152 ルタ対オールドマン④
重厚な炎が、白い柔肌を焦がすように踊る。
ルタの両細腕の魂装武器の刃先から、炎が尾を引くように燃え盛っている。
ダンストップ・オールドマンとの戦いの最中、ルタは禁断の魂装真名である《世界火葬》を発動した。
世界を焼き尽くすまで止まらないと言い伝えられてきたこの技は、使用者の人格すら消え失せてしまうという危険を孕んでいた。
現にその事実を聞いたカズキは、ルタの人格消失を恐れ、決してもう使うなと本人に念を押していたのだが――ルタは、使った。
「……ふむ、思っていたより良い具合じゃ」
しかし、今のルタから焦燥は感じられない。
むしろ、どこか自信が漲っているように感じられた。
「まだ調整が難しいが、なんとか戦えるな」
言い、ルタは両手の双刃刀を一度振り回す。回転に合わせて、炎がゆらゆらと揺れながら、棚引くように円を形作った。
目線の先には、ショテルを構え直すオールドマンがいた。静かに深呼吸し、ルタは意識を集中させた。
ルタが今行っているのは、カズキの代名詞と言って良い魂力操作を応用し、魂装真名をあえて弱体化させ、自らの意識化で使いこなそうとする試みだった。
今のところは順調じゃが、傷の完全回復は無理か――未だ疼く右脇腹の痛みを認識し、ルタは内心でそんなことを考えた。
《世界火葬》は、不死の炎により身体の回復をも兼ねる攻防一体の強力な魂装真名である。しかし今現状のルタの魂力の放出量では、傷が治癒するほどの出力を解放することはできなかった。
これ以上力を出せば、意識が飲まれてしまう――ルタにはそれが、本能でわかった。
「――ハァァ!!」
状況を分析し、逆に覚悟が決まるルタ。
なんにせよ、最早勝負は短期決戦以外にはない。
決意と共に下半身に力を込め、そして。
「オラァァ!!」
一気に踏み込む。
瞬間、オールドマンとの距離が詰まる。
炎を纏った双刃刀で斬撃を繰り出すルタ。オールドマンはショテルで、四枚刃の攻撃を跳ねのけた。
が。
「甘い!」
ルタの叫びと同時に、双刃刀に纏われた炎が暴れだす。
四枚の斬撃を完全にいなし切っていたオールドマンだが、さらに四つの攻撃――炎が襲い掛かった。
「ぐあ!」
かわし切れず、ルタの炎がオールドマンの肌を焼く。
たまらずオールドマンが後ろに下がり、ルタと距離を取る。
しかし――
「逃がさぬ!」
短期決戦で勝負を決しようと考えるルタは、攻撃の手を緩めない。
すぐにステップで距離を詰め、四枚の刃と四つの炎とで、計八方向からの攻撃でオールドマンを制しにかかる。
「こ、小賢しいチビがぁぁぁ!!」
感情的に叫んだのはオールドマンだ。
ルタの幾重にも続く攻撃に、怒りの感情を爆発させる。
「毒々柵!!」
ショテルを乱暴に振り回すと、一気に紫色の霧が辺りを包んだ。霧はまるで意志を持っているかのように集約し、ただ一点――ルタへと向けて漂ってくる。
「む!」
霧を視認したルタは、素早く双刃刀を持ち直す。
そして気流の侵攻を阻むように高速で回転させたうえ、さらに火柱のような炎を放出し、毒霧を焼き払う。
ルタが完全に、毒霧を防ぎきる。
「シャアア!!」
しかし、オールドマンは手を緩めない。
蛇の呼吸音のような奇声を発し、死角から飛び込んでくる。毒霧を再び放出し、さらに素早くステップしてルタを攪乱する。
毒霧に意識を向けさせ、その隙に斬撃を叩き込もうという腹だろう。
「させぬっ!」
ルタは素早く身を翻し、ショテルの斬撃を双刃刀で弾く。
迫り来る毒霧には炎をぶつけ、かき消した。
「小癪なぁぁぁぁ!!」
呆気なく消え失せた毒霧を見たオールドマンが、喉が切れたような声を発する。さらに激しさを増すショテルの攻撃。鬼気迫る連続の斬、斬、斬。
だが、すでに。
ルタは、勝利の糸口を見つけていた。
「貴様の弱さはやはり――若さじゃ」
重たいショテルの一撃一撃を弾き返しながら、ルタは敵を見据えて言う。
それを聞いたであろうオールドマンの瞳孔が、ぐりんと見開かれる。
「しゃべるなぁぁぁ!」
愚弄された怒りに任せ、オールドマンはショテルを振りかぶった。
これまでの洗練された剣技とは程遠い、隙の大きい威力重視の攻撃。
だが、その一撃がルタに届くことはない。
ルタはこの隙を狙っていた。
片一方の双刃刀を自らの背に隠し、《世界火葬》の炎を存分にまとわせる。
そして、怒りのままに振りかぶったオールドマンの胴腹に、すれ違い様に振り抜く。
「……が、は」
「自分の思い通りにならずとも、耐え忍び最善手を探す――それができぬおぬしに、わしはまだ負けんよ」
オールドマンのショテルが砕け、粒子となって風に舞って消える。
魂装武器の消滅は、魂装遣いの敗北を意味する。
ルタは双刃刀を振り、炎を消し去る。
未だ魂力の輝きを宿すその刃は、この戦いの勝者がどちらなのかを、悠然と伝えていた。
「おぬしのおかげで、わしも一つ壁を超えることができた。礼を言う」
背で――ダンストップ・オールドマンが、地に伏した。
貴重なお時間をこの作品に使ってくださり、ありがとうございます。




