157 勝利に浸る暇もなく
土煙る灰色の戦場で、極彩色のローブが翻る。
そのローブは、ハイデュテッドの宰相であるアビゲイル・ツィーゲルのものだ。
しかし今それを着ているのは、ルフィアだった。
治療の終わったツィーゲルが、ほぼ裸のような状態だったルフィアに譲ってくれたのだった。
「敗者に権利はありませんわ。身包み剥ぐなりすればいいのです」
「そ、そんなことしませんよ」
ちょっとしたやり取りを思い出し、ルフィアの口角が微かに上った。
敵であったツィーゲルを、なんとか退けることができた。しかも、自分が最良だと思う方法で。
ルフィアは一種の達成感を感じながら、まだ痛む身体で一歩一歩進んだ。
「ルタさんと合流しないと」
辺りを見回したあと、ルフィアはルタの気配を探った。
カズキが周辺の地形を変形させたおかげで、未だ地域一帯は混乱の渦中だ。兵や馬が叫び声を上げながら、無秩序に行き交う状況はまさに混沌と言えた。
「っ! ルタさん!!」
反り返るように隆起した地盤の隙間、瓦礫の間に身を隠すようにして、金色が蹲っていた。
ルフィアは一目散に駆け寄る。
「おお、ルフィアか……お前も勝ったようじゃのう」
近寄ると、ルタはいつものようにふてぶてしさを漂わせる台詞を吐いた。しかしその声は小さく、どこか弱々しい。
「ルタさん! 大怪我してるじゃないですか!?」
ルタの右脇腹から、色濃く血がにじんでいることに気づいたルフィアが、慌てて手を伸ばす。状態を探るように手を這わせると「うぐっ」とルタが痛みに顔を歪めた。
「今すぐ治療します。そのまま、座っていてください」
「く……圧勝して、すぐにお前の助太刀に入る予定だったのじゃがのう……自分の不甲斐なさが、一番の誤算じゃ」
傷口に両手を伸ばしたルフィアに対して、悔しそうに言うルタ。その表情には、痛み、悔しさ、不甲斐なさといった様々な感情が読み取れた。
「まずは回復に努めましょう。このままカズキさんを追っても、足手まといにしかなれませんから」
「……悔しいが、確かにそうじゃ。すまぬ、おぬしには迷惑をかけるな」
「いいんです、わたし達三人は全員、対等な同盟仲間なんですから。いつだって助け合って、迷惑をかけ合っていいんです」
「…………フ、そうじゃな」
ルフィアの手元から、暖かな光が湧き出て来る。それはルタの傷口を癒しながら、体内に染み込んでいくかのように魂力の消耗をも満たしていった。
確実に、ルフィアの回復能力は向上していた。やはり生命の危機に瀕していたシャックを、懸命に治療した経験が成長を促したのだろう。
遠く聞こえる戦場の怒号を聞き流しながら、ルフィアは集中してルタの傷へと魂力を流し込んでいった。
「どうですか? 完璧に回復とまではいきませんが」
「うむ、充分じゃ。ありがとうよ」
ルタには珍しく、回りくどいことを言うこともなく、即座に礼を返してきた。
受け取ったルフィアの顔が、綻ぶ。
「ふふ、今日は素直なんですね」
「い、いつもわしは素直な良い子じゃ!」
ぷりぷりと怒るルタの表情を見て、ルフィアはある程度回復させることができたと判断した。
「……素直ついでに伝えておくがの、ルフィア」
「はい、なんでしょう?」
「一人じゃないというのは、なんとも心強いものじゃの」
「……はい」
ルタにしては珍しい、少し憂いを帯びたような表情で紡がれた言葉。それを噛み締めるようにして、ルフィアは小さく頷いた。
「カズキにも、一人ではないということを伝えようぞ」
「はい!」
ルタとルフィアは視線を交わした後、カズキが向かっていった方角を同時に見据えた。
「さて、急ぐとするか」
「ええ!」
二人は、逞しい表情で歩みをはじめた。
空の向こうでは、雷鳴を孕んだ雨雲が、蠢いていた。
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