158 決戦開始
高速で戦場を突っ切る絨毯型の魂装道具。
その上で態勢を低くし、カズキは向かう先一点を見据えていた。
目指す先は、ハイデュテッド帝国神王、ハイレザー・ハイディーン。
この戦いを引き起こした張本人であり、全ての元凶。それを討つために、カズキは単身でハイデュテッド軍の本陣へと向かっていた。
カズキの視界に、巨大で華美ななテントの天蓋が映る。
ハイデュテッド本陣だ。
意を決し、カズキは態勢を低くした。
「おい、なんだあれ!?」
「突っ込んでくるぞ!」
「神王様をお守りしろ!」
弾丸のごとく突進してくるカズキの姿を目視した護衛兵たちが、焦った声を上げる。しかしそこは神王の一番近くに待機している選りすぐりの精鋭たちである。
迅速に陣形を整え、カズキの特攻に備えた。
「そんなんじゃ俺は、止められないぞ――魂装、燃!」
一切の減速をしないまま、カズキは魂装を発動させる。右拳に魂力を集中させると、右手が莫大な魂力量によって肥大化する。その形状はまるで戦棍のようだった。
戦棍化した右腕を、カズキは大きく振りかぶって――跳んだ。
そして。
「どいてろっ!!」
右拳を、思い切り地面に叩きつけた。
魂力の多大な熱量を爆裂させるように、本陣手前の地面を叩き割った。
地割れ、地響き。
およそ人間業とも思えぬカズキの一撃に、神王に選ばれし精鋭たちは、一様に動揺した。
「何が起こった!?」
「魂装遣いだ!」
「陣形を立て直せ! 命を賭して神王様をお守りするのだ!」
カズキの規格外の攻撃を前にしても、一瞬怯んだだけで態勢を立て直す護衛兵たち。その勇気と実直さに、カズキは少なからず尊敬の念を抱いた。
しかし、だからといって止まる理由には一切ならない。
「押し通る!」
地面を蹴り、再び弾丸のような速度で敵陣を切り裂いていくカズキ。目にも止まらぬ的確な連撃の前に、護衛兵たちの鎧も防御も、まるで意味を成さない。
視界に移った兵のほぼ全てを、全方位に拡散させた魂装によって沈黙させたカズキは、一際大きく華美なテントに向かって突進する。
ハイレザー・ハイディーンを討つために。
「……っ!?」
入り口に垂れ下がった簾を退け、突入しようとした刹那。
カズキの背筋を悪寒が襲う。
急停止し、後方に飛ぶ。
――これは、殺気か?
カズキのこめかみを、冷や汗が一筋流れ落ちた。
「来たか、カズキ・トウワ」
傷汚れ一つない、白金の鎧を着込んだ美丈夫――ハイレザー・ハイディーンが姿を現した。時間を停止させるという神にも等しき能力は、現状では発動された様子はなかった。
「……なにを笑ってる?」
柔和な微笑みを浮かべるハイレザー・ハイディーンに、カズキは言葉を投げかける。
その笑みは最早、不気味を通り越して清々しさすら漂わせていた。
「お前に会えて嬉しいのだ。光栄に思うがいい、神であるこの私に、一個人が求められるということを」
笑みを絶やさぬまま、ハイディーンは言った。
傲慢や増長などという言葉をいとも簡単に超越した不遜さに、カズキは心底から嫌悪感を抱く。
「……お前は本当に、人間の尊大さを集めて煮詰めたようなヤツだ。虫唾が走るよ」
カズキは吐き捨てるように、神と自称する男へと言葉を返した。
「フフフ、そう、その態度だカズキ・トウワ。人間の分際で、この私に盾突くその威勢の良さ。――私が直々に殺すに相応しい」
ハイディーンは一際に笑みを深め、こらえきれずに肩を揺らした後――全ての感情を失くしたような表情で、カズキを見つめた。
「……貴様の人間としての尊厳、価値、自由、全てを砕き、踏みつけ、汚し、粉々にして――殺してやる」
ハイディーンから放たれていた殺気が凝固し、プレッシャーとなってカズキの肌を粟立たせる。思わずまた一歩、後退っていた。
「く、態勢を立て直せ! 神王様をお守りしろ!!」
そのタイミングで、一度はカズキに吹き飛ばされた護衛兵らが、果敢にも再び立ち上がりハイディーンの周囲に集結した。
「神王様には指一本触れさせない!」
「我が命は、神王様のもの!」
「神王様の盾となろうぞ!」
全員が鍛え上げられた精鋭らしく、神王ハイディーンへの実直なまでの忠誠心がその身を動かしている様子だった。
カズキは洗脳レベルの忠誠心に、歯噛みするしかなかった。
と。
「……邪魔だ」
ハイディーンが右手を上げ、横に薙いだ。
カズキは反射で、全身の魂力を強張らせる。
「か、へ?」
次の瞬間。
ハイディーンを取り囲み、守るように立っていた兵士らの首が――斬られた。
どさり、と幾重にも肉の落ちるような音が重なる。
護衛の者たちの頭が、地に転がっていた。
「人間は私の盾にはなれない。――“糧”になるのだ」
「仲間まで…………ハイディィィィンッ!」
仲間を軽んじる、いや、それ以下の態度を取り、簡単にその命を弄ぶ。
極まった傲慢を見せたハイディーンに、カズキは激情を奮い立たせる。
魂力が、荒ぶる。
「そう猛るな」
対してハイディーンは、首の切断面から兵士らの血が霧のように舞う中、穏やかに笑みを浮かべていた。徐に、右手を天に掲げる。
そして、はじめて――――真名を呟いた。
「《空間途絶》」
貴重なお時間をこの作品に使ってくださり、ありがとうございます。




