138 カズキの新技
炎の森とでも表現できる業火が、荒涼とした大地を赤く染め上げている。
カズキは暴れ狂う巨大な火の海を前に、集中力を高めていた。
身体の奥、アルアの真名である『呪停無』によって脈動を止められた魂力。それが、流れを失った中でも“ここ”にあるということを感じ取れる。
「……よし、いけそうだ」
決意をあえて声に出して呟き、覚悟を決める。
目の前では、唸るような炎が大波のように蠢いている。あの炎の前では、あらゆる生物が灰と化すであろう。
それでもカズキは、炎へとゆっくりと近づいていく。
「熱いな……けど」
高熱の権化である炎を前にして、カズキは左手の甲で額を拭う。そして右腕――今は魂装の右手がない――を赤い壁へと向けて伸ばした。
“声”から得たヒントをきっかけに、カズキが今何を試みようとしているのか。
カズキ本人が思い描いたイメージを端的に言語化するならば、『魂力吸収』とでも表現できるだろう。
自分の魂力が止められて使えないのなら、外のを使えばいい。
そんな考えから、カズキはルタの魂力でできている炎を、自らの体内に吸収してしまおうと考えたのだった。
しかし当然だが、この世界の常識、常人ではそんなことは不可能以外の何物でもない。魂力は生物にとっての血液のようなもの。そしてその血液型は千差万別。ゆえに、他者や外側からもらい受けると、身体の拒否反応が出て健康を害する場合が多い。なればこそ、こんな思考に辿り着くことそもそもが異常とさえ言えた。
だが、カズキはそこに思い至った。
周囲の魂力を自分の体内に取り込むという行為は、カズキ以外では魂力の扱いに精通した、星の声を聞く民の長フシン・アヌザァイだけが実現可能であっただろう。現にカズキ自身も、そのフシンから魂力に関する薫陶を受けている。
しかし、あくまでもカズキがフシンから特訓を受けたのは、魂力を自在に体内で操作する方法と、自らの魂力を相手に合わせた形に調律し、相手の形質を変化させる技術だ。
事ここに至って、魂力なしで、しかも他者の魂力を自らの体内に取り込もうと言うのは、自らの命を顧みない、危険な博打行為と言えた。
「上手く、いってくれ……っ!」
それでもカズキは止まらない。
炎に右腕を向け、ルタから生まれ出た魂力の炎を吸収していく。魂力は元来、大気中にも存在するものだ。生物は呼吸をすることで、自然と魂力を体内に吸収している。
今カズキは、それを右腕の切断面から行っている。なぜカズキには、こんなことができるのか。
それは、カズキ自身が自分でも気付いていない、超常的な肉体変化に起因する。
カズキは常日頃、眠っている時ですら魂装の右手を出現させていた。そのせいで右腕の先は、自然と魂力を吸着させ、皮膚呼吸のような感覚で魂力を吸引する独特な機能を持つ腕へと変質していたのだった。
右腕を無意識に炎へと向けているのは、まさに本能の成せる技と言えた。
「ぐ……!」
そうして、カズキの体内に高温で高濃度な魂力が流れ込んでくる。右腕が焼けるように熱い。しかし、この腕を下げるわけにはいかない。
この炎を吸い切った先に、きっとルタがいる――カズキはその一心で、魂力より生まれ出た煉獄の炎を、受け止め続けた。
† † † †
「はぁ……はぁ……」
魂力の炎を吸い続けて、一時間近くが経過した。
この世の地獄と見紛うようだった炎の勢いは鳴りを潜め、数箇所に火柱が残るだけとなっていた。
カズキは目を凝らすが、ルタの姿は見当たらない。まだ一際燃えている炎の中にいるのだろうか。
「痛っ」
熱に耐え抜いた腕が、黒く焼け焦げている。
この右腕のおかげで、周囲の炎の勢いはかなり弱まっていた。
これなら――カズキが勇み、炎の向こうへ一歩踏み出したとき。
「まだ燃え尽きていない虫けらがいるようだな?」
現れたのは。
「ハイディーン……」
魔族の王エドワルド・エルドラークを殺した、神に等しき時間停止の魂装真名を使いこなす男。
ハイレザー・ハイディーンだった。
「しかし今回は礼を言おう。我が身を忌々しい炎から救ってくれた」
全てを見下すような笑みを浮かべ、腕を広げる。
「――そして、殺そう。これ以上無益な生で、私の世界を汚す前にな」
言葉の後、一瞬の瞬きの間に。
「が、はっ」
カズキの口から、炎よりも赤黒い血が、噴き出し、流れた。
貴重なお時間をこの作品に使ってくださり、ありがとうございます。




