145 種の存亡を賭けた戦い
「カズキさん! ルタさん! 無事だったんですね!!」
ガルカザン・カザスタヌフのアジトに戻ったカズキとルタを真っ先に出迎えたのは、やはりというべきか、ルフィアだった。入口に立ち、二人の姿を見つけると、一目散に駆け寄ってくる。
「あぁ、本当に良かった……」
ずっと心配していたことを感じさせる目元を綻ばせ、笑みを見せる。
「ごめんルフィア、一人で飛び出し……うよっ?!」
カズキの喉から、変な声が出た。
それはなぜなら――ルフィアが突然、自分に抱き着いたからだった。
「本当に、良かった……良かったです、カズキさん」
「お、おう」
何度も何度も、安堵の声をカズキの胸元に零すルフィア。その度、カズキは少しだけくすぐったい思いをしながらも、ルフィアの背を優しく撫でた。
やはり彼女も、ルタと同じく同盟を結んだ者の一人として、カズキらの命を自分のものであるかのように感じているのがわかった。
カズキは改めて、ルタとルフィアと共にここまで旅をしてこれたことを、誇らしく思った。
「感動の再会をしているところ悪いんだけど、あんまり時間はないわよ」
「……アルア。さっきはすまなかった」
声を差し挟んだのはアルアだ。表情は若干険しい。
カズキはアジトを出て行く際の口論を思い出して、すぐに謝った。
「もういいわよ、無事に戻って来てくれたわけだし」
「ありがとう」
アルアはどこか諦めのようなものを漂わせながら、カズキの謝罪を受け入れた。
「一旦中に入りましょう。カザスタヌフたちも待っているわ」
促され、カズキたちはアジトの中へと入っていった。
† † † †
カザスタヌフのアジト、その中にあるリビングルームのような一室で、カズキを含む主要メンバーが集まり、顔を突き合わせている。
「……で、どうやってハイレザー・ハイディーンから逃げおおせたわけ? まさか殺したってわけじゃないわよね?」
「それはわしも、確認しておきたいところじゃな」
質問を投げかけたのはアルアだ。心底気になっているであろうことを訊ねてきた。追従するように、ルタも疑問を投げかけてくる。
カズキは座ったまま、腕組みをして考え込む。
「それが、実は…………俺にも、あんまりわからないんだ」
「はぁ?」
質問者であるアルアが、キレ気味の表情を浮かべる。
それはそうだろう。カズキ自身も、自分が言っていることの曖昧さ、間抜けさのようなものは自覚していた。
「ごめんて。でも、本当にわからないんだよ。なんて言うか……俺の意識は夢の中にいて、身体だけが勝手にハイディーンと戦っていた、みたいな、そんな感じなんだ」
カズキは言葉を選びながら、ハイレザー・ハイディーンとの戦いのことを、慎重に話していった。カズキ自身も、自分が体感したことをしっかりと言語化できないことを歯がゆく感じていた。
「ふむ……もしかしたらそれは、カズキの中にある魂力が、目を覚まそうとしている証左かもしれん」
ルタが顎を触りながら、ふと言った。それを聞いた皆の視線が、ルタへと集まる。
「魂力が……目を、覚ます? どういうことだよ?」
カズキがいの一番に質問を飛ばす。ルタが「どれ」と言いながら椅子から立ち上がり、円形のテーブルの周囲を回るように歩き出す。
「端的に言えば、真名を思い出そうとしている、ということじゃな。カズキは真名については努力型で、かなり時間がかかるじゃろうと踏んでいたが、もし本当に真名へと至ろうとしているとすれば、これは努力型と言って良いのかわからないほど、恐るべき速度じゃ」
ルタが歩きながら、テーブルを囲むように座った皆の後ろを回っていく。全員が、ルタの言葉に耳を傾けていた。
「カズキが見せてきた潜在能力を考えれば、あり得る話じゃがの。今回の現象も恐らくは、カズキの魂力の根源が持つ力、蓄積した意識、記憶、情報が、超集中状態で奥底から表出し、肉体を操った――と、言えるのではないかの」
まとめるように言い、ルタは歩みを止めた。狙っていたのかはわからないが、ちょうどテーブルを一周して、自分の元居た席に戻る形となった。
「でも、だからと言ってなんであの時間停止を破ることができたのよ?」
「そこまではわからぬ。だがおそらく、カズキの中に眠る魂力の力は、わしらの想像を絶するほどの濃度を持っておる、ということじゃ。あのハイレザー・ハイディーンの絶対的な干渉を、拒絶できるほどなのじゃからな」
尤もな異論を唱えたアルアに対して、ルタは落ち着いた様子で言葉を重ねる。
兎にも角にも、カズキの持つ異様な潜在能力だけが成せる業だ、というようなニュアンスをルタは語っていた。
「なんでもいいがよ、まだハイディーン、そしてハイデュテッドの侵攻は止まってねぇ。俺たち魔族は、未だ追い込まれてるのに変わりはねぇ」
黙って会話を見守っていたカザスタヌフが立ち上がりながら、重厚な声で言った。
「魔族はこの戦いに、全てを賭ける。好きでそうするわけじゃねぇ、そうしなきゃどうしようもねぇってだけの話だ」
「…………ああ」
カザスタヌフが暗に語る、魔族の置かれた状況をずしりと感じ、カズキは重く首肯するしかなくなる。自分が自分の力を、しっかりと操ることができていれば――そんな葛藤を感じながら、現状を奥歯で噛み潰す。
「この戦いは、エルドラークの弔い合戦であると同時に――魔族の存亡を賭けた、最終決戦だ」
強く重たく、カザスタヌフは言い切った。
魔族という種の、進退がかかっている――カズキは一つの種族が根絶されようとしているその現実、その意味をようやく、全身と全細胞で理解した。
戦わなければ、失われる――決して行き過ぎではないそんな理解を、強く自覚したのだった。
貴重なお時間をこの作品に使ってくださり、ありがとうございます。




