133 ルタの炎
「う、ぐぅ……」
「ルタァ!」
腹を貫通していたサーベルを引き抜かれたルタが、前のめりに倒れる。カズキは視界にハイディーンがいることなどお構いなしに、ルタへと駆け寄りその身体を抱き留めた。
「しっかり、しっかりしろ、ルタ!」
カズキの切羽詰まった声が、辺り一面に響く。ルタの反応は薄く、ハイディーンはいかにも不快そうに耳を触る。
「五月蠅い男だ」
ハイディーンの呟きは、カズキには聞こえていない。カズキは必死に、ルタの腹を抑えて出血を止めようとしている。
「カズキ……わしのことは、よい。それより、あの、男を……」
ルタは口の端から血を吐きながら、カズキに現状の脅威を伝えようとする。
しかしカズキは聞く耳を持たず、ルタの身体を強く抱きしめることしかしない。それでも血は止まらず、どくどくと衣服を赤く染めていく。
「ルタ、大丈夫だ。俺がなんとかするから……俺が、なんとか……」
「……カズ、キ……」
一点を見つめたまま、呪文を繰り返すようにカズキは言葉を紡ぐ。淡々と、一定のリズムで、間断なく。
ルタの生命の危機による動転と、自分がなんとかしなければいけないという精神的なプレッシャーが、カズキの心から冷静さを失わせていた。
しかし同時に、それはある意味では極限の集中状態に近いものだった。
人は一つの物事に集中すると、周りが見えなくなったり、音が聞こえなくなったりすることがある。今のカズキも、まさにその状態と言えた。
俺がなんとかしなくちゃ――そんな想いだけが、今のカズキを突き動かしていた。
「いくらか、先行しすぎたか」
カズキとルタのことなどお構いなしに、ハイディーンは辺りを見回したあと、独り言を零した。どうやらハイデュテッド軍全体の進軍を待たず、たった一人でこの場所に先行して来たようだ。
「魔族の制圧など私一人で事足りるとは言え……重労働だな」
首などを回しながらハイディーンは、どうしたものかとゆっくり歩きだした。カズキたちの感覚からはわかりようがないが、まだ時間停止による攻撃は行われていない。
「ルタ……しっかり……」
強く抑えても抑えても、ルタの腹部から血が流れ出ていく。止めなくちゃ、俺が、止めなくちゃ。
そんな思いに駆られるカズキの意識の端で、またもや“声”が聞こえた。
「……カズキ、彼女なら大丈夫だ。安心して」
「っ! ……またか」
一種の集中状態と言えたカズキは、またも無意識に魂力の声を意識化に出現させていた。
視界には傷ついたルタがおり、身体感覚ではルタを強く抱き締め、腹部のおぞましい血のぬめりも感じている。
だが、それらとは別に意識が、“声”に向けて集約していく。
「大丈夫ってどういうことだっ!? 腹に穴が開いて、こんなに出血してるんだぞ!」
カズキは声の発言に向かって、感情的に叫ぶ。切羽詰まっているカズキにとっては、先程の言葉はいささか無責任なように受け取られていた。
「彼女、ルタリスア・I・アイシュワイア――ここは君に習って、ルタと呼ぼう――は、不死の炎をその身に宿すドラゴン族の王だ。人の武器で腹を貫かれただけでは、死なない」
聞こえる声は相変わらず、淡々としていて、どこかざわざわと神経を波立てるようなざらついた響きも含んでいた。
「不死の……炎?」
「ああ。君と彼女の関係性を思えば、詳しい説明は彼女の口からきくべきだと考えるが、とにかく大丈夫。僕を信じてくれ」
「信じるもなにも……」
――今の俺には、すがれるものがその言葉しかない。
カズキはどこか自嘲的に、意識の端で自らの物分かりの良さに苦笑した。本来であれば、こんな意味不明な謎の声の言うことを、間に受けたりなどしないのに。
ルタにそんなものが宿っているというのなら、どうしてドラゴン族は滅んでしまったのか。
不死の炎というのなら、なぜすぐに使わなかったのか。
聞きたいことはいくつも浮かんでいたが、カズキは静かに、声が語る先を聞いた。
「ひとまず、意識を現に戻そう。ルタと、話してみてほしい」
「……わかった」
声に促されるまま、カズキは再び“意識”を五感の方へと向けていった。
ルタの体温が、徐々にカズキの手に温もりとなって伝わる。流れ出る血液のぬめりも、不快感となって伝わってきた。
「ルタ!」
「カズキ……安心、せい。わしには……奥の手が、ある」
「……?」
カズキの叫びに、ルタは口の端を拭いながら答える。その瞳には、未だ強い意志の力が宿っているように感じられた。
「カズキよ……よく、見ておけよ。これがわしの――魂装真名じゃ」
「っ!?」
言い終えた瞬間、ルタはカズキのことを精一杯の力で押しのけた。
魂力による筋力強化で発揮される膂力は予想以上で、カズキは受け身も取れず吹っ飛ぶ。
「なんだ、まだ生きていたのか」
カズキが飛ばされたため、ハイディーンだけがルタに接近している格好となる。ゆるりと立ち上がったルタに、慄くこともなく言う。
態勢を立て直そうとするカズキを差し置き、ルタが静かに、そして厳かに。
真の名を――呟いた。
「世界、火葬」
視界の全てが、燃え上がった。
貴重なお時間をこの作品に使ってくださり、ありがとうございます。




