる気配は一切ない。

 風前の灯火のような呼吸音だけが、微かに続いていた。


「そろそろか」


 言葉を発したのはハイディーンだ。言ってから彼は、狂気的な笑みを浮かべた。

 白銀の鎧を光らせながら、魂装武器カルマ・ウェポンを現出させる。


 出現した剣――巨大なグレートソード――を天に掲げ、恍惚とした顔で刃の輝きを眺めていた。


「視えるか、カズキ・トウワ。この美しい剣が、貴様の命を終わらせるのだ」


 掲げたままの剣を見せびらかすように、ハイディーンは足元に伏せるカズキへと言葉を降らせた。

 しかしカズキは応えない。

 いや、応えることがそもそもできなかった。


 老化した骨はあらゆる箇所が砕け、折れている。

 衰え傷つけられた筋肉はもはや使い物にならず、身体中が思うように動かない。

 もう喉は潰れ、眼も霞み、耳もほとんど聞こえなくなっていた。

 五感など、あってないようなものだった。


 意識が、遠退く。


 死ぬ、のか。

 このまま。



 ――――終わらせないよ。



「…………」


 カズキの鼓膜の奥、意識の奥底で、“あの声”が聞こえた。

 五感ではないそれ以外、言うなれば第六感で聞くあの声が。


 全身の血液――いや魂力チャクラが波打つようにうごめいた気がした。


「名残惜しいが……終わりだ」


 ハイディーンは横たわるカズキの上で、白銀に輝く巨剣をきらめかせた。




    †    †    †    †




 ハイデュテッド本陣に、馬に跨ったルタとルフィアが現れる。ルフィアが手綱を握り、その後ろにルタが抱き着いている格好だ。敵兵の手放した馬を拝借したようだ。


「ルフィア、カズキは!? カズキを探せ!」

「探してます!」


 そんな問答を繰り広げながら、二人は本陣を駆けていた。

 ハイデュテッド本陣は不気味なほどに静まり返っていた。拠点を防衛しているはずの護衛兵すら一人も見当たらない。


 いったい、何があったのだろう。

 カズキは無事なのか?

 二人はほぼ同じ思考を抱えていた。


「む、この魂力は……向こうだ!」

「はい!」


 ルタの気づきに反応して、ルフィアが素早く馬を方向転換させる。

 本陣に設えられたいくつものテントの間を風のように駆け抜け、目的の場所へと辿り着いた。


 そこには――ハイレザー・ハイディーンが、巨大な剣を掲げて立っていた。


 グレートソードと呼べるサイズの剣を片手で使いこなす膂力にも驚かされたが、それ以上の衝撃がその足元に転がっていた。


 白髪の老人が横たわっている。

 一瞬、ルタとルフィアは状況が飲み込めない。


 しかし、老人の右腕を見て、それがカズキなのだと確信する。


 カズキが年老い、見るも無残な姿にされていた。


「カズキ!!」

「カズキさん!!」


 素早く馬を降り、叫ぶ。

 ハイディーンの掲げた剣は、今まさにカズキの胸元へと突き落とされようとしていた。


 間に合え……間に合え!


 またもまったく同じ感情のまま、二人は走り出す。

 間に合え!



 だが――無情にも、剣は落とされる。



 どぶり、とカズキの背に刃が突き込まれ、血が噴き出す。

 心臓が背後から、串刺しにされたような形だ。


 一度だけびくりと、カズキの身体が波打つように動いた。

 血だまりが、大きく広がっていった。


「カズキイイィィィィィィ!!」

「カズキさあぁぁんッ!!」


 ルタとルフィアの慟哭が、悲しく響いた。




貴重なお時間をこの作品に使ってくださり、ありがとうございます。

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