153 ルフィア対ツィーゲル①
強風の吹き荒ぶ荒野で、二人の女性が対峙している。
一人は、銀髪の髪をなびかせる古代種エルフの生き残り、ルフィア・エルフィル。
もう一人は、濃緑の大きなとんがり帽子を目深にかぶったハイデュテッドの宰相、アビゲイル・ツィーゲル。
両者とも戦場には似つかわしくないほどに、見目麗しい。
それぞれの容姿の特徴は、その整った顔立ちを余計に印象深くしていた。
「ふーん、キレイな顔をしているのね。苦痛に歪めてやりたくなるわ」
美しい顔に似合わず、不穏で嗜虐的な台詞を発したのはツィーゲルだ。ルフィアの頭から足の先までを舐るように見つめ、いやらしく口角を吊り上げている。
ルフィアは悪趣味な視線に晒され、身震いするような気色悪さを感じた。
「体の肉付きもすごくいいし……たまらない」
ツィーゲルは自らの身体をまさぐるように触りながら、舌なめずりをする。その様はまるで、獲物を見つけた爬虫類のようだった。
相手に飲まれそうな自分を奮い立たせるため、ルフィアは腰を低くして戦闘態勢を作る。意識を集中させ、体内の魂力の流れを確かめる。
ルフィアの魂装は、本人の希望で回復方面へと熟達している。そのため、あまり戦闘に特化しているタイプではない。
しかし彼女は古代種エルフであり、ドラゴン族と並ぶ魂力の扱いに精通した種族の生き残りだ。
元々は我流で魂装まで習得してしまうほどの才能を持ち、カズキですらその素質に驚かされたほどだ。実力は折り紙付きである。
ルフィア自身も、カズキやルタの側でいくつもの修羅場をくぐり抜けてきた。さらに、少しでも戦力になろうとシャックの治療の合間を縫い、戦闘訓練も欠かしてはいなかった。
付焼刃かもしれない。確かにあまり自信はない。
しかし――覚悟はある。
「わたしを信じてくれる、カズキさんがいる。なら……どこまででも、強くなれる」
小さなルフィアの呟きに合わせて、周囲の魂力が収束する。それをルフィアも感じ取りながら、約束の言葉を呟く。
「――魂装、燃」
大気が揺れ、構えたルフィアの手に身の丈ほどもある斧槍が出現する。
「ふふ、そんな大きな武器でわたくしを捉えられるかしらねぇ!?」
ルフィアの魂装に合わせて、ツィーゲルも抜刀するかのように帽子を脱ぎ去る。そして素早くサイドにステップし、視線を惑わしてくる。
ルフィアは腰を据え、迎撃態勢を整える。
「あははは! 遅いわねぇ!?」
「っ!?」
急接近して間髪入れず、ツィーゲルは帽子を変化させた騎槍のような雨傘で、突き攻撃を仕掛けてくる。ルフィアは斧槍の柄を握り、刃の腹で先端を受け止めるように防御した。
「く!」
予想以上のツィーゲルの膂力により、激しい衝撃が斧槍から伝わる。
「ほらほら、甘いわよ!」
恍惚の声を上げながら、ツィーゲルは連続で突きを繰り出してくる。一撃一撃が、細腕から繰り出されているとは思えないほどの重さだった。
このままじゃ、押し負ける――ルフィアは自分と相手の力量差を、いやが応にも自覚する。
「えいやっ!」
ツィーゲルの連撃を遮ろうと、ルフィアは斧槍を横薙ぎに振り抜く。可視化した魂力が、緑色の鱗粉となって舞う。
「チィ!」
荒ぶる声を上げ、ツィーゲルは後退する。
巨大な斧槍の一撃は、喰らえば無傷では済まない。
「まったく、仕方ないですわね。見ていなさい」
「……?」
ツィーゲルは突如として、魂装武具である雨傘をルフィアに向けた。なにかの攻撃かと、ルフィアは身構える。瞬間、雨傘がばさりと広がる。予想以上に大きい傘だった。
と、その途端。
傘が完全にツィーゲルの姿を覆い隠し、ルフィアの視界から消え失せた。
「っ! えい!」
一瞬、隙ができてしまった――焦りを覚えたルフィアは傘ごと撃滅しようと、距離を詰めて斧槍を振り抜いた。
しかし、斧槍からは手応えはなく、ツィーゲルの姿はなかった。
空振りの一撃を喰らった雨傘が、魂力の粒子となって消え去る。
いったい、どこに――
ルフィアのこめかみを、一筋の冷や汗が流れたとき。
「本当に、良い肉付きですわ」
「ひっ」
耳元で囁かれた台詞に、ルフィアの背をぞくりと悪寒が走る。
後方へ向けて斧槍を振り抜くが、躱されて再び背後を取られる。
「ほら、暴れないで」
「うぐ」
ツィーゲルは背後から、ルフィアの首を腕を巻きつけるようにして締める。異様な腕力による絞首で、ルフィアの一瞬が意識が遠のく。
「あぁ、触れると分かるわ。瑞々しくて、弾力も素敵」
「ん、んあっ」
締め上げられたまま、首筋を舌で舐めてくるツィーゲル。さらに、空いた手で胸元をまさぐられるように弄んでくる。ルフィアは上げたくもない嬌声を、口から漏らしてしまう。
早くこの拘束から逃れなくては――ルフィアは酸素の足りない頭で、必死に脱出方法を探す。
「あああぁぁ!!」
動けばさらに首が締まるのもお構いなく、ルフィアは目一杯の力で斧槍を振りかぶり、地面に突き刺すように叩きつけた。斧槍の先端が支点となり、二人の身体が梃子の原理でぐっと持ちあがる。
「ち、クソが!」
たまらずルフィアから身を離すツィーゲル。
一方のルフィアは無理矢理に引き剥がそうとしたため上手く着地できず、地面に擦れるように転がりながら着地する。
「もう、じゃじゃ馬ですわね。検品ぐらいさせてほしいのに」
距離を取ったツィーゲルは、ルフィアの身体をまさぐった自らの指先を舐める。
「あぁ美味しい。これなら、神王様の夜伽の相手に最適」
「わたしは、そんな真似しません。もう、誰の奴隷でもありませんから」
ルフィアは斧槍を支えに立ち上がり、服の埃を払い落とした。擦れて破けた衣服の隙間からは、いくつもの擦過傷が覗く。
しかしルフィアは傷を気にする素振りもなく、大胆に膝から下の布を破り捨て、動きやすいように衣服を絞り込む。
以前とは違い、彼女はもう自分を偽ったりはしない。
「わたしは、誇り高きエルフ族の生き残り、ルフィア・エルフィル。あなた方みたいな人には、死んでも屈することはありません」
意志の強い翡翠色の瞳が、真っ直ぐに敵を射抜く。
斧槍の刃が、白銀に輝いた。
貴重なお時間をこの作品に使ってくださり、ありがとうございます。




