143 対ダンストップ・オールドマン&アビゲイル・ツィーゲル②
ショテルの連撃をなんとか凌いだカズキに、次は魂装真名――毒々柵が襲い掛かった。
まさに猛攻と呼べる連続攻撃に、カズキは防戦一方の状態となる。
「ダン、貴様も深追いはするなよっ!」
「わかっている!」
「く、待てッ!」
その間、ツィーゲルはハイディーンを連れ、この場を離脱してしまう。
カズキの視界の端で、ツィーゲルとハイディーンが魂装道具特有の光に包まれ、姿を消した。
ハイディーンを討つ千載一遇のチャンスを、逃した。
カズキは込み上げる悔しさに、奥歯を強く噛んだ。
「隙だらけだぞ」
と、カズキがハイディーンらの方に意識を向けている数舜の間に、オールドマンのショテルから立ち込めていた帯状の気体――紫色の霧は、すでに周囲に拡散し、カズキは四方を取り囲まれていた。
「なんだこれ……っ! ……っ!? げほ、ゴホ!」
「吸ったな」
カズキが一呼吸を置いた瞬間、気道に羽虫が入り込んだような不快感が襲い掛かった。
まさか――カズキは反射的に口元を手で覆いながら、オールドマンへと視線を戻した。
オールドマンの口元が、にやりと歪む。
「フン、もう遅い」
ほくそ笑んだオールドマンが攻撃を止め、魂装武器であるショーテルを手元から消し去った。それは魂装遣い同士の戦いでは、戦闘終了の合図と言えた。
「せいぜい、苦しんで死ぬがいい」
「ま、待て」
自分を取り囲む紫色の霧の向こうで、発光が起こる。それはオールドマンが魂装道具を使用した光に他ならなかった。
結局、全員を取り逃がしてしまった――カズキの胸中を、色濃い後悔が満たす。
「だからって……ここで足止めされてるわけにいくかよ」
あえて声に出して呟き、カズキは意識を切り替える。
目の前の紫色の霧。
《毒々《ポイズンズ》柵》という真名から察するに、これは“毒霧”だろう。これ以上迂闊に吸い込めば、今以上に症状が悪化することは想像に難くない――と、カズキは考えていたが。
「……うッ!?」
甘かった。
カズキはこれ以上吸い込まないよう、自分の足元の地面を変質させて自らの周囲を覆うようにして毒霧を防御した。しかし、先程ほんの一瞬吸い込んだ毒が、カズキの身体を蝕んでいたのだった。
「く、そ……」
全身が麻痺し、凍えるような寒さを感じはじめる。呼吸がしづらく、意識も遠のいていくような感覚になった。立っていられず、カズキはその場に頽れる。
このままじゃまずい――カズキは必死に意識を繋ぎ止めつつ、自分の体内の魂力へと集中を高めた。
ダンストップの魂装真名、その毒の作用は魂力によるものであるはずだ。そして、原因が魂力であるならば、解毒するための方法も魂力にあるはず。
カズキは鈍る思考の中で頭を回転させ、なんとか解決策を見出そうともがく。
「こうなったら……」
考え抜いた結果、カズキは魂装手術の要領で、全身にある種の自浄作用を展開する。血流や脈を意図的に速め、細胞の新陳代謝を高速化させる。
そうすることで、体内の毒素を素早く消滅させられないかと画策したのだった。
「はぁ……はぁ……!」
喉の奥が、焼けるように痛む。
意識が遠のきそうになる度、カズキは出血るほどに唇を噛んでなんとか耐える。額から際限なく流れる冷や汗が、こめかみを伝って顎から滴り落ちた。
日頃行っている魂装手術以上の集中力を持って、カズキは自らの体内で魂力を循環させ続ける。その間、喉は乾き痛み、身体中が焼けるように痛んだ。
だが、それでも――カズキは決して諦めることなく、意識を保ち続けた。
「俺は……死んで、ないぞ……!」
まだ痺れが残る喉の奥から、カズキの勝鬨の声が上がる。
魂力を使い、自らを取り囲んでいた岩壁を地に戻す。そして膝に力を込め、なんとか立ち上がる。筋肉が痺れ、関節が痛むが、それでも踏ん張り身体を起こした。
霞んでいた視界が、徐々にだが回復していく。
見ると、すでに紫色の霧は晴れていた。視界を回し、カズキは周囲の状況を確認する。
「ルタ!」
少し離れたところで、ルタが身体を起こしていた。
貴重なお時間をこの作品に使ってくださり、ありがとうございます。




