013 決闘①
「まさか、お前が生きているとはな……“無能な勇者様”よぉ」
ハンズロストックの関所、大門脇の広場にて、カズキとセイキドゥは向かい合って立っていた。
周囲を群衆が囲み、下劣な声援を送っている。
小柄な男が自分のくたびれた帽子を裏返し、賭博金を集めて回っている。
人垣の片隅で、黒いローブを着込んだルタがじっと観察していた。
「こっちもまさかだよ。こんなに早く会えるとは」
カズキは努めて、冷静に応える。
今にも暴れ出してしまいそうな右手を左手で抑え、深呼吸する。
「放逐された分際で王直属の近衛兵長であるこのオレに、決闘を挑むとはな。身の程を弁えやがれってんだ……。
オレ様の一分一秒が、お前みたいな奴のために使われるなんざ、本来あってはならねぇことなんだ。
……ったく、山に捨てられた“ゴミ”めが」
コロシアムで会ったときよりも、一際華美な鎧を着こんだセイキドゥが、苦々しく言う。
彼は一度あくびをした後、気だるげにマントなどの装飾品を外しはじめた。
あれからカズキは、パレード終了のタイミングで馬車に駆け寄り、決闘を申し込んだ。
この世界において、決闘を受け入れないというのは、男として非常に情けなく不名誉なものとして捉えられていると、ルタは教えてくれた。
魂装遣い同士の場合は、特に。
ジプロニカ最強の名を欲しいままにしているセイキドゥにとって、決闘を申し込んできたのは、名も無き少年。
相手が身の程知らずであろうがなんだろうが、もしその申し出を断りでもすれば――王国最強の名折れである。
しかもセイキドゥは、自らも決闘で成り上がってきたという素地があった。
しがない平民出の剣闘士だった彼は、自分の魂装にひたすら磨きをかけ、自分より立場のある魂装遣いを次々に退け、今の地位まで上り詰めてきた。
ゆえに、そんな男が若人の決闘の申し込みから逃げるなど、あってはならないことだった。
もしかしたら、これ自体、ルタの計算通りだったのかもしれないが。
とは言え、あのセイキドゥ様だ、無名の少年など一瞬で退けてしまうであろう――そんな風に外野の人間のほとんどは考えていた。
「その右手……なんの小細工だ?」
「小細工じゃない。俺の……『魂装』だ」
「はっ! 笑わせるな」
セイキドゥは、手袋に覆われたカズキの右手を見て、見下したように笑った。
カズキはぐっと左手に力を入れた。
「無能がどんだけジタバタしてもな、オレ様のような有能な人間にはかなわねぇんだよ。
で、お前はム・ノ・ウ。そこんとこおわかり?」
あえて挑発するように、セイキドゥは笑みをたたえたまま言う。
「オレ様が優しいから、あんときは右手だけで勘弁してやったわけよ。本気で息の根を止めようと思ったら、一瞬なんだぜ? それもわかってんのか?」
余裕をたっぷりと滲ませた顔で、続ける。
「決闘になっちまえば、殺されても文句は言えねぇんだぜ? まったく、本当に無能な奴ってのは、命の大切さもわからないのかねぇ」
滔々と語るセイキドゥ。
カズキは黙って、右手を押さえている。
「――くくっ」
カズキは小さく、笑った。
「偉くなった勘違いおっさんは話が長いって聞くけど、こっちの世界も一緒か」
言葉を聞いたセイキドゥの額に、青筋が浮く。
「……生意気言ってんじゃねぇぞ? ガキが。すぐに殺してやる」
「やってみろ」
カズキは、手袋を外してポケットに仕舞い込んだ。その後、腰を落として構えを取った。
セイキドゥは余裕なのか、ほとんど直立の姿勢で睨みを利かせている。
ざわめきが引いて、空間が、静まり返る。
審判役の男が手を上げ、そして――振り下ろす。
――はじめ!
「「魂装――燃っ!」」
二人同時に魂装を展開しながら駆け出し、急接近する。
カズキは右手に小刀程度のものを魂装し、セイキドゥは巨大な両手剣を出現させる。
大きさだけの判断であれば、どちらが強力かは一目瞭然だった。
「出たぞ! あれがジプロニカ最大の魂装武器だ!」
観客の一人が、興奮気味に叫ぶ。
それに合わせて他の観客も、セイキドゥの活躍を期待するように声を上げる。
「…………っ」
普段行われている魂装遣い同士の決闘であれば、この段階で勝負は決している。
長大極まりないセイキドゥのツーハンデットソードを目にし、実力の差を痛感し、相手は降参するのだ。
勝てるわけがない、と。
しかし、カズキだけは違っていた。
自らの右手を切り落とした巨剣を見て、むしろ彼は――笑った。
――俺が、叩き折ってやる。
「ぬぅぅんッ!!」
歓声に応えるように、セイキドゥが両手剣を右手一本で振りかぶる。
力任せにカズキを一刀両断しようという構えだ。
「らぁぁ!!」
巨大さを微塵も感じさせない速度で、刀身がカズキめがけて振り下ろされる。
セイキドゥの腕の筋肉が、力を爆発させるように脈動する。
渾身の一撃を、カズキは右手の小刀で受けようと構える。
魂装による刃と刃が、衝突する。
――瞬間。
バチ、となにかが爆ぜた音。
「な、なんだぁ!?」
観客から悲鳴が上がる。
魂装と魂装の一撃が衝突し、軽い爆発を引き起こしたのだった。
その衝撃により砂埃が舞い、観客たちの視界が奪われてしまう。
「…………ふむ」
周囲の人間が慌てふためく中、ルタはじっと戦況を見据えていた。身じろぎもせず、砂煙の奥へと瞳を向けている。
「ふん――――さすが、わしのボディガードじゃ」
砂煙が風に去り、戦況が見て取れるようになると、観客たちのどよめきが波紋のように広がっていく。
セイキドゥの巨剣を、カズキが“右手”で受け止めていた。
「な、ん……だとぉ……!?」
目を見開いたのはセイキドゥだ。
自分の一撃を喰らって生きていた人間など、今までにいなかった。ましてや、受け止めた奴なんて――しかも、あの右手は、なんだ……!?
セイキドゥのこめかみを一筋、汗が伝う。
剣閃を受け止めたカズキの右手は、武器の状態ではなく――
手の状態に変化していた。五本の指が、握り込むように刀身を受け止めている。
「……もう終わりかよ?」
カズキは刀身を握ったまま、セイキドゥの目を見据えて言った。
セイキドゥの瞳が、怒りなのか動揺なのか、揺れる。
「く、くそがぁぁ!!」
「っ!?」
セイキドゥは、剣を握ったカズキごとツーハンデットソードを引っ張り、自分に引き寄せる。そして瞬く間に――魂装を消し去った。
掴んでいたものを一瞬で消され、バランスを崩されたカズキはよろめき、無防備に身体の正面を晒すこととなった。
「オラァァァァ!!」
「ゴフッ」
カズキの顔面に、セイキドゥの拳がめり込む。
鼻血が噴き出し口の中が切れ、鉄臭い血液が、カズキの味覚と嗅覚を染め上げる。
「初撃止めたくらいでぇ、粋がってんじゃねぇぞぉぉコラァァァァ!!」
鼻を殴打された痛みで意識が定まらないカズキに、セイキドゥの乱打が浴びせられる。
「オラオラァ! どうだぁオレ様の腕っぷしはぁぁ!? ヒャハハハァ!!」
拳、拳、蹴り、拳、膝、拳、拳、蹴り、蹴り――とめどなく。
暴力の嵐が、カズキを攻め立てる。
戦闘経験の、差。
これは、いかんともし難いものとして、両者の間に横たわっていた。
しかしカズキは――決して、倒れなかった。
「はぁ……はぁ……」
ひとしきりの攻撃を終えたセイキドゥが、息を切らして距離を取る。
額には汗が滲み、パレード中に醸し出していた上品さは、すでに欠片もない。
「いい加減……倒れやがれ、クソが……!」
「くく、ふふふ……」
カズキは血塗れの顔で、再び笑った。
「そんな戦い方もあるんだな……魂装には」
言いながらカズキは、口元を手の甲で拭う。
それでも顔は血に濡れていたが、目に宿る強い意志は、まったく揺らいでいなかった。
「痛ってぇ……でも前に比べれば、痛くない。大して、効かない」
平然と、腕や肩を回し、その場で屈伸をはじめるカズキ。
そして、次の瞬間。
右手が、燃え上がる。
「……っ!」
セイキドゥはそのとき、自覚せざるを得なかった。
自分が無能と呼ばわった目の前の少年に――恐怖心を抱いたということを。
慌てて、セイキドゥは再度魂装する。
次は両手で、剣の柄を強く強く握る。
そうしてようやく、彼の手の震えは止まった。
「……今度はこっちの番だ」
カズキは燃え盛る右拳を握り込む。
そして、腰を落として一歩、地を蹴り――
飛んだ。
貴重なお時間をこの作品に使ってくださり、ありがとうございます。




