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無能勇者の復讐譚 ~異世界で捨てられた少年は反逆を誓う~  作者: 葵 咲九
第四章 ハイデュテッド侵攻編

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140 変化


 まだ炎の燻る荒野に、二人の男が立っている。

 一人はハイデュテッドの神王、ハイレザー・ハイディーン。


 そしてもう一人は――名もなき魂装遣カルマつかいカズキ・トウワ。


 ハイディーンから見れば、自分を脅かすような力を持つはずもない、いわば害虫の一匹に過ぎない名も知らぬ男だ。


 そう、そのはずだった。


「何なんだ、貴様は……?」


 ハイディーンは意識もせず、呟いていた。

 目の前で立ち上がった人間は、なぜだか先程までと違う人物のように思えて仕方なかった。


 そもそもその男は、腹に穴を二つ開けられているにも関わらず、事もなげに立ち上がっている。


 その違和感だけでも十分すぎるというのに、さらに、先程までとは違う雰囲気を醸し出しているのだ。心なしか、声も変わったように思える。


 この心がざわつく感覚は、なんだ……?

 ハイディーンは波立つ自らの心内を自覚し、苛立ちに似た想いを抱く。


 なぜ、この私が冷や汗を浮かべなければならないのか。


「……空気が、昔より濁っている。あの炎の影響もあるだろうか」


 脈絡のない言葉を並べ立てる、眼前の男。

 自分にとって取るに足らない害虫だと思っていた若い男が、なぜか今自分に正体不明のプレッシャーを与えてきている。本来であればその構図は逆のはずで、ハイレザー・ハイディーンという存在を目の前にし、恐れ慄くのは向こう側であるのが世の道理であるべきだ。


 それなのになぜ、平然としているのか。


 むしろどうして、私の方が背筋に悪寒を感じているのか――ハイディーンは自分自身が抱いている感情それ自体を苦々しく思い、奥歯をぐっと噛み締めた。


「貴様……先ほどまでとは、なにか違うな?」


 ハイディーンは我慢できず、男に訊ねる。その際、自分が相手に警戒心を抱いていることすら苦々しく思いながら。


「ほぉ、わかるんだね。さすが、魂力による時間操作まで習得するだけの才能センスを持った人物だ」


 男は緊張も焦りも一切感じさせない落ち着いた声音で、ハイディーンを評した。

 しかしハイディーンにとってその言葉は、到底受け入れられるものではなかった。


 なぜ、矮小な人間にこの私の価値が見定められなければならないのか。

 全ての価値を見定めるのは、神王であるこの私だ。


 胸の内で爆発した怒りに身を任せるように、ハイディーンは一瞬で魂装カルマし剣を閃かせ、時間を停止させた。

 魂装武器カルマ・ウェポンの切っ先で、男の腹を再び切り裂いてやる――そう、ハイディーンは考え手を伸ばしたのだが。


「まだこの身体をダメにするわけにはいかないんだよ」


「……っ!?」


 停止した時の静寂の中に、男の声がする。驚きを隠せないハイディーンの目が、見開かれる。


「仕方ない。少し黙っていてもらうよ」


 驚きで足が止まっているハイディーンに向けて、男は腰を低くし構える。数瞬前に感じた、空間全体が共鳴し震えるような感覚があった。

 背筋が、ぞくりと冷える。


「が……っ!?」


 瞬きをするような間に、ハイディーンの腹部に、男から放たれた拳の一撃が炸裂した。

 経験したことのない痛みに、思わずその場に倒れ込むハイディーン。時間停止をさせたはずなのに、なぜこんなことが起きたのか?


 理由もわからず、ハイディーンはただ痛みに呻くことしかできなかった。


「貴、様……許さんっ、許さんぞ! この神王である私を、地に這いつくばらせた罪は重いっ!!」


 喉から絞り出すように、ハイディーンは怒りの言葉をぶつけた。

 それでも目の前の男は意に介する様子もなく、ただ淡々と、自分の拳を閉じたり開いたりしていた。


「必ず、必ずこの手で殺してやる……殺してやるっ!!」


 ハイディーンは痛みに耐え、立ち上がる。目の前の男を切り裂き、血を噴出させ、命を散らしてやらなければならない。


「まだ立ってくるか。肉体的にもなかなか丈夫にできているね」


 目の前の男は、感心したかのように小さく笑った。ハイディーンにとっては、ひどくその笑みが腹立たしいものに感じられた。心の底から、殺気が溢れ出てくる。


「地獄の底まで……貴様を必ず叩き落してやる! 死んでも死んでも足りないほどに、殺し尽くしてやるッ――」


 再び、ハイディーンは視界全てを停止させる意識で、右腕を横に薙いだ。

 時間停止の能力こそ、今までハイディーンをハイディーンたらしめてきた、史上最強と自負する魂装真名カルマ・ヴェーダだった。 


 しかし。


「僕には、通用しないよ」


「な……!?」


 ふわりと、男は両手を広げる。停止させたはずの時間の中で、だ。

 その瞬間、ハイディーンは認めざるを得なかった。自分の伝家の宝刀は破られたのだ、と。


「カズキ・トウワ、この名前を覚えておくといい。ゆくゆく、この世の魂力をべる者だ」


「魂力を、統べる……だと?」


 目の前の男――カズキ・トウワから発せられた言葉を、ハイディーンはすぐには理解できない。

 魂力を統べるとは、いったいどういうことなのか?

 私の魂装真名以上の、支配力を持つと言うことなのだろうか?


「今はまだ途上、だけれどね」


 再び、カズキ・トウワが小さく笑う。


「そのふざけた笑みを、やめろッ!!」


 ハイディーンは腹の底が煮えたぎるような怒りをぶちまける。力任せに剣を振り『魂力を統べる』などと世迷言をのたまった男を血祭にせんと一歩踏み込む。


 しかし。


「君も懲りない人間だ」


「ッ!?」


 ハイディーンの踏み込みは容易く躱され、代わりに――もう一度腹部に、重たい一撃をもらっていた。


 この時はじめて、ハイレザー・ハイディーンは痛みによって失神した。




貴重なお時間をこの作品に使ってくださり、ありがとうございます。

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