148 進撃
ビュオウ、ゴォウーー
風を切り裂く音が、耳元で激しく鳴っている。
カズキたちは絨毯型の魂装道具に乗り、今まさにハイデュテッド軍へと高速で突っ込もうとしていた。
ルタ、ルフィアが両側で魂装武器を構え、防備を固める。そしてカズキが先頭で索敵、状況把握、そして範囲攻撃を担当するという配置を取っていた。
「間もなく接敵だ! 一気にいくぞ!!」
「おう!」「ええ!」
カズキの呼びかけに、ルタとルフィアが同時に叫ぶ。すでに気合は十分だ。
「魂装――燃!」
右腕を目の前に伸ばし、カズキは威勢よく叫ぶ。
途端――右腕の先から大量の魂力の粒子が溢れ出し、巨大な弓のような独特な形状へと広がっていった。
「このまま突っ込む!」
叫び、ぐっと右腕を左手で抑え込む。
「な、なんだアレ!?」「突っ込んでくる!」「盾、盾を構えろっ!!」
カズキの位置からでも、まだ距離のあるハイデュテッド軍の者たちが動揺するのが感じ取れた。
「いけぇぇぇぇっ!!」
高速を保ったまま、右腕から伸びた巨大な弓なりの魂装を突き出して、横並びの隊列を組むハイデュテッド軍へと突進した。
まるで、ドミノ倒し。
カズキの右腕から広がった魂力が、兵士たちの身体を鞭のように打擲する。誰も見たことのない魂装武器に加え、大いに速度の乗った攻撃に、ハイデュテッドの兵士たちは一切成す術がなく倒れ去る。
人々が放射状に倒れ込んでいく。
悲鳴すら置き去りにして、カズキらはそのまま進撃を続ける。
カズキらが一直線に猪突猛進するその道筋を抑え込もうと、ハイデュテッド軍が横陣の隊列を崩し、中央に密集し始める。しかし当然、巨大な障壁を張ったような状態のまま高速で移動しているカズキたちには、人垣を作ったところで効果は薄い。
「どけっ!」
裂帛の叫びが、戦場に木霊する。
カズキの見つめる先は、雑兵の群れなどでは決してない。
ハイデュテッドの神王――ハイレザー・ハイディーンだ。
そこに辿り着くまで、進撃の手を緩めることはしない。カズキは意を決し、人垣を薙ぎ倒して進む。
「よし、この辺りでいい!」
「おう!」「はい!」
カズキのかけ声に合わせて、ルタとルフィアが魂装道具の端を引っ張る。すると、ブレーキをかけたかのように急激に速度が落ちていく。
そこはちょうど、ハイデュテッド軍の隊列の切れ間になるような位置だった。
「二人とも、離れないでくれよ」
絨毯から降り立ったカズキは、右腕から出ていた黄金の弓を消し去る。光の粒が空気中に溶けていく。
間髪入れず、カズキは自らの右腕を地面に突き刺すように打ち込んだ。
「カズキ! 兵共が来るぞ! 早くせいっ!」
「いざって時は迎撃よろしく!」
周囲を警戒していたルタがカズキを急かす。しかしカズキはまったく動じていなかった。右腕から多量の魂力を大地へと注ぎ込み――揺らした。
「うお!?」「な、なんだいったい!」「か、神の怒りだ!!」
突如として発生した地震に、勇んでいたハイデュテッド兵士らの間に動揺が広がる。当然、大地の揺れはカズキが魂力操作によって発生させたものだ。
「まだまだ!」
激しい揺れの後は、大地が各所で隆起しはじめる。まるで地中を巨大な蛇がのたうっているかのように地面が盛り上がり蠢き、兵士たちにさらなる困惑をもたらす。
カズキたちに接近を試みていた敵兵たちは、突如として高く盛り上がった足場に転倒し、その場に折り重なるように倒れ伏す。
「こんなんでどうだ!」
カズキは地面から右腕を引き抜き、気合の一声を上げる。
ルタ、ルフィアと共に再び魂装道具に乗り込み、敵陣奥深くを目指す。再び絨毯が宙に舞い、低空を移動し始める。
隆起した大地を器用に躱しながら、高速で進んでいく。
「痛快な暴れっぷりじゃな、カズキよ! あそこまでやれば、かなり敵の足止めになろうぞ!」
金髪を風になびかせながら、ルタが左隣から言った。
「ああ! ありったけの魂力でやってやったさ!」
応じたカズキの首筋には、少しだけ汗が滲んでいた。
五万の大群が陣取っていた中央で、全軍に影響が出るほどに大地を攪拌したのだ。当然、無尽蔵な魂力総量を持つカズキと言えど、相応の疲労感が身体を襲っていた。
「カズキさん! 今の内に少しでも魂力を回復しておきましょう!」
「ああ、頼む!」
右隣からすかさず、ルフィアがカズキの背中に手を添える。ルフィアの魂力の温かさが、背中を通してカズキの中に流れ込んでくる。
「ここからが本番だ! 気を引き締めていくぞ!」
「ああ!」「はい!」
カズキの再度の叫びに、ルタとルフィアも共鳴する。
大地に行く手、足場までもを揺るがされたハイデュテッド軍には、混乱が広がっていた。そんな状態でカズキらを止められる者は、一般の兵士にはいなかった。
しかし――それはあくまでも“一般の兵士”という括りでの話だ。
風を切り裂き進む三人の行く先を阻むように、魂装道具の眼前に巨大な槍――のような傘が突き刺さった。慌てて布を引き、停止する。カズキの背中にルタとルフィアが「わぷっ」と覆いかぶさるような形になる。
上げた視界の先で――特徴的な二人の人間が、こちらを見据えていた。
神王の忠実な僕――ダンストップ・オールドマンと、アビゲイル・ツィーゲルだった。
大気に、緊張感が充満していた。
貴重なお時間をこの作品に使ってくださり、ありがとうございます。




