160 決戦、ハイレザー・ハイディーン②
「なん、だ……これ……?」
カズキは濃いシワが刻まれた自らの顔に、両手で触れた。艶がなく干からびたような肌、潤いと色を失い風になびく白髪。関節を動かす度に感じる鈍痛と重たさ。
身体が死の寸前まで老い果てた感覚――カズキは慄然とした。
「恐怖しているのか? カズキ・トウワ」
勝ち誇った顔で、ハイディーンがカズキの胸の内を看破する。悟られまいとカズキは一歩後退るが、その足は重たい。
「くっくっくっ……」
「なにが、おかしい!?」
耐えきれない、といった様子でハイディーンが笑い出す。肩を震わせて、はしたなくもそれは大笑いと表現できる調子だ。
「ようやく、ようやくだな。貴様に愚弄され、神としてのプライドをズタズタにされて。しかし今、ついに貴様に復讐ができる」
心の底からの笑みを顔に貼り付けて、ハイディーンはカズキへと近づいてくる。
カズキは距離を取ろうと再度後退ろうとするが、身体が重く思い通りに動いてくれない。
これが老いるということなのか。
今までは単なるイメージでしか持ち得なかった老化することの苦労や辛さが、カズキに重くのしかかってきた。
一歩すら、辛い。
そんなカズキの心情などお構いなく、ハイディーンは距離を詰めてくる。カズキのほぼ目の前、正対する位置まで来ると、笑みを浮かべたまま言葉を紡いだ。
「年老いて、愚鈍に堕ちたお前を、ひたらすに――――弄ってやる」
弄る――そう言った瞬間、ハイディーンの顔が歪んだ。
憎悪と愉悦、不快と快楽。
相反するいくつもの感情が同時に混在するような、本来なら混ざり合わないようなものを無理矢理に繋ぎ合わせたような、混沌とした表情だった。
にも関わらず。
一つだけ、明確な感情がある。それがカズキの全身に、あたかも質量すら伴っているかのように突き刺さっていた。
殺意。
殺意。殺意。殺意。殺意。殺意。殺意。殺意。殺意。殺意。殺意。殺意。殺意。殺意。殺意。殺意。殺意。殺意。殺意。殺意。殺意。殺意。殺意。殺意。殺意。殺意。殺意。殺意。殺意。殺意。殺意。殺意。殺意。殺意。殺意。殺意。殺意。殺意。殺意。殺意。殺意。殺意。殺意。殺意。殺意。殺意。殺意。殺意。殺意。殺意。殺意。殺意。殺意。殺意。殺意。殺意。殺意。殺意。殺意。殺意。殺意。殺意。殺意。殺意。殺意。殺意。殺意。殺意。殺意。殺意。殺意――
ハイディーンから発せられる、殺意。
それがカズキの全身を震わせ、刺し貫いていた。
確実に殺される――カズキは生物としての本能から、身体を守るようにして身構えていた。
「すぐに、死んでくれるなよ?」
「ッ!?」
と。
途端、カズキの眼前にハイディーンの拳が現れる。
ぐにゃり、と鼻が曲がる感覚があった。
後方に仰け反りながら、一瞬時間を停止されたことを悟る。
「倒れ伏すのは死ぬときだけだ」
「あがッ?!」
後頭部に重たい一撃が響く。
後ろに倒れそうになったカズキの身体が、今度は前のめりに傾く。またも時間を止められ、後頭部を殴打されたようだった。
「さぁ、まだまだ踊れ」
「うぶッ!」
続いて頬に拳が叩き込まれる。すでに折れている鼻から血が噴き出す。
ハイディーンは一撃で仕留めることはせず、あえて何度も何度もカズキを殴り、蹴り、切り刻んだ。
「か……は…………っ」
血濡れの襤褸布のように、死に体のカズキが血反吐を垂らす。
時間停止を駆使した連撃に、カズキの身体は糸の切れた操り人形のように踊る。見るに堪えない姿で幽鬼のように、立ち続けさせられている格好だ。
もはや、カズキ自身に立っているだけの体力はない。
しかし倒れ伏すことを、ハイディーンは許さない。
「終わらせてほしいか?」
「…………」
屍のようなカズキの髪の毛を、ハイディーンは乱暴に掴む。腕力によって高く掲げられカズキのつま先が浮き上がる。足元に、身体から滴った血液が血溜まりを作る。
「まだ終わらないぞ、カズキ・トウワ。その身体に、神に盾突く罪の重さをわからせてやる」
意識が朦朧とするカズキの中に、ハイディーンの呪詛の言葉が入り込んでくる。
地獄は、まだ続く。
貴重なお時間をこの作品に使ってくださり、ありがとうございます。




