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無能勇者の復讐譚 ~異世界で捨てられた少年は反逆を誓う~  作者: 葵 咲九
第四章 ハイデュテッド侵攻編

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147 カズキの決意


「駐留していたハイデュテッド軍が、動き出した」


 重厚なガルカザン・カザスタヌフの声が、カズキらのいる居室に響き渡る。声を聞いた全員が、事態を受け止めると同時に、覚悟を示すようにゆっくりと頷いた。


 中央に設えられている丸テーブルを囲んでいるのは、カズキ、ルタ、ルフィア。そして魔族であるアルア、シャック、カザスタヌフの六人だ。


「敵の戦力はどんな具合だ、カザスタヌフ?」


 かなり回復した様子のシャックが、急いたように訊ねる。身体の数箇所に痛々しい包帯の後が見えるが、表情はこれまでより明るい。


「放っている斥候によると、向こうはどうやら五万以上の大群だそうだ」


「こちらの戦力は?」


「多めに見積もってもせいぜい五千てとこだな。各戦場から逃げ延びてきた連中だ、戦意も低けりゃ負傷してるヤツが大半だ」


「戦力差十倍な上、精神的な優位性も向こうにある、か」


 シャックとカザスタヌフの会話を聞きながら、テーブルを囲むメンバー達は表情を曇らせていった。目の前に横たわるのは、絶望的な戦力差。

 カズキたち以外でカザスタヌフのアジトに集まっている魔族は、すでに各所でハイデュテッド軍に圧倒され、命からがら生き残った者たちだった。


 ここから戦意を高揚させて戦闘行動へと移行できるものなど、いくら魔族と言えどもほとんどいないというのが現実だった。


 絶望的な状況に、部屋には重い沈黙が漂う。


「……こうしている間にも、ハイデュテッド軍は一歩一歩近づいている。戦備はどうだ?」


「有志で集まってくれた奴らが、砦を築いて第一波を食い止めようとしてくれている」


 焦りの色を濃くするシャックの質問に、カザスタヌフが応える。絶望的な状況の中でも気合を振り絞り、大軍勢に立ち向かわんとする者たちがいることを、その場にいる魔族たち全員が誇らしく思っているのがわかった。

 カズキはいてもたってもいられなくなり、椅子を立ち上がる。


「俺も最前線に行く」


「待ちなさい。アンタはアタシと同じく切り札なんだから」


 立ち上がって叫んだカズキを、即座にアルアが制する。


「アンタがどうやってハイディーンの力に対抗したのかは不明だけど、アタシの呪停無ジュテイム以外の対抗手段はできる限り切り札として取っておきたいわ。そうでしょ、シャック?」


「……ああ、確かにな」


 アルアは冷静に現状を分析し、カズキの意志を折ってくる。


「頼む、アルア。任せてくれないか? 俺なら数の差を帳消しにできる。魂力を操作して地形を変えたり、敵の武装を無力化したりもできる。その方が、敵味方両方の損害を少なくできるだろ?」


 それでもカズキも引き下がらない。自分の考えを知ってもらおうと、丁寧に言葉を紡いでいく。


「ヤツらの損害なんて、多ければ多いに越したことはないでしょっ!」


 しかし、アルアは頑なだ。

 カズキは売り言葉に買い言葉、のような状態になってしまわないよう、一度深呼吸をして間を置く。そして、話し出す。


「それは違う、アルア。魔族のため、エドワルドの仇を取るため、ハイディーンは必ず討つ。それは間違いない。けど、ハイデュテッド軍、要するにハイデュテッドの民への被害は最小限に留めなくちゃ、今度は人間に魔族への復讐心が植え付けられてしまう」


 誠実に紡がれるカズキの言葉に、アルアも口元を引き結んでいる。隣に着座するシャックも、一つ一つの言葉を受け止めている様子だった。


「そうなったら、結局は堂々巡りだ。また戦いが起きて、また互いを滅ぼしあう。だからその螺旋をも、ここで断ち切るつもりで戦わなくちゃならない。これは別に、感傷だとかに流されて言ってるわけじゃないんだ。余計な争いを金輪際生まないために、一番理にかなった方法がこれだって思っているから、言っているんだ」


 言葉の通り、カズキは決して感情を波立てずに言った。カズキ自身も、ハイディーンは絶対に許さない。魔族――引いては他者を犠牲に己だけが全の幸福を享受しようなど、あるまじき思考だ。そんなハイディーンを野放しにしておくわけには絶対にいかない。

 しかし、だからと言って恨みや悲しみを生み出し続けるような戦いをしてしまえば、結局は人間が踏んできた同じ轍を踏むことになる。それもまた、カズキの中では愚の骨頂だ。


 カズキはこの戦いの間ずっと一人で、どうすることが最良なのかを模索し続けていたのだった。


「ハイディーンを魔族が討てば、また敵意が生まれる。けど、俺みたいな得体のしれない人間なら、ハイデュテッドの民の敵意は宙に浮く。これはジプロニカのときに、証明されてる。だからそのために、俺は全身全霊を懸けて、ハイディーンを討つ。頼む、任せてくれないか?」


 カズキは強い眼差しで、アルア、シャック、カザスタヌフらを見回した。魔族たちは全員、黙って言葉を咀嚼している。


 と、魔族らの言葉を待つカズキの両側、ルタとルフィアが一度顔を見合わせ、頷き合った。

 そうしてから、話し出す。


「一つ、訂正があるのぅ」「ええ、ありますね」


「え、今のじゃダメか? 結構、俺なりに考えたんだけど……」


 途端不安になるカズキ。先ほどまでの落ち着いた様子とは正反対だ。


「俺が、ではない――俺たちが、じゃ。のう、ルフィア」


「はい、その通りですルタさん。カズキさんは、一人ではなく――チームです」


「二人とも……」


 両側の頼れる相棒が、笑いかけてくれる。カズキは身体の奥底から、勇気と、力が湧いてくるのを実感した。


「俺たちが、必ずハイディーンを倒す」


 目を逸らさず、再びアルアを見つめるカズキ。

 そしてルタとルフィア。

 彼らの真っ直ぐな目を見て――アルアは「はあああぁぁぁぁ……」と大きな溜め息をついた。


「……低空を飛行できる魂装道具カルマ・サーダンがまだあったはず。あれに乗れば、人間の騎馬にも対抗できるはずよ」


「アルア……!」


 顔を逸らし、若干不愛想な様子で言うアルア。しかしカズキは、その言葉が意図するところを理解し、安堵する。


「だったら俺たちは、ここでどこまで長く籠城できるかってことになるな」


 カザスタヌフが椅子から立ち上がりながら言う。既にその巨体には、戦意が充満しているように見受けられた。


「ああ、だが籠城であればこちらにも勝機はある。カザスタヌフの砦は地下深い。自然の巨大塹壕とでも言えるものだからな」


「俺様の根城なんだ、当然だろ」


 カザスタヌフに続いてゆっくりと立ち上がったシャックの言葉に、カザスタヌフは得意げに応えた。二人から、絶望的な空気などは一切感じられなかった。


「こっちはアタシたちに任せなさい。その代わりカズキ、アンタも絶対になんとかしなさいよ」


 シャックたちに続いて、アルアもマントを翻して立ち上がる。顔から不安、焦燥が消え失せ、いつもの自信に満ちた表情が戻ってきていた。


「ああ、任せてくれ」


 カズキは言って、立ち上がった全員を見回した。皆の顔にはもう、暗い影はない。

 成すべきことへ向かって、己がやるべきことをやる――そんな決意と覚悟だけが、滲んでいた。


「よし――いこう!」


 カズキのかけ声で、皆の気合いが最高潮へと達する。

 鳥での外、遠くでは、戦士たちの雄叫びが聞こえていた。




貴重なお時間をこの作品に使ってくださり、ありがとうございます。

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