144 新しい約束
上半身を起こしていたルタの元に、カズキは一目散に駆け寄った。
「ルタ! 大丈……夫、そうだな」
カズキはすぐに心配の声をかける。が、途中から歯切れが悪くなる。
理由は、ルタが大きな欠伸をしたからだった。さらに暢気な様子で、本気で寝起きのような調子で、目元を擦っている。
拍子抜けするルタのいつも通りすぎる様子に、カズキの肩から力が抜けていく。
「なんだよ……いつものまんまじゃん」
よくよく見れば、ハイディーンの魂装武器によって刺された腹部も、綺麗に傷がなくなっていた。
不死の炎――ルタの魂装真名である《世界火葬》が、回復力をも備える強力な技なのだと理解できた。
しかし。
カズキには、絶対に言っておかなければならないことがあった。
「おい、ルタ」
まだ眠そうに半眼となっているルタへ、カズキはぐっと顔を近づける。
「今後は絶対に、《世界火葬》は使うなよ。不死の炎とか言っても、ルタ自身の意識がなくなるんじゃ、それは死ぬのと一緒だ」
ルタの碧眼を見つめながら、カズキは真剣に訴えた。
もう、自分を犠牲にするような真似はやめてくれ――対等な同盟相手として、それだけはルタに分かってほしい。そうカズキは考えていた。
「……また、わしは迷惑をかけてしまったかの?」
ルタは俯きがちに、カズキに問うてくる。自分がした判断や行いを、悔いているのかもしれない。
「迷惑なんかじゃない。むしろ、ルタの機転と《世界火葬》がなかったら俺はやられてたかもしれない」
「カズキ……」
「でも、もしルタの意識が消えてしまって、俺に魂力のことを教えてくれて、一緒に旅したルタがこの世からいなくなるってんなら、俺にとってはそっちの方が問題なんだよ」
視線を逸らすことなく、カズキはルタへ言葉を紡いだ。聞いていたルタの眉尻が、感情を表すように揺れている。
「だから……これからは、絶対使うな。約束だ」
言って、カズキは小指を立てて手を出した。日本では一般的な、約束をする際のまじないだ。
ルタはその意味がわからないのか、カズキの手を見て小首を傾げている。
「こうするんだ」
カズキはルタの手を取り、指切りの形にして小指と小指を結ぶ。ルタはまだ意味を理解していない様子で、眉間にシワを寄せている。
「指切り拳万、嘘ついたら針千本飲ます、指切った」
抑揚の少ない感じで歌い上げながら、カズキは結んだ小指を放した。ルタはされるがままになっており、解いた小指を不思議そうに見つめていた。
「約束を破ったら、マジで針を千本飲ませるからな。覚悟しとけよ」
言い聞かせるように、カズキはルタに言った。
「それは痛そうじゃな……善処する」
言わんとする意味と、小指を結び、切る意味をなんとなく理解したルタが、緩く口角を吊り上げて苦笑いした。
「もうお互い、自分を犠牲にするんじゃなく、活かしあうように心がけよう」
「ふん、その言葉、そっくりそのまま返すぞ」
「あー、うん、善処する」
「真似するでない」
こうして、カズキとルタは改めて、自分たちの同盟関係を再構築したのだった。
二人の間には、少しだけ照れ臭そうな雰囲気が漂っていた。
「……この戦い、必ず生きて勝とう」
「ふん、当たり前じゃ。さっそく約束を破るわけにはいかぬからのう」
「よし」
その場から立ち上がり、カズキとルタは改めて前を向く。
殺伐とした闘争の束の間で、二人の団結はまた一つ高まったのだった。
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