014 決闘②
大きな人の輪が、できあがっていた。
急遽はじまった、名もなき魂装遣いの少年と、王国最強の魂装遣いで近衛兵長の決闘――ハンズロストックの関所には、この関所が設置されて以来の数の人々が、集っていた。
大門の脇、通常は衛兵たちの憩いの場となっていた広場は、今や小規模な闘技場のようになっている。
人々の視線が集中する先では――名もなき少年であるカズキが、王国最強の男セイキドゥを、激しく攻め立てていた。
「クソが、クソがぁ!!」
セイキドゥの口から発せられる汚い言葉が、辺りに響いている。
カズキは右手を一本の太刀ではなく、何本もの細い刃に変質させ、鞭のようにしならせて、様々な方向から同時攻撃を敢行していた。
それはまるで、いくつもの腕を持つ修羅のような攻撃だった。
剣一本で盾も持たないセイキドゥは、防御するので手一杯だった。
防戦一方と形容できる現在の戦況に我慢ならないのか、罵詈を叫びながら、巨大な剣を右へ左へと振り乱している。
観客は、暴かれた近衛兵長の下品な姿など気にする余裕もなく、固唾を呑んで戦いを見守っていた。
「一瞬じゃなかったのか?」
多段の攻撃を浴びせながら、カズキは先ほどの言葉の揚げ足を取る。
セイキドゥの眉間に、これ以上ないほどの皺が寄る。
「こんの無能がぁ、喚くなぁぁぁぁ!!」
瞬間、セイキドゥは両足で踏ん張り、あえて鎧や籠手のある部分でカズキの攻撃を受けた。
いくつかの刃が彼の身体に切り傷を作るが、致命傷には至らない。
傷から血が滲むのも意に介さず、セイキドゥは巨大なツーハンデットソードを横薙ぎに、力任せに振りぬいた。
それは斬撃というより、もはや殴打に近いものに感じられた。
「っ!」
カズキは刀身から発せられるプレッシャーに一瞬気圧され、攻撃を止めて後ろに跳び退る。
巨剣がスイングされた後に強烈な風圧が巻き起こったのか、下草が切断されて舞い上がり、宙を漂っていた。地面の土も砂埃となり、若干抉られていた。
カズキが攻勢を強めていたとは言え、やはりセイキドゥは強い――あの一撃をモロに喰らえば、確かに生きている者はいないだろう。
気がつけばカズキは、唾を飲み込んでいた。
セイキドゥは一度肩を揺らして深呼吸してから、両手で剣を地面と水平に構えた。
ちょうど、騎士が君主に向かって剣を捧げ持つような格好だ。
「甚だ不本意だが…………オレ様の《魂装真名》で殺してやる」
「……カルマ・ヴェーダ」
カズキはその言葉に、息を飲む。
『魂装真名』――少しだけ、ルタから話を聞いていた。
魂装真名とは、自らの魂力の真の在り様を知った者のみが使える、魂装の真の力のこと。
比類なき強さであり、それを打ち負かすには、同じ真名で対抗するか、命がけの特攻でもする他ない。
何にせよ、魂装を習得したばかりのうぬに勝ち目はない、使いこなす者に出会ったら即逃げるのじゃ、ともルタは話していた。
どうする――?
当然だがカズキは、“真名”に覚醒していない。
「奴め……“真名”に覚醒していたとはっ! カズキ、逃げろっ!」
ルタが、叫ぶ。
群衆が驚き、一斉にルタの方を見る。フードを被っているとはいえ、ここまで注目されてしまうのはまずかった。
しかし――観客たちの注目は、すぐに別のところへと向けられた。
「な、なんだあれ!?」
戦局から目を離さずにいた誰かが、慄くように叫んだ。
カズキの前で、セイキドゥの剣が――禍々しく形状を変えていた。
その姿はもはや剣と呼べるようなものではなく――死神の鎌のように見えた。
「頼む、カズキ……逃げてくれ」
ルタは願いを込めてカズキを見つめる。フードの端を握り締め、小声で「逃げろ」を繰り返す。
しかし……。
ルタの願いも虚しく、カズキは背を向けることなく、腰を低くし、再び構えた。
両目は燃えるような意思をたたえながら、セイキドゥを見据えている。
「カズキ……!」
ルタには、わかってしまう。
だからこそ、もどかしい。
カズキが決して――逃げないことが。
「無能は、この力の恐ろしさもわからないか……フフ、まぁいい」
両足を地に踏ん張り、さらに大きく変質した両手剣へと魂力を流し込みながら、セイキドゥが独り言のように呟く。
対してカズキは右手を拳大にして、腰を低く構えたまま、目を閉じた。
一瞬の、間――
「喰らいやがれ――《空中切断》!!」
――すぐ後に。
セイキドゥの裂帛の声が、カズキの耳朶を打った。
「……っ!!」
カズキの全細胞が、活性した。
貴重なお時間をこの作品に使ってくださり、ありがとうございます。




