156 ルフィア対ツィーゲル④
「さあ、全身で感じなさい! なにせあなたにとって最後の雨なのですから! これからは王宮で肉奴隷として、一生屋根の下で暮らすのですわよ!!」
身の丈以上の大きな雨傘を掲げたツィーゲルが、口の両端を吊り上げて叫ぶ。
それは決して、降りしきる雨から誰かを守ろうという慈愛的行動などではない。
這いつくばったものをさらにいたぶろうという、嗜虐的で残忍な行動だ。
傘の下、死の雨が舞い落ちる。
「ああぁぁ……!!」
切り裂くような悲鳴が、雨音と共に響く。
ルフィアの背中が、雨によって赤く焼け爛れていく。
衣服がほぼ溶け、その姿はもはや裸体のようにすら見える。
雨の一粒一粒が、肌に染み込む。
赤く、痛々しい。
「ふふふ、ふ、ハハハハハハ!」
ツィーゲルは自らも傘の下に入りながら、恍惚とした笑みを絶やすことはない。自身が造り出している《雨宿ノ友》の雨は、彼女にとってはなんのダメージにもならない。
二人だけの雨の中、勝ち誇ったようなツィーゲルの哄笑が続く。
しかし。
「……魂装、燃」
雨音にかき消されるようなか細い呟きが、ルフィアの口から漏れ出る。
その声は、ツィーゲルの耳には届かなかった。
ルフィアの手に、彼女の翡翠色の魂力が収斂していく。
瞬時に――斧槍が形成される。
そして、間髪入れず。
「てやぁぁ!!」
ルフィアはそれを振り抜いた。
「ッ!?」
自らが降らせる雨のせいで、ツィーゲルはルフィアの魂力が再び形を成そうとしていることに気が付けなかった。それが決定的な判断の遅れを生じさせ、斧槍による直撃を受けることとなった。
巨大な斬撃の余韻の後、どさり、と肉が落ちるような鈍い音が鳴る。
音の余韻、その後。
ツィーゲルの右腕が、水溜まりの上に落ちていた。
「あ、え?」
間の抜けた声が、ツィーゲルの口から零れる。
ピタリと雨が止み、最後の一滴が傘の縁から零れ落ちた。
次の瞬間。
「う、腕ぇぇェェェエエエエ!? わ、わたくしの、う、腕がぁぁああああ?!」
遅れてやってきた激痛に、ツィーゲルは悶え苦しみだす。
魂装武具の雨傘は消え、彼女の魂力から作り出されていた雨粒や水たちも、干上がるかのように消え失せていった。
その現象が、ツィーゲルのダメージの大きさを物語っていた。
「はぁ…………はぁ…………」
最後の気力を振り絞り、ルフィアは斧槍を杖代わりにして立ち上がる。
衣服は胸元と局部に、申し訳程度に辛うじて残っていた。
「わたし、は……誰の、奴隷にも、ならない……!」
地に足を着け、ルフィアは強く言い切る。
その目には、言葉通りの強い覚悟が宿っていた。
そして一歩、のたうつツィーゲルへ向かって踏み出すと、ルフィアは屈みこみ、ツィーゲルと目線を合わせるようにして言った。
「動かないで。治療するから」
「…………え?」
腕を押さえ、蹲るように泣き喚くツィーゲルへと、ルフィアは手を伸ばす。そして彼女を介抱するように後頭部を自分の腿に載せると、落とした腕を拾い、切断面に優しく接着した。
「少し痛みます。待ってください」
「な、なんで……?」
「わたしは、魂力による回復能力があります。今対処すれば、治せると思います」
「そ、そういうことじゃ……」
ツィーゲルの目には、戸惑いと言える感情が浮かんでいた。
なぜ、トドメを刺さないのか。
なぜ、先程まで敵対していた自分を回復させるのか。
彼女の中に、ルフィアの行動を説明できる言葉はなかった。
「……あなたを許すとか、そういう話じゃないです。ただ、わたしがわたし自身のために、こうするべきだって思っただけです」
魂力を流し込みながら、ルフィアは滔々と語る。
もはやその顔に焦りや緊張はなく、悠然とした雰囲気が漂っていた。
「わたくしの……負け、ですわ」
顔を背けるように、ツィーゲルが言う。
ルフィアは言葉を返すことなく、治療を続けた。
戦場の空には未だ、雲がかかっていた。
貴重なお時間をこの作品に使ってくださり、ありがとうございます。




