136 カズキの焦燥
カズキは元来た道を、再び疾走していた。
意識を取り戻したシャックが、ふと漏らした言葉を受け、カズキは駆けださずにはいられなかった。
『ルタリスアは…………死ぬ気だ』
足を動かし続けながらカズキは、つい今し方に交わしていたやり取りを思い出していた。
† † † †
病床のシャックが零した言葉は、ひどく物騒なものだった。彼が未だ重傷からの病み上がりの状態だったとしても、問い詰めずにはいられなかった。
「シャック、それどういう意味だよ?」
「ぐ……」
シャックとルフィアの間に割って入り、カズキは横たわっている身体を揺らす。
「カズキさん! やめてください、シャックさんにはまだまだダメージが残って……」
「なぁシャック、ルタが死ぬ気って、いったいどういうことなんだよ!?」
部屋に響くような音量で、カズキはシャックへの問いかけを行う。激しさすら感じさせるその詰問姿勢に、ルフィアが身を乗り出して制止してくる。
「カズキさん! 気持ちはわかりますけど、落ち着いて、お願いっ!!」
「……ッ! ……ごめん」
ルフィアの必死の叫びで、ようやくカズキは平静を取り戻す。
一度深呼吸して、気持ちを落ち着かせる。それでも疑問は胸の内で燻っている。
「シャック、教えてくれ。さっきのは、いったい……?」
「先はワタシが引き継ぐわ」
懇願するようなカズキに応えたのは、シャックではなくアルアだった。一歩進み出て、シャックと目を合わせて頷く。
「アタシとシャックはね、よくエドからルタの話を聞いていたの。ドラゴン族との交流の話、彼らの種としての能力の話、そして王族に生まれた、可愛い一人娘の話……」
一瞬、アルアが遠い目をする。
それはおそらく、今は亡きエルドラークが語って聞かせているときの表情を想像したからだろう。彼のことだ、きっと心底から楽しそうに、そしてユーモラスに語っていたに違いない。
「ドラゴン族の中でも、特に高位で選ばれし血統を持つ者だけに許される、最強の炎を纏う魂装真名……それが、アンタの見たルタの真名、世界火葬よ」
「だから、それがなんだってんだよ? すげー熱量の炎で、熱くて、まさに最強って感じだったけどさ」
早く先が知りたいカズキは、どうしても口調が急かすようなものになってしまう。
しかしアルアは、若干だが言い難そうに、時折言葉の手前で逡巡しながら、ゆっくりと語る。
「そう、最強の炎なの。……でもね、大きなリスクがあるの」
「リスク?」
「ええ……『世界火葬』で生まれた炎は、世界を焼き尽くすまで消えないと言われているわ」
「世界を……焼き尽くすまで?」
その衝撃的なスケールに、カズキは思わず息を飲む。
「それが、あの真名のリスクなのか……?」
「いいえ、違うわ。実際に世界を焼き尽くすかどうかよりも、厄介なことがあるの」
アルアは少し間を開けてから、重々しく言った。
「……『世界火葬』を完全開放した場合、術者の意識は炎に飲まれ、完全に失われてしまうの」
「な……っ!?」
意識が失われてしまう。それは一体、どういうことなのか。
いや、それは考えるまでもないことだった。
記憶や意識が失われるということは、固有の個体でなくなるということと同義。
すなわち――死。
ルタはハイディーンと、自らが生み出した炎と共に、時の牢獄の中に囚われ続ける決意をしたということに他ならなかった。
そこで意識が消えていく瞬間まで、神のような――いや、悪魔のような能力を持った人間、ハイレザー・ハイディーンと対峙し続ける。そう決意していたのだ。
「俺……行かなきゃ」
焦燥に駆られ、カズキが一歩を踏み出した。
その時。
「待ちなさい! 魂装、燃ッ!」
「……ッ!」
アルアが瞬時に魂装を発動し、魂装武器を手に出現させる。
「無益に戦場に戻ろうってんなら、アタシが力尽くで止めるわよ?」
「アルア……」
洞窟に吹き込んできた風で、アルアの羽織っているマントが棚引く。彼女の魂装真名である『呪停無』ならば、無尽蔵なカズキの魂力も停止させることができるだろう。
「今のアタシたちには、一挙手一投足で冷静で冷徹な判断が要求される。一歩、いえ半歩でも道を誤れば、待っているのは破滅だけ。そういう次元にいるんだって、カズキ自覚ある?」
「…………っ」
「アンタをここに送り届けるために、ルタちゃんは生命張って魂装真名を使ったんでしょ? アンタとアタシたちがハイディーンを打倒してくれると信じて、自分が身体張ったんでしょ?」
ぐっと、アルアが鞭を握り直したのがわかった。
「女にそこまでさせておいて、それを無駄にしようってんなら……アタシがアンタを止めるわよ」
アルアから発せられるこれ以上ない正論に、カズキは押し黙ることしかできない。
しかし――しかし、だ。
男には、正論では片付けられない瞬間がある。
カズキは奥歯を噛み締め、口を開く。
「……アルアの言う通りだと、俺も思う。でも、やっぱり俺は、ルタを止めたい。止めなくちゃならない」
一歩進み出て、アルアへと近づく。真剣な表情のアルアと睨み合う形になるが、カズキは歩を止めず出口へ向けて進む。
「ごめん」
「ッ! 行かせない!!」
大きく踏み込み、出口へと進もうとしたカズキを、アルアが止めようと鞭を振る。しかしカズキもそれは織り込み済みで、鞭の先が掠めただけでさしたるダメージもなく、部屋を出ていく。
「アンタが行っても、ハイディーンを倒せなければ、二人とも死んで終わりでしょうがッ!?」
背中で、嘆くようなアルアの声が聞こえる。
カズキは振り向くことなく、走り出す。
「魂力が……止まってる」
アルアの鞭が掠めていたせいか、カズキの魂力が停止していた。
それでも――立ち止まることなく、ルタの元へとカズキは走り続けた。
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